中小企業とSDGs

第22回:事業をマッピング、「SDGsネイティブ」にPR…できることから未来に繋ぐ「株式会社セイバン」

持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年9月の国連サミットで採択された17のゴールと169のターゲットからなる16年から30年までの国際目標だ。日本政府もSDGs達成を通じた中小企業などの企業価値向上や競争力強化に取り組んでいる。
国の機関や専門コンサルタントの活動およびSDGs達成に貢献している中小企業などの先進事例を紹介する。

2022年 3月30日

泉貴章代表取締役社長
泉貴章代表取締役社長

株式会社セイバンは、1919年創業の老舗ランドセルメーカーだ。成長期の子どもの姿勢をサポートする独自の設計や、軽くて型崩れしない丈夫な素材、そして長年受け継がれた職人技によるこだわりのものづくりで、同社の「天使のはねランドセル」は2003年の発売当初から現在に至るまで人気の商品だ。

ますはマンガ本でわかりやすく

創業者の泉亀吉氏(一番左)
創業者の泉亀吉氏(一番左)

同社ウェブサイトの「SDGsへの取り組み」というページには、素材や生産工程の見直しから環境負荷を軽減した工場設備に至るまで、様々な活動が紹介されている。実は、これらをSDGsとして扱い始めたのは2020年から。2018年、大阪・関西万博2025の開催が決定。SDGsが達成された社会を目指すことが標榜された。同社の泉貴章代表取締役社長は企業レベルでもSDGsに取り組む必要性を感じ、2020年1月に「SDGsに取り組んでいく」と方針を示した。役員をはじめ社員の認識は「SDGsとは何か? これまで言われてきたCSRと何が違うのか?」というところからのスタートだったという。

2020 年3月オープン「セイバン 日本橋」に展示された色とりどりのランドセル
2020 年3月オープン「セイバン 日本橋」に展示された色とりどりのランドセル

SDGs推進担当となった長瀬秀樹経営戦略室長は、まずは社員にとって入り口の敷居を低くすることが大切だと考え、2月には書籍『マンガでわかるSDGs』(SDGsビジネス総合研究所経営戦略会議監修、株式会社PHPエディターズ・グループ出版)を各部門長に配り、その後社員全体に対して勉強会を設けた。CSRは一方的な社会奉仕であり、他方、SDGs は社会への貢献が自社の利益に戻ってくるサイクルであることや、将来SDGsが達成された社会においても売れる企業であるためには、取り組みは避けて通れないことだという認識を培った。「取り組みを進めるにあたって一番良かったことは、みんなが理解しやすいツールとして最初にこの本を選んだこと」だと長瀬氏は語る。

企業理念「愛情品質」もSDGsになる

社内に掲げられた企業理念
社内に掲げられた企業理念

同時に、すでに行っている自社の事業を棚卸しし、SDGsのどのゴールに該当するかマッピングする作業を始めた。現在ウェブサイトで紹介されている取り組みは、それらを再編集して発信したもの。たとえば、2020年7月に竣工された工場。3拠点に分かれていた工場を本竜野の新工場に集約することで、物流にかかるエネルギーと時間が削減された。工場には環境にやさしい全熱交換器、高効率空調機が取り付けられている。これらはSDGs目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」に寄与しているといえるだろう。

ほかに、環境や人体に悪影響のある物質や部品を排除した商品作りや、購入後6年間の修理保証。これまでも追及していた子どもの安全や地球環境への配慮が、目標12「つくる責任 つかう責任」に該当した。同社が掲げている「愛情品質」という企業理念がSDGsに結び付いている。

ランドセル製造の様子
ランドセル製造の様子

長瀬氏をはじめとしたメンバーは、既存事業がSDGsにどう繋がるか整理することで「こんなことからでも始められるんだ」とSDGsを身近に感じられたという。その後同年5月にはウェブサイトにSDGsの取り組みを掲載し、7~8月にかけては社内報でSDGsを取り扱うことで、社外へのPRと社内での更なる浸透を図っていった。

カテゴリー分けで新たな挑戦と難しさ

取り組みを進めていくなかで「社員にもSDGsが浸透していると感じる場面が増えていった」と長瀬氏。電気はこまめに消す、会議で紙資料を使わないようにする。日常においても、若手社員が「これってSDGsですよね」と意識的に行動するようになった。

ランドセルカタログ2022
ランドセルカタログ2022

「SDGsへの貢献」は商品企画を練る際にもキーワードになっている。ランドセル業界では「男の子向け/女の子向け」といった性別によるカテゴリー分けが一般的だが、2021年版の同社の商品カタログは切り口を変えている。ハートマークが散りばめられたデザインの「ラブピ プティハート」、剣やドラゴンのモチーフがあしらわれた「ドラグーン」、本革を使った高級モデル「HOMARE」…といった具合に、カタログの見出しはモデル名で分けており、性別による表記は一切除かれている。かわいらしいデザインは「女の子向け」、かっこいいものは「男の子向け」といった従来の表現に頼らず、モデル名でデザインの特徴を伝えるよう工夫を凝らした。性別から入らずにカタログを眺められる。目標5「ジェンダー平等を実現しよう」への前向きなチャレンジだ。

ランドセルカタログ2022
ランドセルカタログ2022

一方、消費者のなかには従来の「男の子/女の子向け」といった表示を参考に商品を選びたいというニーズもある。特にウェブ上では、「ランドセル 女の子用」といったよく検索されるキーワードにも対応できるようにしておく必要があり、新しい取り組みとの狭間で苦労もある。日高洋販売促進グループ長は「モデル名での表記はカタログのみでの取り組み。自社サイトでは現在、『男の子/女の子に人気のランドセル』といった表示なので、これからも工夫が必要だと考えている」と語る。

SDGsで未来の顧客・人材と出会う

同社の取り組みへの反響は、「SDGsネイティブ」と呼ばれる若者世代が中心だ。SDGsを勉強中の学生から問い合わせが寄せられたり、新卒採用において学生がSDGsに言及したりする場面が増えたという。

SDGsをはじめ社会課題に関心の高い若者たちのなかには、ゆくゆくは同社に入社する者や、将来子どもを持ち顧客となる者もいることだろう。人事・マーケティングの側面からも、SDGsネイティブ世代と価値観を共有できる企業であることは、今後一層重要になってくる。日高氏は「SDGsへの取り組みは正直、必ずしも楽なことではなく、手間もかかるが、やらなければいけないことであり、やらないことは経営リスクだと思う」と話している。

「小学校教育のシンボル」の果たす役割を模索

同社初の海外ブランド、大人向け鞄「SICOBA」
同社初の海外ブランド、大人向け鞄「SICOBA」

同社は国内のランドセル販売以外に、海外で大人向け鞄を展開している。ヨーロッパ進出を検討した際には、中小機構の海外展開支援を活用して市場調査などを行った。日本と現地での文化の違いは、子どもたちの日常の一端にも表れていた。たとえば、学校から帰宅した小学生が、ランドセルにつけた時間割を見ながら翌日の教材を準備する…日本では珍しくない光景だ。しかし子どもが自分で翌日の支度を行うという習慣が、海外では驚かれるという。これは、子どもが荷物を出し入れしやすいランドセルがしつけの一部を自然に担っていると言えるだろう。ランドセルは本来、学校指定ではなく「各家庭で自由に選んで持ってきている鞄」という扱いだが、このように日本の生活に馴染み、小学校教育のシンボルとなっているのだ。

海外も視野に入れている同社が見据えるランドセルの可能性は様々だ。小学校教育のシンボルといえど、ランドセルの使用は学校側で強制しているものではないため、今後、教育の在り方や世間の価値観が変わっていけば廃れてしまうかもしれない。現代も、タブレット端末を使用した授業やICT教育の推進などで、教育の方法や内容が大きく変化している真っ只中だ。「そのなかでランドセルの果たす役目はどうなっていくのかを考えたとき、教育機関と一緒にできることも模索していきたい」「今後、日本型の教育モデルが途上国などで参考にされることがあれば、教育モデルとランドセルをセットにし、産学共同で売り出していくこともできるかもしれない」と日高氏は考えている。SDGsの観点で見ると、教育機関との連携は目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」になるし、途上国への教育モデル輸出は目標4「質の高い教育をみんなに」につながる可能性も秘めている。SDGsは、社会が向かう方向に合った経営方針を立てる道標にもなり得る。

変わらぬ「子どもの成長を喜び、見守る想い」

本竜野の新工場と従業員
本竜野の新工場と従業員

同社のSDGsの取り組みを振り返ってみると、現在の事業をSDGsのゴールにうまくマッピングしただけでなく、将来の顧客層となる若者世代にも取り組みをPRすることで未来にも投資していることがわかった。今後、社会の変化とともにランドセルも在り方が変わっていくとしても、大人がランドセルを贈る気持ちの根底にある「子どもの成長を喜び、見守る想い」はこれからも変わらないはず。その想いを伝え続けるランドセルメーカーとして同社のSDGs経営はこれからも前進していくだろう。

※この記事は取材当時(2020年12月)の内容です

企業データ

企業名
株式会社セイバン
Webサイト
設立
1919年
資本金
4500万円
従業員数
288人(2019年12月末現在)
代表者
泉貴章氏
所在地
兵庫県たつの市龍野町片山379-1
事業内容
ランドセル、関連グッズの製造・販売

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