あの人気商品はこうして開発された「食品編」

「チーズ鱈」和洋折衷型のおつまみが消費者に求められるはず

「あの人気商品はこうして開発された」 「チーズ鱈」-和洋折衷型のおつまみが消費者に求められるはず 1982年に発売されたロングセラー商品「チーズ鱈」は今年で30周年を迎える。その誕生のきっかけは洋食材と和食材をコラボさせるという斬新な発想にあった。

1982年の発売以降、2012年に30周年を迎えたなとりのヒット商品「チーズ鱈」は、おつまみ市場にあって過去6年間連続して全体売り上げの伸び率以上の売上幅の成長を維持している。世界各国から選りすぐりのチーズ原料を仕入れ、他社の追随を許さない味と品質を追求し続けているところがその強み。既存の珍味ジャンルを超える商品の開発により、女性などへとその支持層の幅を広げている。

イカのおつまみでヒットを飛ばす

日本の珍味市場では、全国700-800社の中小メーカーが各地域でひしめき合っている。北海道ならオホーツク海、広島なら瀬戸内海など地場特有の海産物(海の幸)を原料に地元メーカーが地域限定で商品を提供している特異なマーケットだ。

そのため珍味事業を広域展開している企業は数少ない。その企業の1つがなとりだ。唯一の上場企業として、ナショナルブランドのおつまみを全国展開している。

1955(昭和30)年に発売された「東京焼いか」。甘く味付けされたのしイカだが、昭和30年代を懐かしむ世代の誰もが知っているほどの大ヒットを飛ばした商品だ

なとりの設立は戦後間もない1948(昭和23)年6月。初代社長の名取光男氏が東京・北区に水産加工製品のメーカーとして名取商会(なとりの前身)を立ち上げた。当時、庶民の生活はその日の食料にも事欠くありさま。その光景を目の当たりにした光男氏は、独学で栄養学を学び、栄養価の高い水産加工製品のおいしさをより多くの人に届けたいと思い至り、戦後復興のまっただ中に会社を設立した。

開業3カ月後の48年9月に北区東十条の工場を買収して「いかあられ」の製造・販売を始め、さらには50年3月に「鱈そぼろ」を発売した。

55年11月にイカ加工品「東京焼いか」(甘く味付けしたのしイカ)を市場に投入すると、これが映画館や駅の売店などで売れに売れた。人気映画「ALWAYS三丁目の夕日」を観て戦後の経済成長時代を懐かしむ世代ならば、この「東京焼いか」を知らない人はまずいない。それほど爆発的にヒットした商品であり、以後も「ソフトさきいか」などのイカ製品を中心に事業を拡大していった。

鱈に替えてみたらどうか?

しかし、初代の光男社長は、この事業拡大の中にあっても決して満足していなかった。この先もイカ一筋の和風珍味だけでいけるとは思っておらず、日本人の食生活が洋風化する中、新しい視点から商品をつくろうとチーズに着目するようになった。

そこで、さっそくキャンディータイプの「一口チーズ」を開発してみたが、結果的にはうまくいかなかった。その大きな理由が「常温」の問題だった。というのも当時のチーズには常温で流通できるものがなく、すべてが冷蔵された製品であり、しかも、冷蔵製品の輸送は乳業メーカーなどの専用輸送以外に普及していなかった。そのため、チーズのおつまみ商品を開発しても品質保持の点から市場に流通させるのが困難だった。

「チーズ鱈」は1982年発売。チーズと鱈の組合せという和洋折衷型のおつまみは当時では珍しかった

その経験を活かし、化学メーカーと共同開発した脱酸素剤を使用することで常温流通の課題を解決した。そして、同社が得意とする海産物のイカと組み合わせ試作品を開発してみた。いわゆる和洋折衷のハイブリッド型商品だ。が、試作はしてみたものの、イカの表面が赤っぽく変色して見た目がよくない。そのためイカとチーズを組み合わせての商品開発からは離れた。

先代から社長業を受け継いだ2代目の名取小一社長は、チーズを使った和洋折衷型の珍味づくりも引き継いだ。これまでの開発ではイカとチーズを組み合わせてみたが、イカではなく鱈に替えてみたらどうだろうか?同社のおつまみ商品にシート状の鱈がある。これを使ってみたらどうか。鱈とチーズを組み合わせるアイデアがふと頭にひらめいた。

さっそく試作してみると、想像以上においしいおつまみになった。味もさることながら、鱈は常温で保存しても変色の心配がなかった。ヒット商品「チーズ鱈」が誕生した瞬間だった。

「珍味の王様」をしのぐ勢い

バブル景気前の82年2月、満を持して発売すると、文字どおり爆発的な売れ行きを示し、当時のヒット商品番付だった三菱総合研究所の「成長消費財トップ20」でも堂々1位にランクされた。

主な流通ルートは全国展開する大手総合スーパーや食品スーパーなどのチェーンストア。さらに、小売市場で台頭し始めたコンビニでも売れ筋商品に躍り出た。

「チーズ鱈」は、ナチュラルチーズがまだ一般化していない時代にそれをおつまみ化させた画期的な商品と語るマーケティング本部係長の青木紗千恵さん

マーケティング本部係長の青木紗千恵さんはこのヒット要因について説明する。

「いまでこそブルーチーズなどのナチュラルチーズが一般化していますが、当時の日本はチーズ特有の風味に抵抗感をもつ人が少なくない時代だったようです。そうした中、『チーズ鱈』ではあまりクセのないチーズを開発し、それをシート状の鱈で挟んで商品化しました。チーズをおつまみ化させた画期的な商品で、チーズ特有の風味をマイルドにするなど、誰もがおいしく食べられるように工夫したことで消費者から支持される商品になったのだと思います」

「イカは珍味の王様」といわれた時代、「チーズ鱈」はイカではなく鱈を用いて「珍味の王様」をしのぐ勢いで売上げを伸ばした。まさに売上げが毎年倍増し、それに対応するため工場の生産ラインをひっきりなしに増設した。さらに、生産効率を上げるために生産現場では間断なく工程改善が進められた。

そして87年に登録商標を取得した。それでも競合他社が類似商品で追い上げようとしてきたが、品質で差別化を図ることでその追撃を許さなかった。例えば、差別化の1つに自社製のチーズがある。通常、プロセスチーズをつくる際に原料のナチュラルチーズを溶解するが、この加熱によってチーズの味に大きな変化が生じる。しかし、同社ではその変化を小さくするノウハウを有し、チーズのおいしさを保つ製法を確立していた。

また、味のバリエーション拡大にも早期から取り組み、からし味、わさび味などの商品のリリースを通して気づくことも多かった。その気づいたことの中でなによりも、原料としてのチーズの重要性を再認識できたことが大きかった。からしやわさびなど味の変化球をチーズに加えるのではなく、あくまでチーズそのもののおいしさを追求する。いわば直球での勝負が大切ということだ。「チーズ鱈」なのだから、やはり差別化のポイントはチーズであるべきだ。そう再認識すると、原料に用いられるナチュラルチーズの製造技術を開発し、さらに世界各国のチーズにも目を向けていった。

「チーズ鱈」はフレーバーの拡大にも早くから取り組み、からし味(左)、わさび味(中)、ピザ味などの商品も開発した

あくまでもチーズにこだわり、商品を開発

「いまの消費者は普段の食生活の中でもチーズを食べるようになっています。そこで当社は原料のチーズにもっとこだわりを持とうと考えました。家で食べるものにちょっとした贅沢を求める消費性向が顕在化したときから、これにチーズでどう応えるかに取り組み続け、いまでは日本だけでなくヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど世界各国からチーズを仕入れています」(青木さん)

現在、「チーズ鱈」は、「チーズ好きが食べるおいしいチーズ鱈」(2005年発売)、「ハッピーバリューチーズ鱈」(07年発売)など、約20種類の味をラインナップとして揃えている。

原料のチーズにこだわるプレミアム商品の「一度は食べていただきたい 熟成チーズ鱈」(左)と「チーズ好きが食べるおいしいチーズ鱈」

中でもイタリア産パルミジャーノ・レッジャーノを使った「チーズ好きが食べるおいしいチーズ鱈」、1年以上熟成させて味の深みを増したチーズを使用した「一度は食べていただきたい 熟成チーズ鱈」、カマンベールチーズを使ってクリーミーでコクのある味わいに仕上げた「カマンベールチーズ鱈」などは、プレミアム商品として人気があるという。

そして、「チーズ鱈」は幅広い消費者層をとらえているということも特筆しなければならない。マーケティング本部長の佐藤勉さんは語る。

「おつまみの購買層といえば40代以上の男性が多いのですが、『チーズ鱈』の購買者は女性が男性を上回っています。おつまみだけでなくおやつとしても食べていただけているようで、子どもさんのおやつとしてもけっこう好評なんですよ」

青木さんも「お酒ばかりでなく、ソフトドリンクやお茶などと一緒においしく召しあがっていただけるように商品設計しています」と人気の要因を裏付けている。

少子高齢化の時代を迎え、ほとんどの食品が横ばいを維持するのが精いっぱいという状況にあって、「チーズ鱈」は直近6年間で連続増収を続けている。さらに今年は発売30周年記念として、「一度は食べていただきたい 熟成チーズ鱈」と「チーズ好きが食べるおいしいチーズ鱈」を重点に4月1日から9月30日までキャンペーンを展開する。これにより7年間連続増収もほぼ確実のようで、おつまみの定番商品「チーズ鱈」は絶え間なく進撃を続けていくようだ。

企業データ

企業名
株式会社なとり
Webサイト
代表者
代表取締役社長 名取三郎
所在地
東京都北区王子5-5-1

掲載日:2012年4月25日