業種別開業ガイド

ピアノ調律師

2022年10月26日

1. トレンド

(1)ピアノ調律師の数とマーケット

一般社団法人日本ピアノ調律師協会によると、ピアノ調律師として生計を立てている人は、会社に所属している調律師や、自営業者、フリーを合わせても約10,000人程度と推測される。

また、日本ピアノ調律師協会によると、国内のピアノの生産台数をみると、1980年の39万台をピークに減り続け直近10年間は35,000台程度と、ピーク時の10分の1以下の水準で推移している。しかし、ピアノの寿命はかなり長く、現在、国内で稼動中のピアノは600万台を超えるのではないかと同協会ではみている。さらに同協会では、調律師が1人で年間600台の調律に当たるとして、8,000~10,000人ぐらいの調律師が必要になるとみており、ほぼ現在の調律師の数に見合っているとしている。

こうした日本ピアノ調律師協会の見解から考えると、調律師の数は飽和状態に近いと推察される。

(2)今後の展望

ピアノの販売台数が大きく減少している要因としては、一般家庭へのピアノの普及がある程度飽和状態となっていることに加え、電子ピアノの普及が挙げられる。また、子どもの習い事ランキングでも長年上位にあったピアノだが、最近では水泳などのスポーツや、プログラミング学習などの人気も高まり、ピアノ人気にやや陰りがみえていることが業界にとって懸念材料となっている。

一方で、こうしたピアノ人口の縮小がそのまま調律ニーズの低下に直結するかというと、そうとも言えない。地域の学校や幼稚園、保育園など、多くの施設にピアノは置かれており、定期的なメンテナンスの需要は根強いと考えられる。また、経験を着実に積み、技術を磨きあげていくことができれば、コンサート調律師として活躍していくことも夢ではない。十分な技術力があることが前提とはなるが、この狭いマーケットの中で活躍の場を確保していくことは不可能ではない。

2. ビジネスの特徴

ピアノ調律師の仕事の大きな特徴は、知識と技術を要する「専門職」である点にある。一人前の調律師になるには2,000時間以上の実習・実務経験が必要とも言われ(日本ピアノ調律師協会)、経験なしに技術を成熟させることは難しい。そのため、特に駆け出しの頃は収入面で苦労する調律師が多いことも事実である。

ピアノが置いてあるコンサートホールやライブ会場、学校、一般家庭へ出向いてのサービスとなる、いわゆる「出張型」と「地域密着型」のスタイルも特徴といえる。今後開業を検討するに当たっては、自身の営業地域におけるピアノ調律のニーズや、他の調律事務所・ピアノメーカーなどの競合相手の存在を事前に把握し、実際に生計を立てていくことが可能かどうかを精査することが重要となる。

3. 開業タイプ

実務経験が重要な職業であるため、働き始めとしてはピアノ製造メーカーや販売会社、ピアノ修理工場、ピアノ調律専門会社に勤めることが多い。ある程度実務経験を積んだ後は、フリーランスとして個人経営で開業する調律師も一定数いる。

4. 開業ステップ

(1)開業のステップ

開業に向けてのステップは、主として以下のとおり。

先にも述べたように、基本的にはピアノが置いてあるコンサートホールやライブ会場、学校、一般家庭へ出向いてのサービスとなるため、特に事務所はなくても開業できる。

(2)必要な手続き

開業にあたって必要な資格などはなく、原則的に参入は自由である。

一般の開業手続きとして、個人であれば税務署への開業手続き等が必要となる。法人であれば必要に応じて、健康保険・厚生年金関連は社会保険事務所、雇用保険関連は公共職業安定所、労災保険関連は労働基準監督署、税金に関するものは所轄税務署や税務事務所にて手続きを行う。

5. 必要なスキル

・優れた聴覚・感性

実際の作業では音叉やチューナーなどを使って調律を行っていくため、絶対音感は必要ない。ただし、音の細かな響きを聞き分ける耳の良さやピアノの音色へのこだわりは必須となる。

・ピアノに関する知識

調律師になるには、ピアノ製造メーカーが直営する調律師養成学校や大学の専門コースなどで学び、ピアノメーカーの製造工場や修理工場、楽器店やピアノの調律事務所などに就職して実務経験を積む道が一般的である。

現在は日本ピアノ調律師協会により「ピアノ調律技能検定試験」が実施されている。具体的には、3級ではアップライトピアノの調律、2級ではアップライトピアノの調律とグランドピアノの一部の調律、1級ではグランドピアノ・アップライトピアノの調律ができることを、それぞれ学科試験と実技試験を通して検定する。

調律技能士の資格は調律師として活動するうえで必須ではないものの、調律について一定の知識と技術を持っていることのアピールとなるため、特に開業を考える場合には取得を検討することが望ましい。

・手先の器用さおよび体力

当然のことながらピアノの種類や構造に関する専門的な知識が必要となるが、知識だけではなく、手先の器用さや体力も求められる。例えばピアノには数百の弦があるが、弦1本あたりの張力は約90kgと言われる。この弦1本1本を調律の過程でチューニングピンを回しながら緩めたり、締めなおしたりしながら音を調節していくが、この作業一つとっても手先の器用さとともに、ある程度の握力・体力が求められることが分かる。

・その他(コミュニケーション能力)

上記以外では、顧客とのコミュニケーション能力が必要となる。一般家庭向けのサービスでは、顧客から見れば、自宅に見知らぬ人を招き入れることになる。当然話しやすい調律師のほうが話しにくい調律師より好まれるだろうし、接客マナーや礼儀作法も必要となる。

高いコミュニケーション力はコンサート調律師にも求められる。音の細かな調整については調律師自身の感性も重要になるが、特にコンサート調律では顧客の求めている音色に近づけることが求められる場面が大いに想定される。非常に繊細な音色の調整を行う技術力とともに、その音色の違いについて顧客とコミュニケーションをとっていく力が、調律師として活躍していくための重要な営業力となる。

6. 開業資金と損益モデル

(1)開業資金

事務所を持たずに個人で開業することを前提として、必要な資金例を記載する。

(2)損益モデル

a.売上計画

売上は、調律の作業費+出張費で形成されることが多い。営業区域の需要を考慮して、無理のない計画を立てることが重要である。これ以外に、修理やパーツの交換が必要な場合には追加料金が加算される。

ピアノ調律の1回当たりの代金は、ピアノの種類や状態、実際の作業内容にもよるが、一般家庭向けのサービスでは1万円~2万円が相場となる。フリーで経験豊富な調律師であれば月50件ほどの依頼をこなすケースもあるが、調律を行う頻度は、1台のピアノで年に一度がほとんどのため、顧客数が一定以上ないと、独立してピアノ調律師として生計を立てていくことは難しい。

本モデルでは、月間の調律件数を30回、調律代金1万3,000円を前提として、売上モデルを作成した。

b.損益イメージ(参考イメージ)

上記a.売上計画に記載の売上高に対する売上総利益及び営業利益の割合(標準財務比率(※))を元に、損益のイメージ例を示す。

※標準財務比率は「他に分類されない専門サービス業」に分類される企業の財務データの平均値を掲載。出典は、東京商工リサーチ「TSR中小企業経営指標」。
※経営者の給与は労務費として原価に含まれる。

(3)収益化の視点

ピアノ調律師は技術職であり、人の労働力に頼るところが大きく、一人当たりの調律件数を増やすような高回転型の収益モデルの構築には限界がある(ベテランのフリーの調律師で月間50件程度)。したがって、調律代金の引き上げを図ることが重要となるため、開業前に楽器メーカーなどに就職し経験を積み、自身の技術力や知見を高めたうえで独立開業することが望ましい。

ただし、市場自体は飽和状態にあり、調律代金の単価を上げるのは容易ではない。調律代金の相場は1~2万円、平均で1万3,000円程度、大掛かりなもので5万円前後の間とされる。こうした中で、調律代金の引き上げを図り安定した収益を上げるためには、自身のスキルを磨き付加価値を高める継続的な取組が欠かせない。

また、開業前にピアノ調律師として経験を積み、一定の顧客を抱えていれば、一からの開業に比べ、顧客拡大のための営業活動も容易となる。市場が飽和状態にあるとは言われているが、最もピアノを持っている一般家庭では、定期的に調律をしていないところがかなりあるとも言われている。こうした一般家庭への営業や啓蒙を図ることで、需要の掘り起しをするような取組も収益化を図るうえでは有効であろう。

※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります。
本シリーズのレポートは作成時時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)

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