あすのユニコーンたち

周産期遠隔医療システムでお母さんと赤ちゃんを守る【メロディ・インターナショナル株式会社(香川県高松市)】

2024年 12月 23日

クマのぬいぐるみでiCTGの装着方法を示す尾形優子氏
クマのぬいぐるみでiCTGの装着方法を示す尾形優子氏

「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」との理念を掲げるメロディ・インターナショナル株式会社。周産期死亡率の低下を目指し、従来の分娩監視装置(CTG)を小型軽量化し、さらにIoT化したモバイル型の「iCTG」を開発した。近く量産が始まる見通しで、創業者の尾形優子CCOは国内だけでなく発展途上国を中心に海外でもいっそうの普及を進める考えだ。

産婦人科用電子カルテでの起業に続いて大学発ベンチャー

オフィスは香川県新規産業創出支援センター「ネクスト香川」内にある
オフィスは香川県新規産業創出支援センター「ネクスト香川」内にある

関西出身の尾形氏は京都大学大学院工学研究科を修了後、香川県に移り、複数のIT企業で働いた。その間、電子カルテ開発に関わったことが転機となった。カルテのうち産婦人科用は他の診療科とは仕様が異なるため電子化が遅れていた。一方で、尾形氏が暮らす香川県には島が多く、島々に住む妊婦は出産日が近づくと四国本土に移り、ただでさえ不安な時期を一人で過ごしているという。「妊婦が島など遠隔地にいても電子カルテならば医師が適切な判断ができる」と考えた尾形氏は2002年に医療ベンチャー、ミトラ(高松市)を設立。産婦人科用の電子カルテの開発を手掛けた。同社は現在、業界トップのシェアを占めている。

ミトラ起業後、尾形氏は周産期医療が直面する課題への関心を一段と高めた。「世界、とくに発展途上国では医師不足などにより周産期に適切な処置を受けられずに多くの妊婦や赤ちゃんが亡くなっている。死亡率が極めて低い日本でも昨今は高齢出産が増える一方で産科医が減ってきている」(尾形氏)。地元の香川大学には、胎児の心拍数と陣痛の頻度などを計測するCTGの基本原理を発明した原量宏(かずひろ)氏がおり、香川大学とともに新しいCTGの開発に乗り出すことになった。尾形氏は開発に専念するため、ミトラの経営から離れ、2015年にメロディ社を創業した。

誰もがどこでも使える汎用性重視の設計、タイで実証実験

心拍計(ピンク)と陣痛計(青)のデータをタブレットで確認できる
心拍計(ピンク)と陣痛計(青)のデータをタブレットで確認できる

iCTGの設計コンセプトは「途上国に普及でき、病院だけでなく、誰もがどこでも使え、コストも大きく抑えられる機器」(尾形氏)というものだ。医療機器認証の取得まで3年を要したiCTGはハートの形をした手のひらサイズの心拍計と陣痛計の2種類のセンサーで構成。妊婦の腹部に装着し、医師らは周産期遠隔医療プラットフォーム「Melody i」を通じて心拍数などのデータをスマートフォンやタブレットなどで確認できる。コードレスのモバイル型で小型軽量。センサーはBluetooth(ブルートゥース)でタブレットにつながり、さらにインターネットにつながる。またセンサーはUSBケーブルで充電できる。「医療機器には特殊な規格の周辺機器が使用されることが多いが、iCTGでは汎用性を重視した」と尾形氏は話す。

開発段階では、国際協力機構(JICA)などによるICT遠隔医療支援プロジェクトとして、香川大学と交流があるタイのチェンマイ大学の病院で実証実験が行われた。創業から1年後に完成した検証機を病院で使用したところ、「お腹にフィットしないので正確に計測できない」「医療現場で使うにはスピーカーの音が小さすぎる」など問題点が続出し、「200項目のダメ出しを受けた」(尾形氏)という。あまりの多さに、開発にあたったシステムエンジニアもお手上げの状態だったが、「それぞれの問題点の根っこにある課題をもとに分類した結果、六つか七つほどに集約できた」(尾形氏)。機器の改善を進め、あらためて検証を行ったところ、現地の医師から高い評価を受けた。2017年にはタイ首相府から公共サービスに寄与したプロジェクトとして表彰された。

ブータン王妃が使用、「妊婦がすべて利用できるように」と国王

2023年8月にブータンで行われたiCTGの引渡式
2023年8月にブータンで行われたiCTGの引渡式

「途上国でも使えるもの」という視点で開発されたiCTG は、タイでの実績を機に、他のアジア諸国やアフリカなどで広まり、現在、海外15カ国で導入されている。そのうちブータンでは国を挙げてiCTGの導入・普及を進めている。きっかけは王妃の第二子妊娠・出産だった。現地で勤務する日本人医師から「iCTGを使いたい」と連絡があり、尾形氏は2020年2月にブータンを訪れ、2台のiCTGを貸し出した。そのときブータン側は「使用した前例がない機器を王妃に使わせるのは無理」としていたが、同年3月の出産を経て6月の王妃誕生日にiCTGの導入を発表。同国首相は「ブータン国王と王妃はiCTGを使用してみて大変有用と感じ、国中の妊婦がすべて利用できるようにしたい」という国王の考えを明らかにした。

この発表後、ブータンは15台のiCTGを購入するという話に。折しもブータンが国連開発計画(UNDP)やJICAの支援を受けることになり、最終的には55台が導入されることになった。その後も導入は続き、現在は82台。国王の希望どおり国内全域に普及した形となった。これを受け、メロディ社では「Melody i」のブータン専用版を作ることになり、ブータンの母子健康手帳には正式にiCTGの適用が明記されるようになった。

へき地や離島など国内各地で普及、地震被災地でも威力を発揮

分娩監視セントラルシステム「Central i」で妊婦の状態をいつでもどこでも見守ることができる
分娩監視セントラルシステム「Central i」で妊婦の状態をいつでもどこでも見守ることができる

国内での導入も進んでいる。北海道大学病院では2020年2月、70~80km離れた病院に1時間以上かけて通院しているという妊婦の負担を軽減するため、iCTGを使った周産期遠隔医療システムを道東の弟子屈(てしかが)地区で運用を開始。へき地や離島のほか、折からのコロナ禍の影響を受け、国内各地で普及が進む結果になった。

尾形氏には忘れられない出来事がある。2018年12月のことだ。午前2時頃に鹿児島県・奄美大島の産科医から電話があり、「低体重児の出産となるので、これからヘリコプターで鹿児島市内の病院に搬送する。自分も同行する」と電話があった。医師はモバイルを活用した遠隔妊婦健診に以前から取り組んでおり、iCTGも使用していた。電話の後はSNSでiCTGの活用状況を画像付きで伝えてきた。搬送には沖縄から自衛隊のヘリを使用することになり、手続きや沖縄からの移動などで相当な時間を要し、ヘリに乗り込むまでに長く待機することを強いられた。しかし、「iCTGで胎児の心拍数などを測り続けることができ、安心していられた」と医師。病院に搬送された女性は朝方に無事出産。「本当によかった。感動した」と尾形氏は振り返る。

2024年1月の能登半島地震でもiCTGは活用された。石川県は奥能登地方での産科医不足を受けて前年10月にiCTGを県内の8医療機関に導入し、遠隔分娩監視システムを運用していた。このうち七尾市内の病院では地震で産科病棟が被災したが、iCTGを使って地震の翌日から分娩が行われた。この際、手術室を臨時の分娩室とし、電源の確保にも不安があったが、モバイル型で電源を必要としないiCTGは大きな威力を発揮した。

起業を目指す人たちに「勇気を持って一歩踏み出して」

尾形氏は中小企業応援士を委嘱されている
尾形氏は中小企業応援士を委嘱されている

初の起業だったミトラでは、2009年に中小機構主催のJapan Venture Award(JVA)で中小企業庁長官表彰を受けた。「最近になって『JVA受賞はすごい』と周囲からよく言われるようになった」と賞の重みをじわじわと実感しているという。そして、2社目の起業も軌道に乗り、さらなる成長を続けている。こうした実績を踏まえ、尾形氏は起業を目指す人たちに向け、「勇気を持って一歩踏み出してほしい。起業すると大変なことやつらいことがいっぱい出てくる。そんなときにも勇気を持って前に進んでほしい」とエールを送る。

また、尾形氏のように医療機器関係での起業については「様々な点でハードルが高く、その分、挫折するケースも多いかもしれない」と指摘したうえで、尾形氏自身が持つ判断基準を示した。一つは「医療ではなくヘルスケアビジネスとしてやっていけるか」。ヘルスケアであればハードルも下がり、ビジネス継続の可能性が高くなる。二つ目は「医師など医療関係者の協力を得られるか」。医療機器では医師らの協力が必須だ。そうした協力が得られる状況にあるかを判断してほしいというのだ。尾形氏のもとへ相談に訪れた起業家らには、こうした判断基準を伝えているという。

2024年5月には中小機構から中小企業応援士を委嘱された。「医療関係に関わらず、なにか悩み事があれば、相談に来てほしい。これまで面識がない人でも全く問題ない」と呼びかけている。

iCTG量産スタート、「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」

iCTG は海外15カ国に導入されている(左からタイ、ミャンマー、南アフリカ)
iCTG は海外15カ国に導入されている(左からタイ、ミャンマー、南アフリカ)

世界保健機関(WHO)の推奨機器にもなっているiCTG は、2025年に量産が始まり、製品価格が劇的に下がる見込みだ。これを機にメロディ社の海外展開は新たなステージを迎える。「これまではODAや国際機関などからの援助でiCTGの導入を進めてきたが、価格が下がって購入しやすくなるので、これからは商業ベースに移行していきたい」と尾形氏。日本を含めて世界16カ国で展開しているが、1年に2カ国のペースで移行を進めていくと同時に他の国々にも導入していく考えだ。

今後の海外展開を念頭に、尾形氏は今まで以上に世界に目を向けていく。「ビジネスを進めるうえで現地の文化や歴史などの背景を知ることが大事」としたうえで、「いずれは生活基盤も海外に持ちたい」と話している。「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」との企業理念の実現に向け、世界に大きく踏み出していこうとしている。

企業データ

企業名
メロディ・インターナショナル株式会社
Webサイト
設立
2015年7月
資本金
1億6,500万円
従業員数
18人
代表者
尾形優子 氏
所在地
香川県高松市林町2217-44 ネクスト香川304
事業内容
遠隔医療サービスにかかるプラットフォームと医療機器の製造、開発および販売