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「ワールド山内」全業務を「見える」化

この記事の内容

  • 全社員が情報端末で業務の進捗や履歴を確認可能
  • 誰でも加工実績が取得できる機械の操作マニュアルを導入
  • 人手を機械に置き換え「設備と智恵」で世界と勝負
ワールド山内
「見える化」した生産設備を前に従業員と打ち合わせ

北海道北広島市の工業団地。金属加工全般を請け負うワールド山内の工場には年間数百件を超える見学者が訪れる。最新設備とIoT(モノのインターネット)を組み合わせた生産体制を確立し、高品質、短納期、低コストを実現しているからだ。同社は2017年3月に経済産業省の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」、同年12月には「地域未来牽引企業」にも選ばれた。

1万9520平方メートルの敷地に4つある工場には板金や切削加工から溶接・組み立てまで100台を超える金属加工の機材がずらり。1日約4000点、月平均最大10万点もの製品を生み出す多品種少量生産で約300社の顧客の多様なニーズに対応している。受注の7割以上は本州の企業だ。物流コストをかけてもわざわざ北海道に発注するメリットがあるのだろう。

6つの工程ラインはインターネットに接続され24時間稼動している。製品を何時何分に、誰が、どんな作業を何分で完成させたかという加工情報はリアルタイムで自動的に蓄積され、履歴として残る。人の動きも工場内に設置されたウェブカメラが録画して画像解析システムで作業者は誰か、作業に要した時間が分かる。

工程だけではない。図面管理、見積もり、営業管理、製造手配、生産管理、品質管理、会計まで、同社ではすべてのシステムがネットワークでつながり、人とモノの流れがすべて「見える」ようになっており、それらを社員全員がタブレット端末やスマートフォンで確認できる。

各部門で仕事がどれだけ完了してどれだけ残っているかを把握できるから営業担当は顧客の前で見積もり受注、納期などを即座に決めることができる。システム上には漏れや誤りのない正確な加工データしか残らないので顧客の信頼も獲得できる。

人手をシステムに置き換えるという取り組みを約20年前から進めてきた同社の山内雄矢社長は「いかに自動化し、記録を残し、利益を出すか。日本のものづくりが世界で戦おうと思ったら人件費では勝てない。設備と知恵です」と話す。

設備は常に最新式のものを揃える。「10年前の機械は消費電力も違う。入れ替えのサイクルが早いから減価償却の考えはありません」。利益の8割を設備の拡充に回しており、同社の設備投資の累計は約60億円にのぼる。

人が機械を使いこなすために、基準通りの手順を踏めば自動的に加工実績が取得できる機械の操作マニュアルも作った。「だからパート従業員も機械を触っているし、いつ、誰が休んでも同じ品質のものができる」。従業員の平均年齢は35歳。2割が女性だ。部長クラスの年収を約1千万円、課長クラスを約800万円、工場の技術職で500~600万円もらう会社にしたいです」

従業員の給与は学歴や年功序列ではなく、成果報酬だ。去年より今年はどれだけ仕事をしたか、その結果で年棒を決める。その結果、やる気のある人しか残らない。「去年は一番上がった人で月8万円

2018年3月期決算は売上高は19億円。業績は右肩上がりだ。「5年以内に30億、10年以内に50億の売り上げをめざしたい」と意気込む山内社長の目はさらに先を見据えている。

「これから10年先、20年先を考えると少子化で人がいなくなる。その中でさらに生産性を上げ、売り上げも収益も上げたいなら、新分野を攻めていかないと」。近く、製品の不良率を改善するために従業員の血圧や心拍数など個人の健康状態を確認できるしくみや、スマートフォンの全地球測位システム(GPS)や音波を用いた工場内の位置情報の把握も導入していく方針だが、「最終的には人じゃなきゃどうしてもできない感覚的なものだけ残して、あとはみんなロボットに換えていきたい」と言う。

「時代の変化に対応できる会社でないと生き残れない。ものづくり企業は作ってナンボの世界です。変わっていくお客さまの要求に柔軟に対応できるのが一番大事。これからも最新設備を使いながら人間の知恵を入れ込み、人々に感動を与える製品を生み出したい」。山内社長は水上オートバイ(ジェットスキー)の元日本王者で、世界大会でも2位になった。「世界で2番目はやっぱり悔しい。ものづくりの世界でリベンジです」。

企業データ

企業名
ワールド山内
Webサイト
設立
1983年6月
従業員数
120人
代表者
山内雄矢
所在地
北海道北広島市大曲工業団地4-3-33
Tel
011-377-5766
事業内容
ステンレス製品の高度技術加工、非鉄金属加工、金属加工、レーザー加工、機械加工、各種製品の溶接・組立・表面処理、塗装
創業
1955年1月