中小企業とSDGs

第5回:ニッチ企業こそSDGsに挑戦を「谷治新太郎商店」

持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年9月の国連サミットで採択された17のゴールと169のターゲットからなる16年から30年までの国際目標だ。日本政府もSDGs達成を通じた中小企業などの企業価値向上や競争力強化に取り組んでいる。
国の機関や専門コンサルタントの活動およびSDGs達成に貢献している中小企業などの先進事例を紹介する。

機器を指差す谷治大典氏
消費電力を可視化する機器を指差す谷治大典氏

国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)を紹介する外務省の専用サイト「ジャパンSDGsアクションプラットフォーム」には、民間企業約150社の取り組み事例にリンクするページがある。その中で、最も小規模でニッチな製品を扱う企業の一つが、1882年(明治15年)創業の有限会社谷治新太郎商店(東京都日の出町)である。

従業員はパート2人を含めて14人。主に製造するのは「卒塔婆」(そとうば、そとば)だ。卒塔婆とは、納骨や法要などの際に墓に立てる木製の細長い板のこと。仏教発祥の地、インド・サンスクリット語の「ストゥーパ」が語源で、もともとは五重塔などの仏塔のことだが、時代とともにどんどん簡素化して、今の形になった。

「当社の場合、顧客の9割以上がお寺の住職。仏教の寺院は全国で約7万5000カ所あり、卒塔婆を使う習慣のない浄土真宗を除く約5万5000カ所が対象となる」。6代目の代表を務める谷治大典氏は、卒塔婆の市場規模をこう説明する。「限られた市場であるのに加え、核家族化と檀家離れが進んで需要が減り、廃業するところも出ている」という。

リサイクル・省電化に取り組む

カンナ盤で表面を仕上げる様子
カンナ盤で表面を仕上げる

そんな〝縮小産業〟の同社がSDGsに取り組んだのは、2018年秋に外務省の専用サイトをたまたま見たからだ。「その時、掲載されていた企業は大手ばかり。中小零細企業はほとんどなかった」。数年前から使用済み卒塔婆のリサイクルや、社内の省電力化・ペーパーレス化を始めており、これらをSDGsの各目標に当てはめ、ホームページ化した。

早速、外務省に問い合わせ、リンクを申請したところ、約1カ月後に掲載された。「とりたてて特別なことはやっていないが、中小でもできることはある。取り組みを地域や世界に発信することで、結果的に自社のブランド力が向上するはずだ」と語る。

使用済み卒塔婆のリサイクルは、寺院から回収した卒塔婆を処理施設に送り、さまざまな大きさのチップに粉砕する。バイオマスボイラーの燃料やパーティクルボードなどの建材、畑の堆肥や動物小屋の敷材として再生するほか、端材は自社工場の薪ストーブや小型ボイラーの燃料として再利用する。

また、事務所や工場内で使用電力量を見える化し、個々の社員が意識的に機械設備の使用タイミングを調整する仕組みも導入。階段や倉庫入り口などに太陽光発電パネル付きのLEDライトを設置し、人が通る時だけ点灯する人感センサーも付けた。紙資源を節約するため、会議などの際は事前に資料を配信し、当日はプロジェクターで映す。FAXを受信すると自動的にパソコンに保存され、本当に印刷が必要な書類しか印刷しない。

さらには、給与規定や就業規則などを整備。残業は原則禁止とし、ボランティア活動に参加した場合の手当てや代休などを明記して、社員の地域貢献を支援する体制を整えた。谷治氏自身が、消防団や商工会(青年部会長)など地域貢献活動を行っているのに加え、社員の高齢化により「このままでは人手不足で立ち行かなくなる」との危機感からだ。

ネット販売に活路、生産改革も

スクリーン印刷で手書き文字を再現する様子
スクリーン印刷で手書き文字を再現

谷治氏はいわゆる婿養子である。1999年に大学を卒業後、大手小売業グループに入社し、スーパーの店舗マネージャーとして予算の立案からパート社員の管理まで担った。2011年末に妻の実家である谷治新太郎商店に入社。わずか1年1カ月後の13年1月に代表取締役に就任し、改めて売り上げの減少に苦しむ経営状況に驚いた。

「数年間は様子を見てから改革する選択肢もあったが、それでは遅い。業界の慣習など何も分からない段階で、おかしなところは全部変えてやろうと考えた」。どんぶり勘定だった経理を洗い出し、期間限定で社員の賞与を半額にした。「売り上げを増やすにはこれしかない」と電子商取引(EC)サイト「卒塔婆屋さん」を構築し、ネット販売を始めた。

最初の半年間は売り上げがゼロだった。しかし徐々に売れ出し、2年半前のサイト改修後は月100万円以上を販売。現在は月400万円ほどを売り上げる。顧客である寺院と最終消費者との関係から明示していなかった商品価格を掲載したほか、最低50本だった販売単位を1本からのバラ売りに変えたことが奏功した。

谷治氏は「ニッチな商品ほどECとの親和性が高い」と言い切る。卒塔婆は必要な人しか買わない半面、メーカーの廃業が続くとネットで探すしかなくなる。これに対し、必要な時に必要なだけ翌日配送されれば、価格がある程度高くても購入するという。18年11月期はネット販売比率が25%となり、今期は35%、来期は50%まで高まると予想する。

生産面での改革にも取り組む。社員に対して「いかに楽にできるか考えてほしい」と呼びかけている。楽な姿勢で作業できるよう機械の配置を変えたり、作業自体を無くしたりすれば、生産性向上やコスト削減、短納期につながるためだ。近く社員全員に携帯端末を持たせて各工程の作業を洗い出す計画で、標準作業時間を割り出し、データを蓄積した上で、将来的には人工知能(AI)が自動的に作業を割り振る体制を目指している。

意欲向上へ、出来ることから始めよ

完成した卒塔婆
完成した卒塔婆

外務省サイトとリンクしたことで、青年会議所や商工会の懇親会などで「SDGsに取り組みたいが、何から手をつけたらいいか分からない」と相談されることも増えた。ただその際、目の前の食べ残しを見て「格好つける前にパックに詰めて持ち帰って」と話すという。

そのわけは、NPO法人「おてらおやつクラブ」を応援し、サイトをリンクしているためだ。同クラブは、賛同する全国1172寺にお供えされた菓子や果物、食品などを、各地の支援団体の協力のもと、経済的に困難な状況にある子どもや家庭に「お裾分け」する活動を行う。「お寺ならではのユニークな活動であり、少しでもPRに貢献したい」という。

「国連で採択かつ横文字なので、SDGsを何か高尚なものと身構えてしまう人は多い。一方でSDGsの〝勉強〟ばかりして自己満足している人もいる。食べ残しは持ち帰るなど、まずは出来ることから始めることが肝心だ」と谷治氏。SDGsの導入効果について「電気料金や紙資源の削減はもちろん、社員のモチベーションが高まったのが大きい」と語った。

企業データ

企業名
有限会社谷治新太郎商店
Webサイト
創業
1882年(明治15年)
資本金
300万円
従業員数
13人
代表者
代表取締役 谷治大典氏
所在地
東京都西多摩郡日の出町大久野3318
Tel
042-597-0855
事業内容
卒塔婆・墓標製造

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