化学物質情報管理の基礎知識

概要

食品に限らず自動車、家電、玩具などさまざまな製品で「安全・安心」が消費者から強く求められています。
環境に対する意識の高い欧州では、さまざまな製品に使用される化学物質に対して規制を設けています。欧州共同体(EU)が定めた化学物質の規制制度「REACH規則」や電気・電子機器の特定有害物質を規制した「RoHS指令」は、人の健康や環境を保護するための代表的な規制であり、世界に大きな影響を与える規制でもあります。

環境規制をクリアしなければ輸出できない

世界規模での環境への意識の高まりから、REACH規則とRoHS指令は規制対象物質の増加や規制内容の強化を進めています。そして、それは欧州だけの問題ではなく、欧州地域に製品を輸出する各国にも適用されるのですから世界的な課題といえます。
また、欧州のみならず他の先進各国、新興国の一部でもREACH規則やRoHS指令を参考に国内法を整備・強化しています。つまり、いまや世界中の国々が製品を相手国に売る場合、その製品に使用する化学物質をしっかりと把握しておかなければ販売できない時代になっているのです

部品メーカーも含有化学物質を把握しないと製造できない

ところで、自動車なりテレビなりを製造するのは自動車メーカーもしくは家電メーカーですが、国内で販売するにしても海外に輸出するにしてもREACH規則やRoHS指令のような規制(もしくは各国の法律)をクリアするには、製品に用いられるすべての部品が規制の化学物質・特定有害物質を使っていない(もしくは、使っていても規制値以内である)ことを把握しなければなりません。

ただ、自動車メーカーや家電メーカーがすべての部品を自分でつくるわけではなく、下請メーカーにも部品をつくってもらっているわけですから、当然、部品に規制化学物質・特定有害物質が含有されていないかを把握するため下請メーカーにそれを確認します。すると下請メーカーも自ら製造した部品に規制化学物質・特定有害物質が含有されていないことを把握しなければなりません。となると、部品をつくる原材料にそれらの物質が含有されているかどうかを調べなければなりません。そのために原材料を自分で分析するという方法もありますが、手間やコストがかかることから、原材料を製造するメーカーに尋ねることが最も確実な方法になります。

この原材料製造→部品製造→最終製品(例えばテレビ)製造という“ものづくりの流れ”を「サプライチェーン」と呼びます。また、川の流れに例えて上流から川上(原材料製造)→川中(部品製造)→川下(最終製品製造)とも呼びます。日本の場合、川上、川下には大手企業が多く、川中には中小企業が多いのが特徴です。

そして、規制化学物質・特定有害物質の含有を調べるうえでポイントとなるのが川中企業です。部品の納入先である川下企業から規制化学物質を含んでいるか否かを照会されれば、川上企業に原材料の成分情報を照会しなければなりません。既述のように自ら分析するという方法もありますが、手間・暇・コストを考えれば避けたいことです。
しかし、現実には原材料には川上企業のノウハウが込められているため、川上企業も照会されても成分情報をすべて明らかにできるものではありません。

また、川中企業も、企業規模の大きい川上企業に「原料の成分を教えてほしい」と言いづらいのも事実です。とはいえ、部品に規制化学物質が含まれていない(もしくは含まれていても規制値以内である)ことを把握してからでないと安心して川下企業に部品を納入できません。

というわけで、現在、製品に含まれる規制化学物質の情報のやり取りについて川中企業である中小企業に大きな負担が強いられている状況なのです。
また、規制化学物質の含有状況がわかっている場合でも、川中企業がそれを川下企業に提供する際の様式も川下企業ごとにバラバラであるため、同じ部品の含有化学物質情報を提供するにしても手間とコストが増えてしまいます。ここでも中小企業に大きな負担が強いられているのです。

同じ化学物質情報を把握できる仕組みをつくる

環境規制が厳しくなる中、日本のものづくりが国際競争力を堅持するためにも、サプライチェーンに携わる川上企業(原材料メーカー)、川中企業(部品メーカー)、川下企業(最終製品メーカー)のそれぞれが、原材料および各部品に規制化学物質が使われているか否かを同じ情報を基に把握していることが理想になります。

そこで経済産業省が主導して、川上・川中・川下の各企業が共通に利用できる化学物質情報の伝達の仕組みづくりを進めています。現在、自動車業界と電気・電子業界には化学物質情報伝達の仕組みはありますが、実際には半数以上の川中企業(中小企業)はそれらの仕組みを使わず、川下企業の独自仕様に対応しています。既述のように川中企業(中小企業)に負担がかかっている状態なのです。

一方、世界は化学物質情報伝達の標準化に向かっており、国際規格も策定されています。そうした国際的動向への対応と川中企業の負担軽減を目的に経産省主導で化学物質情報を管理・伝達する仕組が構築されているわけです。

この仕組みは、サプライチェーンでやり取りする化学物質のデータフォーマットを統一し、そのフォーマットに書き込むためのソフトウェアを開発し、さらにデータベースを構築することで川上・川中・川下のすべての企業が同じ情報を共通して利用できるようにするものです。この化学物質情報伝達の仕組み(スキーム)は2015年からの稼働が予定されています。

今やものづくり中小企業は、世界に輸出される製品の含有化学物質規制に対して大きな役割を担っており、それに対処することなく事業を成り立たせるには厳しい時代となっているのです。むしろ、世界規模での含有化学物質規制に敏感であり、かつ上述のような化学物質情報伝達の仕組みをうまく活用することがますます重要になってくるようです。

なお、含有化学物質の規制やその情報伝達スキームの詳細は「化学物質情報管理の基礎知識<本編>」をご覧ください。

日刊工業新聞・電子版 特別取材班