SDGs達成に向けて

女性目線打ち出し、建設業界に新風【株式会社井上技研(札幌市東区)】

2023年 10月 30日

工事現場で女性社員が当たり前に働く
工事現場で女性社員が当たり前に働く

人手不足に直面する建設業界にあって、「女性目線」を前面に打ち出すことで成長を続ける企業がある。株式会社井上技研(札幌市東区)には現場監督が12人いるが、そのうち3人は女性だ。同社が施工する現場では女性の姿が当然のようにあちらこちらで見られる。今でこそ建設業界でも女性活躍が目立つようになったが、同社が女性技術者の採用を始めた2005年には「ドボジョ」や「建設女子」といった言葉は皆無だった。当初はさまざまな反対の声もあったが、貫きとおした。女性が働きやすい職場は、男性にとっても働きやすいと評判を呼び、新卒採用は順調。行き届いた仕事ぶりが評価され受注を伸ばしている。

下請けからの脱却

井上技研は1985年に創業した。当初は道内の特定の大企業からの仕事を引き受ける典型的な下請け型企業だった。しかし、その大企業の経営状況が悪化する中で同社の先行きにも暗雲がたれこめた。「新しい仕事を獲得するために、何を当社の武器にしていくべきか」。悩んだ末に打ち出したのが女性目線だった。同社は犬嶋清幸社長と妻で先代社長の娘だった犬嶋ユカリ副社長による経営体制をとっている。犬嶋副社長は卒業後、大手ゼネコンで働いた後同社に入社した。自身の経験から「なぜ建設現場に女性はいないのか」と疑問に思っていた。経営に携わるようになり「建築学科を卒業する女性はたくさんいる。女性を採用して現場監督に育てたい」と社員に伝えた。ところが男性社員から「トイレはどうするんだ」「現場で職人さんともめ事をおこさないか」と大反対の声が上がった。

初の女性技術者を採用

犬嶋副社長(右)と秋田氏
犬嶋副社長(右)と秋田氏

犬嶋副社長はそれでもあきらめなかった。犬嶋社長も「男性とか女性とか言っている時代ではない」と背中を押した。女性技術者を初採用、現場に派遣した。当初は犬嶋副社長も同行して、施主にも説明するなど、手探りでのスタートだった。ところが、ふたを開けてみると、職人たちからは大好評。親切に迎えられた。中には頑固に口をきかない職人もいたが、女性技術者が毎日「おつかれさまです」と声かけを続けることで、次第に返事をするようになっていった。施工現場の雰囲気は目に見えてなごんでいったという。「そもそも建設に従事したいと考える女性は肝が据わっている。少々の厳しさは十分に覚悟して入ってきてくれた」(犬嶋副社長)。女性に現場は難しいという事前の声は杞憂に終わった。同社はこうした実績を踏まえて経営理念を作り直し、「女性目線の建設業」を経営の前面に打ち出し、新規の顧客開拓にフル活用した。

この女性目線というフレーズや顧客開拓には、同社の顧問で中小企業診断士の秋田舞美氏のアドバイスも生かされた。秋田氏はマーケティングに強い診断士として活動している。同社の「こうしていきたい」という方針を聞き、その思いを社会にしっかり届けるブランディング手法を同社に伝授した。ウエブサイトも一新し、社員が生き生きと働く姿を発信した。

現場で働く人の本音を収集

女性目線は、顧客獲得においても成果を上げた。保育所や高齢者施設などから、次々と声がかかるようになったのだ。同社は引き受けた仕事を施工する前の段階から、その建物で働く保育士や介護士の声を集める機会を設けている。建設会社と施主の話し合いには男性が出てくることが多いが、本当に必要な機能が何かは、実際にその場所で働く人に聴いてみなければわからないとの考えからだ。話を聴く側の同社の担当者も、意見を言う側の参加者も女性であることが多いため、スイーツを楽しみながら「女子会」を開いている雰囲気で本音を引き出しているという。こうした丁寧な対応が評判を呼び、新規の受注を増やす好循環を描いていった。

業務の見える化で社員の意欲を向上

若手社員が生き生きと働ける職場に
若手社員が生き生きと働ける職場に

同時に働き方改革にも取り組んだ。建設現場には「仕事は先輩の背中を見て学べ」という風潮が長くはびこっていた。同社は業務を標準化し、データとして整備することで、仕事を属人化させず、代替できる仕組みを整えた。新人であっても、自分の役割が明確になっている。さらに、今後仕事を深めていくには、どんな学びや資格取得が必要かなど、将来像が分かるようにし、スキルアップに取り組めるようにした。また、工事の進捗状況を社員全員が把握できるように見える化した。ある現場では業務が順調に完了したが、別の現場では遅れが発生しているといった状況の時に、社員が遅れている現場に応援に行くといった行動が自然にできるようになった。今年同社にとって初めて男性社員が育児休暇を1か月取得したが、取得中の業務を担う人材の手当も順調にできたという。一連の取り組みの結果として、生産性が向上し、社員の満足度も上がった。

女性が活躍する会社に魅力を感じた

同社が女性採用を始めた頃は、建築学科卒の女性は就職先を探すのに苦労していた。同社にとっては優秀な社員を獲得できる状況にあったと言える。ただ、現在の採用環境は激変している。大手ゼネコンも女性を積極的に採用しており、女性技術者はひっぱりだこ。中堅以下のゼネコンは女性を採用したくても難しい状況だ。ただ、同社には今も就職希望者が次々と訪れるという。2022年に新卒採用で入社した井上愛さんと山岡紅亜さんは、「女性が活躍できる会社というところに魅力を感じた」(山岡さん)、「いろんな種類の工事を経験できている。1級建築士の資格を取り、将来は所長になりたい」(井上さん)と、同社を選んだ理由を語る。

SDGs経営を深化

同社の経営は、SDGsが掲げる目標5の「ジェンダー平等を実現しよう」を実践するなど、世の中でSDGsが言われる前からその思想は採り入れられてきた。地元の北洋銀行と北海道大学が作成した小学生向けのSDGs教材には、同社の取り組みが紹介されている。また、社会に広く取り組みが理解されるように、改めて整理して可視化し、ウエブサイトで公表した。「やってみるとまだできていないことに気づくこともあり、新たな課題を見つけることができた」(犬嶋副社長)と言う。SDGs担当の社員も配置し、SDGs経営をさらに深めていくとしている。

同社の本社ビルの1階には、保育園、高齢者向け居宅介護サービス会社が入居している。「自社の社員が今後どのようなライフステージを迎えても、働き続ける環境を整えておきたい」との考えから、これらの施設を誘致した。犬嶋副社長は「『見える化』に加えて『言える化』が大事。若手であっても自分の意見を言える雰囲気づくりをしていきたい」と言う。これからも社員の意欲を引き出す経営にまい進する。

井上技研のSDGs

企業データ

企業名
株式会社井上技研
Webサイト
設立
1985年3月25日
資本金
6,000万円
従業員数
16人
代表者
犬嶋清幸 氏
所在地
札幌市東区北14条東8丁目3-1
事業内容
官庁の新築・改修・解体工事、高齢者福祉施設・保育園・病院の新築・改修工事、民間企業社屋等の新築・改修工事