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雪結晶、桜、将棋の駒…アートなパスタで海外市場を開拓「有限会社玉谷製麺所」

2025年 7月 17日

玉谷製麺所の玉谷貴子専務
玉谷製麺所の玉谷貴子専務

山形県は多様な麺文化が発展した地域だ。長方形の大きな杉の木箱に極太のそばを盛った「板そば」や冷たいつゆに肉の相性が抜群の「冷たい肉そば」。ラーメンは消費日本一を誇り、県内各地で独自のメニューが存在している。うどんのようでうどんではない「麦切り」という郷土麺もある。

出羽三山の一つで、夏スキーで人気の月山の麓に位置する西川町の有限会社玉谷製麺所は山形の麺文化を支える会社の一つだ。戦後長年にわたり、そばやうどん、ラーメンなどを製造。2013年にパスタの製造にもチャレンジした。雪結晶や桜の花、将棋の駒などさまざまな形をかたどったアートなパスタを開発し、日本国内のみならず海外の需要も獲得している。2024年には農林水産省の「第11回ディスカバー農山漁村(むら)の宝アワード」特別賞に選ばれている。

お客様の「夢」を形に 新たなビジネスモデル生む

桜や雪結晶、もみじや将棋の駒…さまざまな形状のアートパスタ
桜や雪結晶、もみじや将棋の駒…さまざまな形状のアートパスタ

「お客さまから『こんなパスタを作ってほしい』という依頼を多くいただくようになった。『夢』をいっぱい語ってもらって、その『夢』を形にしている。最初、開発した時にはこんなビジネスモデルになるとは思っていなかった。夢をかなえる会社になれたのが一番良かった」。玉谷製麺所専務取締役の玉谷貴子氏は感慨深くこう語った。

2013年に雪結晶をかたどったパスタを開発したのを皮切りに2015年には桜の花をした「サクラパスタ」を発売した。日本を象徴する桜の花の形をしたパスタは外国人にも好評で、海外から数多くの注文を受けるほど。売り上げの大きな柱の一つに成長した。

地元の新たな特産品づくりにも貢献。山形の特産品である将棋の駒やきのこ、ブルーインパルスの機体をかたどったパスタ、サクランボなど地元の特産品を練り込んだパスタなど地域に根差した商品を数多く提案している。すると、企業などからもさまざまな依頼が舞い込むようになった。玩具メーカーからの依頼を受けて、おもちゃの形のパスタを製造したり、県外から「地域名物をかたどったパスタを売りたい」といった注文も受けたりとビジネスが大きく広がった。玉谷氏によると、これまでに製造したアートパスタは12品目にものぼるそうだ。

東日本大震災で売り上げ低迷…世界で売れる東北の食材開発

製造した麺を乾燥させる工程。背丈よりも長い麺がずらりと並ぶ
製造した麺を乾燥させる工程。背丈よりも長い麺がずらりと並ぶ

玉谷製麺所の創業は1949年。玉谷氏の夫で代表取締役社長の隆治氏の祖父が周辺の農家からうどんづくりを頼まれて作り始めたのがきっかけだった。「昔、この周辺には小麦畑が広がっていた。近隣の農家が自家製粉した小麦粉を持ち寄って来ていたそう。作ったうどんが評判で、それを生業にする決断をしたと聞いている」と玉谷氏。数年後にはラーメンの麺を製造。隆治氏の父の代に代わると、蕎麦も手掛けるようになった。「月山そば」は会社を代表するブランドだ。

現社長の隆治氏と玉谷氏は岩手大学農学部の先輩と後輩。新潟県の菓子メーカーに勤めていた玉谷氏は遠距離恋愛を実らせ、2001年に隆治氏のもとに嫁いだ。家族で家業を支えていたが、2000年後半になると、茹でずに水を通すだけで食べられる冷凍麺の人気が急上昇。主力だった乾麺、とくに冷麦の売り上げが落ちるようになったという。「日本の麺だけではこれから先厳しい」と、当時社長だった義父がイタリア製のパスタ製造機を購入。これがパスタづくりの大きな足がかりとなった。東日本大震災が起きる2年前のことだった。

黒米を練り込んだマカロニなどパスタマシンを活用した商品開発を進める中、2011年3月11日が訪れる。震災の直接的な被害は大きくなかったものの、その後の風評被害が経営に影響を及ぼすようになった。「国内でも東北のものが敬遠される。まして海外でも日本のものは買いたくないという風潮ができてしまった。ならば、世界から東北で作られたもので、『欲しい』と思うものを作れればいいのではないかと考えた」。山形市にある東北芸術工科大学が県内企業と取り組んだ異業種連携プロジェクトに参画。そこで開発にチャレンジしたのが「雪結晶パスタ」だった。

「いままでにない麺で、ストーリー性があって、山形を象徴するものはできないか」と思いをめぐらせる中、「西川町は夏スキーができるほど雪とともにある場所。生活には大変なものだが美しい。美しくて、おいしいと世界のお客様に言ってもらえる」と雪に着目。2013年にチャレンジが始まった。

形は歪み、茹で上がらない…工夫・改良の末、商品化

アートパスタ製造のようす。企業秘密が詰まっている
アートパスタ製造のようす。企業秘密が詰まっている

だが、開発は容易ではなかった。

イタリアのメーカーに金型を発注すると、「金型は作れるが、それで食べられるものを作ることはできない」と忠告を受けた。その時は「どういうことだろう」と思った程度だったという。しかし、イタリアから送られてきた金型でパスタを作ってみると、メーカーの言う通りだった。

マシンに金型を取り付け、生地を押し出すと、形がゆがんで雪の結晶の形にならなかった。ゆでてみると、1時間以上たっても茹で上がらなかった。麺を金型で押し出す際、結晶のとがった角の部分に強い圧力がかかるため、水分が浸透せず固いままだった。プロジェクトのメンバーからは金型を作り直すようアドバイスを受けたが、そこまでの投資はできない。現状の金型で「売れる商品」にするための試行錯誤を重ねた。

その結果、独自の技術で美しい雪結晶の形を保持できるようになった。一方で、茹で上がらない問題が残ったまま。プロジェクトの大きな目標はフランスで2014年に開かれる見本市でお披露目することだったが、年の瀬が迫っていた。

「もう時間もない。ならば、水から茹でてしまえとやってみたら、茹で上がった」と玉谷氏は振り返る。そのことを当時社長だった義父に相談すると、「配合を変えてみよう」とアドバイスを受けた。生地の製法にそばやうどんのエッセンスを加えた。すると、茹で上がるまで9分と時間も短縮。年末の12月27日に最終レシピが完成。見本市に間に合った。出展すると、イタリアのシェフも驚くほどの高い評価を受けた。

日本の美を象徴「サクラパスタ」はヒット商品に

工場の隣にある直売店「つぉろの舗」
工場の隣にある直売店「つぉろの舗」

「雪結晶パスタを商品化できたことで、オリジナルの金型さえできれば、いろいろな形のパスタを顧客に提供できる技術が確立できた」と玉谷氏。続いて2015年に商品化した「サクラパスタ」は大ヒットとなった。

2018年には農水省が主催する「FOOD ACTION NIPPON」アワードを受賞。国産農林水産物の消費拡大に寄与する産品を対象とした賞で、2019年に農水産物・食品輸出プロジェクト(GPF)に登録すると、中国のバイヤーとの商談が成立。一度に6000袋の受注を獲得した。

店内には、伝統の麺とともにさまざまなアートパスタも販売されている
店内には、伝統の麺とともにさまざまなアートパスタも販売されている

コロナ禍が明けてインバウンドが回復する中、農水省はインバウンドが日本で楽しんだ食を再体験できるような環境づくりを目指し、日本産農水産物の輸出拡大を図る「食かけるプロジェクト」を展開。この取り組みにも「サクラパスタ」は優秀商品に選定され、越境ECの拡大に向けたサポートを受けている。

これまでサクラパスタの有力な販売先だった中国への販売が処理水問題でストップがかかり、大きな打撃を受けたが、アメリカや欧州などに販路を開拓し、売り上げの減少分もカバーできるようになった。

規格外の野菜も活用、エシカルな商品づくりにも注力

一方、「サクラパスタ」の商品化では、桜らしい色の着色に苦労したそうだ。山形特産の紅花や赤米を試したものの、色落ちしたり、茶色くなったりと、なかなかうまくいかなった。「どうしよう」と頭を悩ましていたところ、たまたま地元の農家から「規格外のビーツがたくさんでてしまった。使ってもらえないか」という相談を受けたという。ビーツはカブに似た赤色の根菜でボルシチに使われている食材だ。試しに麺に練り込むと、きれいな桜色に発色。加熱しても色が落ちなかった。偶然のビーツとの出会いでサクラパスタは商品化にこぎつけた。

その後も、玉谷製麺所では、地域に根差したエシカルな商品づくりに取り組んでいる。地元の特産品であるラ・フランスやサクランボなどパスタに練り込んでいる食材には、摘果された果物を使ったり、育ち過ぎなどで市場に出せない食材を使ったりしている。地元の農家などと協力しながら、地域の農産物の有効活用にも一役買っている。「世の中には、“もったいない食材”がいっぱいある。こうした食材に新たな価値を創造できるような会社でありたい」と玉谷氏は話している。

企業データ

企業名
有限会社玉谷製麺所
Webサイト
設立
1949年10月
資本金
3000万円
従業員数
26人
代表者
玉谷隆治 氏
所在地
山形県西川町睦合甲242
Tel
0120-77-5308
事業内容
乾麺・生麺の製造販売