農業ビジネスに挑む(事例)

「銀座農園」販路を確保したうえで企業の農業参入を促す

  • 販路を確保したうえで企業の農業参入を促す
  • 海外での農業ビジネスを念頭に起業

販売という“出口”を確保したうえで新規就農(入口)へ誘う。そんな農業ビジネスを推進するのがベンチャー企業の銀座農園だ。

同社は2007年、飯村一樹さんが創業した。飯村さんは大学で建築を学び、一級建築士として不動産会社で建築設計に従事。その後、転職したベンチャーで不動産開発やファンド運営、プロジェクトファイナンスなどに携わった。そこでは、事業において「出口(販売)戦略」の多様化が重要なことを学んだ。さらに、「衰退する地方都市、そして一次産業を元気にしたい」(飯村さん)という思いを募らせた。

そこで2006年、ベンチャー企業を退職して地域活性コンサルティングを開始、さらに翌年に農業支援ベンチャーの銀座農園を設立した。

高糖度トマトの栽培には銀座農園のノウハウがぎっしり詰まっている

驚きのプロジェクトで認知度を上げる

「企業の農業参入を増やすことで国内の農業を元気にすることを目指しました。そのためにも生産した農産物は弊社が引き受けて売ることで新規参入を促すビジネスモデルを考えました。農業界で古くから行われている委託生産方式の応用版です」

少子高齢化で農業も後継者の確保が難しい。一方、政府が率先して個人や法人に新規就農を促すがなかなか活性化しない。それを打開する方法として独自のビジネスモデルを考えた。

「栽培ノウハウの提供と販路が確保されていれば、農業参入に躊躇している企業も一歩を踏み込めます」

ビジネスモデルに基づき販路と信用を築かなければならない。が、そのためにも自らの存在を認知してもらわなければならない。そう考えた飯村さんは周囲を驚かせるプロジェクトを立ち上げた。2009年、銀座のビル跡地に水田をつくり、そこに販売所も設けるというプロジェクトだった。また、表参道のビルの屋上に貸し農園も開設した。そうした行動は、世間の耳目を集めた。多くのメディアに取り上げられ、銀座農園の知名度は一気に上がり、中国、台湾、シンガポールと海外メディアでも紹介された。

飯村さんは、銀座に水田をつくるプロジェクトの趣旨をまとめた資料を全国1100軒の農家にダイレクトメールで発送した。東京のど真ん中に本物の水田をつくります、消費者に農業のすばらしさを知ってもらいませんか、そして新しい農業ビジネスを共に考えませんか、水田には販売所も設けますのであなたのお米を売ってみませんか、とメッセージを添えた。すると興味を抱いた90軒の農家が応じた。自身の農業に創意工夫を重ねる、いわゆる“勝ち組”の農家たちだった。

銀座のビル跡地に水田と販売所を設けるプロジェクトを実施した

販路開拓の一端としてマルシェをオープン

全国の農家に対して一定の知名度が築けた。飯村さんがつぎに取り組んだのが販路の構築だった。2010年、水田・販売所などの仕掛けで知己を得た農家を中心に東京・有楽町にマルシェを開設した。JR有楽町駅前の東京交通会館1階に「交通会館マルシェ」を設けると、先進的な農家が率先して出店してきた。消費者と触れ合えるマーケティングの場となり、売上も右肩上がりの勢いだった。

さらに同年には東京交通会館内に香川銀行・徳島銀行との共同アンテナショップ「徳島・香川トモニ市場」をオープンさせた。

東京・有楽町の交通会館に開設した「徳島・香川トモニ市場」

独自に生産ノウハウを築く

こうした流通ノウハウの構築を続けながら、企業の農業参入を促すビジネスモデルを築いていった。

先述のように、交通会館マルシェなどで勝ち組農家と交流する中、新規で農業に参入する際に適した作物が高糖度トマトであることに気がついた。実際、種苗メーカーや専門新聞社の公表する統計でもトマト、特に高糖度トマトは消費者に人気No.1の野菜だ。

ただ、高糖度トマト栽培はまだニッチな市場のため栽培者も少ない。そこで高糖度トマトの栽培から販路までをトータルパッケージとして企業に販売する。さらに企業の参入を促すためには、経営の効率化を図り早期に黒字化できるモデルにしなければならない。そのため、2012年から自らの農場で高糖度トマトの栽培試験を始め、試行錯誤を繰り返しながら糖度や酸味など一定の品質を確保する栽培ノウハウを獲得した。現在も設備投資コストの削減・潅水技術の簡素化・土地利用の効率化を実現するため、ノウハウのブラッシュアップに努めている。

シンガポール、タイへ進出

現在、銀座農園は「農業開発」と「農業流通」の2つの事業を運営する。そのうち農業開発事業の核となる高糖度トマトのハウス栽培は、2012年に国内で試験を始めたときとほぼ同時にシンガポールでも現地法人を設立して栽培試験を始めている。

「創業当初から日本の農業ビジネスは海外展開しないとだめだと考えていました」

創業からわずか5年で海外に出られたのはなぜか?

「銀座の水田のニュースを見たシンガポールの華僑の方から打診があったのです」

シンガポールの華僑系の造船会社の創業者一族が、銀座農園のニュースを目にして興味を持ち、都市部での農業を思案していたシンガポール政府機関に共同開発を仲介した。それにより銀座農園は、赤道直下に近いシンガポールで1200平方メートルの農地を借り、高濃度トマトの栽培試験を1年半実施した。

「シンガポールはもとより東南アジアで日本の機械や重工業の技術移転は進んでいますが、農業分野の技術移転はほとんど進んでいません」

日本や台湾、アジアの高糖度トマトの品種を試験し、生産・販売の研究を重ねた。

「海外で農産物の栽培でビジネスしようと思うなら、つくるだけではだめです。メンテナンスから販売までのコールドチェーンも含めたトータルマネジメントの意識をもって参入しないと成功できません」

それをシンガポールでの試験栽培を通じて改めて認識した。シンガポールでの試験栽培は2015年にいったん終了したが、同年から、国際協力機構(JICA)と共同でタイで高糖度トマトなど高付加価値果菜の生産・販売試験が始まった。

タイではタイ国立科学技術庁(NSTDA)がパートナーとなり、同社のハウス栽培技術を用いて高糖度トマトと夏秋イチゴ、メロンの3品種を試験栽培していく予定という。

海外ではシンガポールで初めて試験栽培を実施した

アジアを代表する農業企業を目指す

現在、銀座農園の年商は3億7000万円(2015年3月期)、来期は約6億円へと大きく伸長しそうだという。また、同社のビジネスモデルで新規参入する企業のパートナー農場が開設される。神奈川、長野、埼玉で銀座農園のサポートを受けながら高糖度トマトの栽培を始める予定だ。これらのパートナー農場で生産された高糖度トマトは契約に応じて銀座農園が買い取り、量販店や飲食店などに販売する。
「いまも20から30社が弊社のビジネスモデルによる農業への新規参入を検討されています。また、その半数以上が5年後には海外でも生産していきたいと考えています。これまでのようなCSRや遊休地があるから農業を検討するといったネガティブなものではなく、将来は1つの事業として農業を捉えたいという積極的な企業が増えてきています」

栽培から販売までサポートする銀座農園のビジネスモデルは、新規参入を企図する企業にとって魅力のようだ。また、シンガポールで海外農業ビジネスの知見を得ており、さらに今後はタイのほかにインドネシアでもビジネスモデルの可能性を調査し、本格的な海外でのビジネス展開に備えていく。

2015年には上場企業などの複数の事業会社からシリーズA(スタートアップ企業への投資)で約1億円を資金調達した。

「将来的にはアジアを代表する農業企業にしたい」

日本の農業技術を活用して外貨を稼ぎ、さらに日本の農業技術を磨いてアジアの食料問題を解決していく。それが銀座農園の究極の目標だ。

企業データ

企業名
銀座農園株式会社
代表者
飯村一樹
所在地
東京都中央区銀座1-3-1北有楽ビル1階