パリのアスリートを支える

選手村に1万6000床の寝具供給 「質の高い睡眠」を選手に提供【株式会社エアウィーヴ(東京都千代田区)】

2024年 7月 16日

株式会社エアウィーヴの高岡本州会長兼社長
株式会社エアウィーヴの高岡本州会長兼社長

「質の高い睡眠」を実現するベッドマットレスが多くのアスリートたちに支持されている寝具メーカー、株式会社エアウィーヴ(東京都千代田区)。前回の東京五輪に続き、パリ五輪のオフィシャル寝具サポーターに選ばれた。多くのアスリートに最適な睡眠環境を提供してきた機能面の実績に加え、すべてリユース・リサイクルが可能な「環境配慮型」の寝具を提供。SDGsに貢献する姿勢も評価され、採用に繋がった。大会を通じて、マットレスの機能を世界中のアスリートにアピールし、海外市場進出の足掛かりにする考えだ。

3分割構造のマットレス 体形に合わせカスタマイズ可能

パリ五輪の選手村に供給する寝具
パリ五輪の選手村に供給する寝具

「パリ五輪に向けてずっと準備をしてきたが、東京とは違いパリはアウェー。まさか一社独占で寝具を供給できるとは思ってもみなかった。非常に光栄に思っている」と、エアウィーヴ代表取締役会長兼社長の高岡本州(もとくに)氏は語る。看板商品である3分割構造のカスタマイズ可能なベッドマットレスのほか、かけ布団、枕、そして、東京五輪で話題となったリサイクル可能な段ボールベッドフレームの寝具一式約1万6000床を選手村全床に供給する。

エアウィーヴのマットレスは高反発で復元性の高い素材を使用しており、寝返りを楽にうつことができる。マットレスの中材は肩・腰・脚の部分に分かれる3分割になっており、片面が標準の硬さ、もう片面が柔らかめや硬めといった構造で、ブロックを入れ替えるだけで部位ごとにマットレスの硬さをカスタマイズできる。

例えば、水泳選手のように肩幅が広いアスリートは肩の部分を柔らかめに、柔道選手のように腰回りが重い選手は腰が沈まないよう腰の部分を硬めに、という具合に硬さをカスタマイズすることで、理想的な寝姿勢を保ち、寝返りをしやすくする。体形にあったマットレスを選択することで寝ている間に余計な筋力を使わないため、朝まで深い眠りにつくことができる。

カバーを外すと、3分割されたマットレスが現れる。ブロックを組み替えることで硬さをカスタマイズできる
カバーを外すと、3分割されたマットレスが現れる。ブロックを組み替えることで硬さをカスタマイズできる

東京五輪では段ボールベッドに大きな注目が集まったが、実はマットレス自体が選手たちに評価されていた。これまでアメリカ・ドイツ・フランス・中国・オーストラリアなどの五輪チームにも寝具を提供。多くの海外アスリートの睡眠をサポートしてきた実績もある。高岡氏によると、東京五輪では、過去の大会に比べて寝具に対するクレームが圧倒的に少なかったそうで、国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会もその点を評価したと受け止めている。加えて、エアウィーヴが独自に取り組んだ寝具のリサイクル・リユースの取り組みもアピールポイントになったとみている。

パリ五輪の期間中、選手たち一人ひとりに合わせたマットレスで睡眠がとれるよう選手村に「マットレスフィッティングセンター」を開設する。のべ50人ほどの社員が現地に常駐し、センターを訪れた選手の身長・体重、全身の画像をもとに最適なマットレスの硬さパターンを提案するサービスを提供する。これまでファスナー式だったカバーをボックスシーツ式にするなどマットレスは選手自身で簡単に組み替えができるよう改良している。マットレスの機能を選手たちに理解・実感してもらううえで、フィッティングセンターは非常に重要な役割を担っている。

「東京にもフィッティングブースを設けていたが、コロナ禍の影響で1000人ほどしか利用してもらえなかった。パリは大きな障害もなく、フィッティングセンターも目立つ場所に設置される。おそらく選手村に宿泊する半数以上の選手に利用いただけるのではないか」と高岡氏は期待している。

身長・体重のデータと全身の画像から最適なマットレスの組み合わせを提案する
身長・体重のデータと全身の画像から最適なマットレスの組み合わせを提案する

起死回生かけたチャレンジ アスリートの評価通じ良さが浸透

高岡氏がエアウィーヴを商品化したのは2007年。その翌年に開催された北京五輪では、日本代表の水泳・陸上の選手約70人が現地に持ち込んで選手村で利用するなど早くからアスリートの高い評価を受けていた。2010年のバンクーバー冬季五輪でも多くの日本代表選手が持参するようになった。2012年にはロンドン五輪で日本選手をサポートする文部科学省マルチサポート事業に協力し、トップ選手向けに寝具の開発を担った。2013年からは日本オリンピック委員会(JOC)のオフィシャル寝具パートナーを務めるまでになった。

高岡会長兼社長 (左)と柔道の阿部一二三選手(中央)、詩選手
高岡会長兼社長 (左)と柔道の阿部一二三選手(中央)、詩選手

高岡氏に商品開発の経緯を聞くと、崖っぷちから起死回生をかけたチャレンジだった。

高岡氏は大学卒業後、父親が創業した配電用機器の販売会社に入社。1998年に社長に就任した。2004年には伯父が経営していた釣り糸の押出成形機械メーカーの再建を託された。しかし、再建は思うように進まず、会社をたたむことも視野に入れていた。

当時、会社では釣り糸を作る技術を利用して糸状のポリエチレン樹脂を絡めたクッション材を生産していたが、その素材に触れ、「寝具に使えるのでは」とひらめいた。高岡氏は若いころ交通事故に遭ったことがあり、ずっと首の具合がよくなかった。ふだん使っていた寝具が合わずに困っていたことも開発に取り組むきっかけとなった。

試行錯誤を重ね、最適な硬さ・厚みに仕上げたマットレスパッドを試作。知人や友人200人に無料で配って寝心地をリサーチした。すると、ふだん運動をしているスポーツマンから絶賛され、販売に踏み切った。発売後の売れ行きは伸び悩んでいたが、「いつか五輪選手たちに選ばれる寝具をつくる」ということが高岡氏の大きな目標になっていた。

目標に向けて、高岡氏はさまざまなスポーツ関係者に積極的にアプローチし、マットレスパッドを試してもらった。すると、その効果が認知され、日本代表選手が利用する宿泊施設への導入が決まった。施設で多くのアスリートがエアウィーヴの良さを実感し、利用が一気に広がった。

アスリートからの評価は高まる一方、一般向けの認知度はなかなか上がらず、苦戦が続いていた。ところが2011年、フィギュアスケートの浅田真央氏が愛用していることが世間の耳目を集め、一気に知名度が拡大。ホテルなど宿泊施設の導入も進み、現在の成長につながった。2012年に社名を株式会社エアウィーヴに変更。東京やパリの大会で供給される3分割のマットレスは2017年から商品化された。輸送の利便性も高く、カスタマイズできるベッドマットレスは今では主力ヒット商品となっている。

選手村と同機能の寝具を「TEAM JAPAN」に事前提供

5月の記者会見に出席したTEAM JAPANの尾縣貢団長(左から2人目)と柔道の阿部一二三選手(中央)、詩選手(左から4人目)
5月の記者会見に出席したTEAM JAPANの尾縣貢団長(左から2人目)と柔道の阿部一二三選手(中央)、詩選手(左から4人目)

エアウィーヴは、オリンピック日本代表「TEAM JAPAN」の選手たちに最高のパフォーマンスを発揮してもらうため、パリの選手村と同機能の寝具を選手たちに事前に提供する。

5月に行われた記者会見でTEAM JAPAN団長の尾縣貢氏は「本番を前に今から最高の睡眠環境を体験できるという点では、選手のコンディショニングに大いに役立つ。選手たちは最高の睡眠環境を得て、最高のコンディションで最高のパフォーマンスを上げてくれると思う」と語った。東京五輪で総監督を務めた尾縣氏は当時、心身ともに追い込まれた状況の中でエアウィーヴの寝具で睡眠を取り、エネルギーを蓄え、各会場を駆け回ったという。

柔道日本代表の阿部一二三・阿部詩兄妹もエアウィーヴの愛用者。詩氏は「東京五輪の後、両肩を手術した。最近は腰痛に少し悩まされている。その中で、エアウィーヴのマットレスで寝ると痛みが半減する。外で宿泊するときと比較して、その効果を実感している」と評価していた。

海外市場への再挑戦 パリ五輪と同時並行で進行中

段ボールベッド製造に向けた現地メーカーとの打ち合わせ
段ボールベッド製造に向けた現地メーカーとの打ち合わせ

日本からフランスへ—。選手村への寝具の供給は苦労の連続だったそうだ。

段ボールベッドはフランス国内での製造・再資源化を義務付けられた。製造ノウハウは日本の製紙メーカーと共有しており、日本の製紙メーカーの協力を取り付ける必要があった。高い強度が求められる段ボールベッドを製造できる現地メーカーを探し出し、日本の製紙メーカーの協力を得てノウハウを提供した。

東京では寝具の供給だけだったが、パリでは選手村の各居室への設置作業も任されている。居室への寝具の設置期間は3か月ほど。日本から1万6000床ものマットレスを期間中にパリに送り込まなくてはならない。1日約300床のペースで寝具を毎日選手村に納入した。日本からパリへのマットレスの輸送では、貨物船がスエズ運河で座礁し、エジプトで別の船に積み替えしてフランスに運んだこともあったそうだ。

大会後のマットレスのリユース先にはフランス軍やパリ・オペラ座バレエ学校、慈善団体などを選定した。国や地域の人々の暮らしや文化に貢献している組織、公共性の高い団体という観点から選んだという。

現地では、1月から5人の女性社員が赴任し、最前線に立って奮闘している。現地の物流会社や組織委員会など多くのステークホルダーとの連携を図りながら、ミッションをこなしている。「物流担当の社員は家族を日本に残しての海外赴任だが、年明けに『ここは私がいかないといけない』と積極的に手を挙げてくれた。いろいろな課題を乗り越えながら作業を進めてくれている」と高岡氏は目を細めていた。

選手村で使用された寝具を寄贈するオペラ座バレエ学校を訪問
選手村で使用された寝具を寄贈するオペラ座バレエ学校を訪問

エアウィーヴにとって海外進出は大きな挑戦だ。今回のパリ五輪は橋頭保となる。「ものづくりの企業としてチャンスがあるなら世界に売り込みたい。社員も海外での新しい経験を経て、成長をしていく。日本の一メーカーとして世界に出ていくことで、日本に活力を与える一助になればうれしい」と高岡氏は意気込みをみせた。

エアウィーヴは2015年に大型投資を行い、アメリカ・ニューヨークに路面店を出店。海外市場進出の夢を果たした。だが、年20億円もの損失を出し、経営危機に陥った苦い経験をしていた。2017年にはニューヨークの店舗を閉店。海外事業からの撤退を余儀なくされた。

「当時と今では商品も進化し、経営体力もある」と再挑戦に自信を示す高岡氏。現在、パリ五輪と同時並行でアメリカ市場への再進出に向けた準備を進めている。「アメリカの市場は大きいが、競合他社も強い。厳しい市場だが、そこで成功しないと他の市場もとれない。高い壁から攻めていく」と気を引き締めていた。

企業データ

企業名
株式会社エアウィーヴ
Webサイト
設立
2004年11月
資本金
3000万円
従業員数
1000人
代表者
高岡本州 氏
所在地
東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル8階
Tel
03-6214-2460
事業内容
寝具の製造・販売