あすのユニコーンたち

高血圧対策のおいしい減塩食、限りなく豊富なメニューを提供【株式会社みらい無限レシピ(島根県出雲市)】

2024年 6月 17日

おいしい減塩食を開発・販売する大学発ベンチャー、みらい無限レシピの代表取締役をつとめる中村守彦氏
おいしい減塩食を開発・販売する大学発ベンチャー、みらい無限レシピの代表取締役をつとめる中村守彦氏

日本人の3人に1人がかかっている高血圧症。国民病ともいえる高血圧症の改善や予防に効果的な減塩食メニューを開発・販売するのが株式会社みらい無限レシピだ。島根大学の大学発ベンチャーとして昨年10月に設立された。「味気がない」「メニューが限られている」と言われる従来の減塩食とは異なり、地元企業2社との共同研究の末に誕生した減塩食はおいしく、バラエティに富んだメニューに仕上がっている。同大学教授で医学博士の中村守彦代表取締役は「減塩食は長続きしないと諦めている人が多いが、ぜひ一度、試してほしい」と訴えている。

塩分は1食あたり2g以下、味の秘密は特製ソース

主菜5種類・副菜10種類・ソース5種類の減塩システムセット。専用アプリがレシピを提案
主菜5種類・副菜10種類・ソース5種類の減塩システムセット。専用アプリがレシピを提案

同社の減塩食、無限レシピは、従来の減塩食とはひと味もふた味も異なる。高血圧対策として勧められる減塩食はおいしくないというのが一般的なイメージだ。世界基準(1日あたり5g)の倍ほどの塩分を摂取している日本人にとって減塩食は味気がないもの。また、宅配サービスではメニューの種類が限られており、飽きが来てしまう。「一度は始めてみても長続きしないというケースが多い。こんなおいしくない料理を食べてまで長生きしたくない、という声も聞かれる」と中村氏。

これに対して無限レシピは「とにかくおいしい」(中村氏)。秘密は特製のソース(味噌だれ、トマト、ピリ辛、クリーム、デミグラスの5種類)だ。レンジで温めたあとにメニューに応じて用意されたソースをかけると味は申し分ない。料理の専門家が太鼓判を押すほどの美味となる。「本当に減塩なのか、とよく聞かれるが、どのメニューでも塩分は2g以下に抑えている」と正真正銘の減塩食だ。スパイスなどを配合しているが、量や配合率などは「絶対に言えない」(中村氏)という秘伝のソースだ。

調理方法は料理の常識を覆すものだ。肉や魚などの食材に味を付けないまま加熱加工し、あとでソースや調味料で味付けするという手順だ。和食をはじめ料理では下味を付けることがコツと言われるが、事前に醤油などで味付けすると塩分が多くなりがち。最後に味付けすることで、塩分を抑えた、しかもおいしいメニューに仕上がるのだ。この調理支援システムは2016年、特許に登録されている。

専用アプリが300通りのレシピを提案

メニューはどれも塩分2g以下。(左から)牛肉のデミグラスソースかけ、鶏むね肉のデミグラスソースかけ、ブリの味噌だれソースかけ、白身魚のピリ辛ソースかけ
メニューはどれも塩分2g以下。(左から)牛肉のデミグラスソースかけ、鶏むね肉のデミグラスソースかけ、ブリの味噌だれソースかけ、白身魚のピリ辛ソースかけ

メニューも豊富だ。今年3月からECサイトで販売が始まった商品は、主菜5種類(牛バラ肉、鶏むね肉、サバ、ブリ、白身魚)と副菜10種類(ホウレンソウ、ブロッコリーなどの野菜類)、ソース5種類がセットになって価格は5346円(税込み・送料別)。そして専用アプリが食材の組み合わせによって300通りのレシピを提案してくれる。組み合わせが同じでも違った料理が可能で、名前のとおりレシピは無限に広がる。近く3種類のソースを追加する予定だ。「メニューが限られている市販の減塩食と異なり、普段の食事でバラエティに富んだ料理を楽しみながら減塩ができる」と中村氏は強調する。

確固たるエビデンスもある。島根大学医学部・医学研究倫理委員会の承認のもと、降圧剤を服用していない高血圧症の人10人が1日2食、中村氏が開発した減塩食を28日間食べ続けるという臨床研究を実施した。すると完遂率は100%、つまり10人全員が28日間継続することができた。また、全員の血圧の平均値に降下の傾向が観察された。継続性と有用性が裏付けられたのである。

「必ず社会実装できるもの」で医工連携、次々と商品化

ハンズフリーLEDライトの初出荷式にはDoライトの影山和夫社長(中央)らが出席
ハンズフリーLEDライトの初出荷式にはDoライトの影山和夫社長(中央)らが出席

無限レシピの生みの親である中村氏は、島根大学に統合される前の島根医科大学時代を含め、約40年にわたって生化学を専門にし、高血圧症など生活習慣病やがんに関係する研究を続けてきている。現在は島根大学の地域未来協創本部・地域医学共同研究部門の部門長をつとめ、医工連携を進めている。「大学の研究成果を企業と連携して社会実装、すなわち実際に社会に役立てるものにしていくことを目標としている」という。

これまでの研究の過程で中村氏は発明者として10件を超す特許を取得している。2008年には、がん細胞の早期発見に役立つ新しい蛍光剤「酸化亜鉛ナノ粒子」の開発に成功し、注目を集めた。その後、特許に登録されたが、実用化に向けて莫大な費用がかかることなどが壁となり、研究は頓挫してしまった。

この苦い経験が転機になった。「必ず社会実装できるものに絞って医工連携を進めることに舵を切った」と話す中村氏は、悔しさをバネに次々と新たな発明品を世に送り出した。LED照明製造販売のDoライト(島根県出雲市)などと開発した耳掛け式ハンズフリーLEDライトは、「両手を使って夜間業務をしたい」という看護師の声から誕生し、今では夜釣りなど医療現場以外でも重宝しているという。またコロナ禍の2020年に商品化された省スペース(収納時にかさばらない)・低コスト(価格が安い)のフェイスシールドは、UV印刷・パッケージ専門の河内(広島市佐伯区)との共同開発だ。

県内企業2社と共同開発、試食会に大きな反響

2018年11月に関係者を集めて行われた試食会
2018年11月に関係者を集めて行われた試食会

無限レシピもこうした医工連携から生まれた。味付けの決め手となるソースは、レトルト食品の製造販売を手掛けるシャトラン(島根県浜田市)と、数多くのレシピを提案する専用アプリは、IT企業の日本ハイソフト(島根県出雲市)と、いずれも県内の中小企業と共同で開発した。

2社との連携は2017年から始まり、2018年11月には関係者を集めて大学内で試食会を実施した。当日のメニューは主菜(肉と魚)と副菜(野菜3種)、9種のソース。さらに開発中のアプリも披露された。その模様をNHKが取材し、ニュースが全国に放送されたことで、「ぜひ食べてみたい」「どこで購入できるのか」といった問い合わせが数多く寄せられた。その時点ではまだ試作の段階だったため、それらの要望に応えることはできなかったが、中村氏は「おいしい減塩食に対してこれだけのニーズがあることが実感でき、手応えを感じた」と振り返る。そして昨年10月17日、自身が出資して大学発ベンチャーの設立に至った。

診療報酬改定が認知度向上の追い風にも

会社設立の記者会見を昨年11月に実施
会社設立の記者会見を昨年11月に実施

無限レシピの対象は高血圧の人だけに限らない。「減塩しなくていい人など日本人にはいない」と中村氏。塩分の摂取量が世界的に見て多い日本人は、高血圧の症状が出ていない人も予備軍である。また減塩食は中高年用のメニューと思われがちだが、「20~30代の若い世代はもちろん、子どもたちにも食育として減塩を進める必要がある」という。

認知度を向上させる取り組みも進めている。たとえば高血圧症の患者を診察する内科の医院などを通じて商品をPRしてもらう。折しも今年度の診療報酬改定で高血圧をはじめ生活習慣病治療に関する診療報酬の見直しが行われ、これが追い風になりうるというのだ。

具体的には、特定疾患療養管理料の対象から高血圧症が除外されるとともに、個人に応じた療養計画に基づき、より専門的・総合的な指導管理を行う生活習慣病管理料Ⅱへ移行することになった。「減塩の指導として無限レシピを推奨してもらえれば」と中村氏は期待を寄せている。「一方、患者にとっては商品購入で出費が増えるが、無限レシピによって自分で減塩する食習慣を身につけることで、降圧剤を減量、または卒業できる」と中村氏は話す。

“やさしい医工連携”で中小企業が主役になれる

「地域の中小企業と経済を盛り上げていきたい」と話す中村氏
「地域の中小企業と経済を盛り上げていきたい」と話す中村氏

無限レシピでは今後、地元のJAしまねと連携し、今は廃棄されている規格外の野菜を活用していくというSDGsの取り組みを進めたいとしている。さらに中村氏は、無限レシピと同様、地域の企業が持つ身近な技術を生かして医療分野での新製品・サービスの開発を目指す“やさしい医工連携”を引き続き呼び掛けていく考えだ。

「専門性が高い医療分野は自分たちにはハードルが高すぎる、と考えがちだが、決してそんなことはない。アイデア次第では地域の中小企業が主役になれる」と強調する。実際、無限レシピで共同研究を行ったシャトランと日本ハイソフトはそれまで医療関係の事業を手掛けていなかった。「業界や業種にかかわらず、医療との接点は必ずどこかにある。なにかアイデアがあれば、気軽に相談しに来てほしい。医工連携をより一層進めることで、島根県内を中心に地域の中小企業と経済を盛り上げていきたい」と話している。

企業データ

企業名
株式会社みらい無限レシピ
Webサイト
設立
2023年10月
資本金
300万円
従業員数
1人(他に役員3人)
代表者
中村守彦 氏
所在地
島根県出雲市塩冶町223-8(島根大学医学部キャンパス内)
事業内容
高血圧対策に効果的な減塩食の調理法を紹介する専用アプリ、およびその関連商品の販売・開発