さて、ポッキーは発売直後から大ヒットしたが、消費者も味に慣れてくると欲が出てきた。チョコだけではもの足りない、他の味もほしいと。そこで71年に「アーモンドポッキー」、76年には「いちごポッキー」を発売し、フレーバーのバリエーションを広げた。いちごポッキーは子どもを取り込むための商品開発だった。
このアーモンドといちごのフレーバーは、89年に「アーモンドクラッシュポッキー」、90年に「ポッキーつぶつぶいちご」を派生商品として生み出している。その目的は高付加価値の提供にあった。
また、86年には男性消費者をターゲットに「ポッキービター」、96年には「メンズポッキー」を発売した。
このようにポッキーのフレーバーは、時代とともに変遷する消費者の価値観や嗜好性に応じて開発されていった。
ポッキーは時代に応じたフレーバー展開だけでなく、やはり時代に応じて「食べ方」を提案し続けてきた。そのきっかけが、73年のオイルショックを契機とした消費者の価値観の変化だった。消費に対して質や量だけでなく、意味づけや感覚に訴える効果も求めるようになった。そこでポッキーは食べるシーンを提案するコマーシャルを展開する。第1弾として76年にインドアシーンとして「ポッキー・オン・ザ・ロック」をキャンペーンした。
氷を浮かべたブランデーグラスにポッキーを入れて食シーンを演出する。冷やしたチョコレートの意外性とおしゃれな雰囲気を訴える。そのキャンペーンのヒントは、札幌にあった。当時、札幌に出張した社員がバーで飲んでいると、ポッキーが出てきて店内の客がマドラー代わりにグラスの中をゆっくりと回す。そしてマドラーの役目が終わると口に入れてポリポリ食べるのだ。冷えたポッキーが思いのほかおいしい。これをヒントに「ポッキー・オン・ザ・ロック」のキャンペーンが生まれた。ヒントの源と同様に、キャンペーンも東京や大阪のバー、スナックから浸透し、アルコールのつまみとして流行した。それがやがて家庭へと浸透していったのだ。
第2弾はアウトドアシーンとして77年に展開した「旅にポッキー」のキャンペーンだった。当時、若い女性の間に旅行ブームが広がり始め、その流行に乗るように旅先でポッキーを食べる提案をした。キャンペーンキャラクターには岡田奈々が初代、松田聖子、菊池桃子、本田美奈子、南野陽子などへとつなぎながら88年まで長期にわたるキャンペーンとなった。