中小企業とSDGs

第2回:SDGsで社内活性化と新市場開拓「大川印刷」

持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年9月の国連サミットで採択された17のゴールと169のターゲットからなる16年から30年までの国際目標だ。日本政府もSDGs達成を通じた中小企業などの企業価値向上や競争力強化に取り組んでいる。
国の機関や専門コンサルタントの活動およびSDGs達成に貢献している中小企業などの先進事例を紹介する。

大川哲郎社長
「SDGsはビジネスヒントの宝庫」と大川哲郎社長

印刷という本業を通じて全社員がSDGs(持続可能な開発目標)に取り組み、各方面から「SDGsのロールモデルと成り得る」と高く評価されている企業がある。創業は1881年(明治14年)と140年近い歴史を持つ、株式会社大川印刷(横浜市戸塚区)である。

パート社員を含む全社員36人が参加して社内ワークショップを開き、SDGsに関する問題意識を共有。本業で実現可能なSDGsの目標を抽出し、経営計画に実装した。またSDGsの目標と関連のあるテーマを社員から募集し、社員全員が「再生可能エネルギー100%印刷」「ゼロ・エミッション2020」「会社案内+α」など7つのプロジェクトチームに分かれてSDGsの目標達成に取り組んでいる。

環境に配慮した紙・インクを使用

SDGsの絵文字シールを張り付けた印刷機
SDGsの絵文字シールを張り付けた印刷機

「自分たちの仕事は世界の課題とつながっていると社員に実感してほしかった」。こう語るのは大川哲郎社長だ。SDGsに取り組むキッカケは、入社した1993年に遡る。もともと環境経営に関心があり、工場の環境対策に着手した。

その後、社会起業家との出会いから「印刷を通じて社会貢献する」視点に気付いた。2004年に「ソーシャルプリンティングカンパニー」というビジョンを掲げ、05年に同社6代目の社長に就任。違法伐採による紙でないことを証明する「FSC森林認証紙」や、石油系溶剤を全く含まないノンVOC(揮発性有機化合物)インクの使用を始めた。

FSC森林認証紙は、生態系に配慮した管理が行われている森林か否かをFSC(森林管理協議会、本部=ドイツ・ボン)が厳しい基準で審査するもので、植林や地球温暖化防止にもつながる。18年12月時点で大川印刷の使用率は62%になった。

印刷業界で働く人が胆管がんを発症する事例が社会問題となったが、同社はノンVOCインキの使用率を7割まで向上させた。国内印刷会社で唯一の「ゼロカーボンプリント」も展開。北海道や山梨県のFSC認証林の育成などのクレジットを調達することで、事業活動で発生する二酸化炭素(CO2)排出量をゼロにした。

さらに従来機と比べて消費電力を70%以上削減できるLED・UV(紫外線)印刷機の導入や、不良率を大幅に削減するCCDカメラによる全数検査など、生産性向上と環境対策に徹底して取り組む。

社内横断のボトムアップ組織を編成

印刷物を裁断する工程
印刷物を裁断する工程

SDGsを経営に取り入れたのは17年春。「国内外の社会課題が整理され、大企業が次々と導入している。必ず世の中の潮流となり、ビジネスチャンスにつながる」と判断した。これまでの取り組みをSDGs の各目標に関連付けるとともに、CSR(企業の社会的責任)活動の一環として7~8年前に創設した社内の横串組織を全廃し、SDGsを推進するプロジェクトチームを発足させた。

以前に横串組織を設けたのは、「社内異動がほとんどなく組織が硬直化しており、部門横断組織をつくって古い組織を壊したい」と考えたからだ。チーム編成では、やりたい人が事業計画を発案・発表し、他の社員はどのチームに入りたいか希望を出し、社員全員が必ずどこかのチームに入れるようにした。「CSR委員会」「品質保証チーム」「みんなの幸せ向上委員会」などが発足。年1回、活動内容や成果を発表する報告会を開いた。

しかし問題が浮上した。年輩の社員の中には「しょうがないから活動する」と前向きでない人もいた。そこでCSR活動をSDGsに切り替える際、「来るものは拒まず、去るものは追わず」を基本に、入りたくない人は入らなくても良い方針に変えた。結果的に「やらされ感」を抱いていた社員も積極的になり、全社員が参加する体制が整った。

「印刷がしたくてこの会社に入ったのに、SDGs活動に時間がとられる」と不満を漏らす社員もいた。これに対し「待ちの姿勢では印刷は受注できない。モノづくりをしたいならコトづくり、印刷をしたいならSDGsに取り組もう」と大川社長は説いた。加えて、プロジェクトチームは「課外活動」ではなく、勤務時間内に行う「本業」と明確に位置づけた。

実際、印刷業は製品による差別化が難しく、価格競争に陥りやすい。このため、例えば「会社案内+α」プロジェクトは、SDGsやCSRの要素を取り入れた会社案内の制作を提案するコンサルティングを行う。若い人ほど社会・環境課題に取り組む企業に好感を持ち、人材採用面で有利になるため、売り上げは着実に伸びているという。

新たな取り組みで新規取引急増

LED・UV印刷機
低消費電力のLED・UV印刷機

SDGsに取り組んだ一番の成果は「社員の意識が変化した」ことだ。例えば18年1月までパート社員だった草間綾さん。子育てが一段落したのを機に正社員となり、SDGsを通して働き方を楽しむ「SDGs Fun to Work」プロジェクトの事業計画を発表、8人が参加してチームは発足した。「子どもたちのために何かできないかと考えた」と草間さんは振り返る。

社員の子どもを対象に工場見学とSDGsを学ぶイベントを実施。この結果、例えば森林認証紙を包装に使ったアイスを子どもが買うようになり、親子の絆も深まったという。障害者支援や骨粗しょう症の啓発イベントへも積極的に参加する。菊地浩之常務は「草間さんの発案で工場内のすべての機械設備にSDGsのピクトグラム(絵文字)をシール化して張り付け、活動をアピールしている」と話す。

このほか全社的には、留め金を樹脂から紙に変えた世界初の卓上カレンダーや、在留外国人向けの「4カ国版お薬手帳」、SDGsを学べる「SDGs手帳」などを商品化。18年は持続可能な調達に関心の高い上場企業4社や外資系企業、官庁、大使館など約50件の新規顧客を獲得し、政府が主催する「ジャパンSDGsアワード」の第2回SDGsパートナーシップ賞(特別賞)を受賞した。

こうした取り組みを学ぼうと、大川社長のもとには講演、取材、見学依頼が殺到している。3月は1カ月間でシンポジウムのパネリストやセミナーの講師を13回も務めた。「課題は本業との両立」と言うのが冗談ではないほど多忙を極めている。

「SDGsはビジネスヒントの宝庫」と言い切る大川社長。4月下旬には本社工場屋上に設置した太陽光発電パネルが稼動し、バイオマス発電による電力供給と合わせて、再生可能エネルギーを100%使って印刷する試みも始まった。2019年度は新たに社員同士で相乗りする「ライドシェア」とマイカーを使わない「カーフリーデー」を実施する計画だ。

企業データ

企業名
株式会社大川印刷
Webサイト
創業
1881年(明治14年)11月9日
資本金
2000万円
従業員数
36人
代表者
代表取締役社長 大川哲郎氏
所在地
横浜市戸塚区上矢部町2053
Tel
045-812-1131
事業内容
印刷・デザイン

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