そして34年、2度目の捲土重来を果たし、のちに超ロングセラー商品となるソーセージを開発した。そのきっかけは、傳三が「生産する技術には十分な能力と自信はあったが、資本を要するボンレス、ロース、ソーセージ類だけではとても太刀打ちできない。とすれば、同業者でできないもの、創作的なものを工夫しなければいけない」(伊藤傳三著『続け根性』)と決意したことだった。ハム・ソーセージを製造するには膨大な資本が必要だが、当時の傳三にはそこまでの資本力がなかった。ならばアイデアで勝負しよう。その結果考えついたのが、ケーシングに天然腸ではなく天然素材のセロハンを使うことだった。
当時、飴や薬品の包装材にセロハンが用いられていた。セロハンは細菌を通さず衛生的で長期保存でき、容易に手で裂けるので開封性がよかった。また、包装に用いられない部分が端材として大量に廃棄されていた。これを再利用すれば原料にも困らないと傳三は考えた。
傳三は竹製のかね尺の物差しを紙やすりで削ってケーシング製造の型をつくった。この型に幅6-7cmのセロハンを巻き、両端を糊で接着してケーシングに仕上げた。糊もコンニャク粉を原料とした特殊な糊を用いた。最初はアラビア糊(天然のアラビアゴムを原料とする天然糊)で接着したが、アラビア糊は水に弱く、ソーセージの水分によってケーシングが膨張して接着部から破裂してしまうため、水にぬれても剥がれにくいコンニャク糊に替えた。
セロハンのケーシングに詰める原料は豚肉85-90%、兎肉10-15%の合挽き肉(現在は兎肉を使用せず、豚肉、マトン、牛肉の合挽き肉)。これに独特な味付けをしてから微妙な温度管理のもとで熟成させる。セロハンで包んだウインナーソーセージだから「セロハンウインナー」。傳三は夫婦2人で手づくりし、1人で売って歩いた。天然腸のケーシングのソーセージは1つひとつの大きさがまちまちだが、セロハンウインナーは1本の大きさを1匁(もんめ=37.5g)に統一したため、地元神戸のバーやカフェなどの飲食店から売上の計算が立てやすいと引合いが殺到した。
また、そのおいしさから酒のつまみとしてバーやカフェの客の間で人気を呼び、次から次へと売れていった。となると夫婦の手づくりでは間に合わなくなる。さっそく工場を建設することになったのだが、セロハンウインナーがヒットしているといはいえ、工場の建設資金を自前で用意できるほどの資本力はない。そこで傳三はまたもや独自のアイデアをねん出した。