省エネQ&A
水素エネルギーとは (その3)
2021年3月5日
回答
今回は、水素の輸送・貯蔵について記します。
水素は体積当たりのエネルギー量が小さく、天然ガスの1/3程度です。そのため、効率的に輸送・貯蔵するために様々な方法が実施または開発中です。そのそれぞれについて見ていきます。
1. 高圧の気体として運ぶ
水素を高圧にして輸送する方法が広く行われており、半導体、エレクトロニクス、鉄鋼及びガラスなどの製造工程用として供給されています。2)
水素ガスは一般に圧力が15~20MPaになるまで圧縮し、図1に示すように、シリンダーやそれを束ねたカードルの状態で輸送されています。大量に輸送する場合には、長尺のシリンダーを束ねたトレーラーで搬送し、トレーラー部分を構内にそのまま設置したり、水素ホルダー(貯槽)に移しかえて使用されます。1)
燃料電池自動車では、1回の水素充填で長距離(750km)を走行できるようにするため、水素ステーションで70MPa(大気圧の700倍)の高圧で水素が充填されます。このため、水素ステーション向けの圧縮水素は45MPaで運搬され、水素ステーションで70MPaまで昇圧されます。2)
気体の水素を運ぶ方法としてパイプラインを使う方法があります。ヨーロッパ諸国では、数百~数千kmの水素専用のパイプラインが実用化されています。日本では、コンビナート内や近隣工場間での近距離輸送に限られています。将来的には、既存の都市ガス配管を使って水素を供給することも選択肢として考えられています。3)
2.液体にして運ぶ
水素を1項で記した20MPaの高圧にする場合、体積は1/200に圧縮されますが、水素を液体になるまで冷やせば体積は1/800になります。同じ容量の容器であれば、液化により4倍多く充填できます。一方、荷姿を見ると、気体の場合には図1のシリンダーに充填し、これを束ねてトレーラーに積むのに対して、液体の場合は図2のように、大きなタンク1個になります。結果として、液化水素タンクローリー1台は高圧ガストレーラー12台分の水素を運ぶことができ、輸送効率が高まります。3)
将来、水素の需要が増えると水素の海外からの輸入が必要になってきます。(その2)で紹介したように、オーストラリアの褐炭から製造した水素を現地で液化し、液化水素輸送船で日本に運ぶ、国の実証事業が進んでいます。
水素ガスの液化には「断熱膨張」という原理が使われます。図3に示すように、予め圧縮された循環水素は液化窒素との熱交換によって
-190℃近くにまで予冷され、これを膨張タービンで膨張させてさらに温度を下げます。こうすることによって冷却された循環水素は、熱交換器を通して、原料となる水素を冷却し、液化します。水素が大気圧下で液体から気体に変わる温度(沸点)は-253℃です。 1)
3.有機ハイドライドにして運ぶ 2),3)
代表的な石油化学製品の一つであるトルエンに水素を反応させてできた生成物MCH(メチルシクロヘキサン)を輸送する方法です。MCHは水素ガスを1/500程度の容積にして運ぶことができます。液体水素の場合は1/800になりますが、気化させないため極低温に保つ必要があります。これに対し、MCHは常温、常圧で運べるため、特殊な容器を必要としません。また、MCHやトルエンはガソリンと同じ扱いができるため、既存のガソリン用貯蔵設備やタンクローリーを使用することができます。
代表的な石油化学製品の一つであるトルエンに水素を反応させてできた生成物
MCH(メチルシクロヘキサン)を輸送する方法です。MCHは水素ガスを1/500程度の容積にして運ぶことができます。液体水素の場合は1/800になりますが、気化させないため極低温に保つ必要があります。これに対し、MCHは常温、常圧で運べるため、特殊な容器を必要としません。また、MCHやトルエンはガソリンと同じ扱いができるため、既存のガソリン用貯蔵設備やタンクローリーを使用することができます。
4.アンモニアで水素を運ぶ
アンモニアの分子式はNH3であり、分子の中に水素を多く持つことがわかります。実際に、液化アンモニアの体積当たり水素密度は、液化水素の1.5~1.7倍、MCHの2.4~2.7倍あります。また、アンモニアはLPGとほぼ同じ圧力をかければ常温で液体を保持できます。何よりも、アンモニアは肥料の原料などとしての基礎化学品で大量生産されており、それらのインフラが利用できます。
このため、アンモニアは水素を運ぶための物質として注目されています。しかし、アンモニアから水素を脱離させるためには、触媒を使用し、670℃以上の高温にする必要があります。脱離の方法については、より効率的な方法を研究開発中です。3)
一方で、アンモニアのまま水素エネルギーを利用する実証事業が行われてきました。
現在普及している多くの燃料電池システムでは燃料を水素に変えるための改質器が必要です。図5は、改質器を必要としない燃料電池の構造を示したものです。このシステムでは、固体酸化物形燃料電池の運転温度域でアンモニアが水素と窒素に熱分解されるという特性を生かし,燃料極に直接、アンモニアを投入し、1kWの発電ができることが実証されました。5)、6)
5.固体に吸蔵させて貯めるー水素吸蔵合金
水素を吸蔵し、吸蔵した水素を可逆的に放出することができる合金があり、水素吸蔵合金と呼ばれます。図6に示すように、水素吸蔵合金を水素雰囲気下で適当な温度と圧力のもとにおくと、水素を吸蔵し、金属水素化物(MH:メタルハイドライド)ができ、発熱します。逆に金属水素化物の雰囲気の水素の圧力を下げる、または温度を上げると水素を放出します。2) 具体的には図7のような各種の水素吸蔵合金があります。
水素吸蔵合金に吸蔵された水素は、体積が1,000分の1と液体水素の800分の1より小さくなります。しかし、水素吸蔵合金自体が重いため、重量当たりの水素吸蔵量が小さくなります。実用化されている中で最も吸蔵量の多い合金でも、重量比4%程度です。そのため、水素吸蔵合金は、水素を輸送するには不向きですが、一定の場所で貯蔵するには、常温常圧でよく、大掛かりな設備が不要である、というメリットがあります。3) 水素吸蔵合金は水素エネルギーの実証事業の一部で使用されています。今後、軽く、水素吸蔵量の多い合金の開発が課題となっています。
なお、ハイブリッド自動車用二次電池としてニッケル水素電池が使用されていましたが(現在はリチウムイオン電池が主流)、その負極は水素吸蔵合金(に水素が吸蔵された金属水素化物)です。これは現在までに実用された水素吸蔵合金の一例です。8)
6.おわりに
様々な水素の輸送、貯蔵方法について見てきました。それぞれ、長所、短所があり、ユーザーが目的、用途に応じて選択することになります。各方式とも現在は開発段階にあるので今後の技術開発によっては、効率やコストが飛躍的に改善する可能性がある、といわれています。3)
今後、火力発電における水素混焼の拡大や水素を使用する燃料電池車の普及拡大などで水素の需要が大幅に増えると、必然的に水素の海外からの輸送が増えます。国は、水素輸送船の水素タンクの容量拡大など、さまざまな要素技術の開発を行っていく、としています。10)
【参考資料】
- 1) 岩谷産業(株)広報部、水素エネルギーハンドブック 第6版、2020.3
- 2) 今村雅人、水素エネルギーの仕組みと動向がよくわかる本、株式会社秀和システム、2020.10
- 3) 西脇文男、「水素エネルギー」で飛躍するビジネス、東洋経済新報社、2018.7
- 4) 千代田化工建設、千代田の水素サプライチェーン事業
- 5) 京都大学、科学技術振興機構、アンモニアを直接燃料とした燃料電池による1キロワットの発電に成功、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
- 6) (株)IHI、アンモニアを燃料とした燃料電池システムによる1kWの発電に成功、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
- 7) 室蘭工業大学水素機能材料学研究室ホームページ
- 8) 新日本電工(株)ホームページ
- 9) NEDO、水素エネルギー白書、2015.3
- 10) 資源エネルギー庁新エネルギーシステム課 水素・燃料電池戦略室,今後の水素政策の検討の進め方について(第18回水素・燃料電池戦略協議会資料)、2020.11
- 回答者
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エネルギー管理士 本橋 孝久