ヨックモック創業者の藤縄則一氏は、幼い頃より東京の下町で兄の立ち上げた「藤縄商店」にて菓子などを販売していた。
このまま、菓子店を営んでいけると思っていたところに、太平洋戦争が勃発。戦中になると食料統制により、藤縄氏は防錆加工という軍需産業への転換を余儀なくされた。
日本がポツダム宣言を受諾し1945年8月15日に大戦が終結すると、藤縄氏はもう一度菓子屋を再開。商売が活気を呈してくると、当時需要の高かったチョコレートの製造をしようと決意。1946年ころから製造に着手した。当時はチョコレートの原料となるカカオ豆の輸入が禁止され、原料のカカオ豆が少なかったため「比較的手に入りやすかったグルコースと米国製のチョコレートを少量混ぜオリジナルのチョコレートを作っていた」(同)という。
戦後の食糧難の中で甘い物の需要は大きく、原料のカカオ豆を安定的に供給したり、均等に振り分けたりするための体制づくりが業界として急務となった。その業者組織化のためのリーダー的な役割を演じた経営者の1人に藤縄氏がいた。
その後高度経済成長期が到来し、チョコレート業界においても各メーカーは機械化を推し進め、チョコレートの需要は順調に伸び、藤縄氏もまた中堅チョコレートメーカーとして確かな地位を築くことができた。