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林業のサプライチェーン改革に取り組むアトツギの挑戦「株式会社あしだ」
2025年 11月 4日
林業は日本の豊かな自然を支える重要な産業である一方、経営や運営面ではさまざまな課題を抱えている。人手不足と高齢化、安価な輸入材の流入、流通やサプライチェーンの非効率さなど、多岐にわたる。国土の多くが森林であるにもかかわらず、木材の自給率は35%と低く、輸入材に頼る構造となっている。京都府南丹市で林業を営む株式会社あしだの後継者である芦田拓弘取締役は、木材流通システムを提唱し、サプライチェーン改革に取り組むなど、課題に真っ向から挑戦し、林業の常識を変革しようとしている。
アトツギになる決意

株式会社あしだは、京都府南丹市日吉町の豊かな山々に囲まれた地域に本社を構える。1963年に芦田木材として創業し、1993年に法人化した。現在、代表取締役社長を務める芦田竜一氏は、2代目として同社をけん引している。竜一氏は、京都府内の素材生産業者らが設立した「京都府木材生産業者等連絡協議会」の初代会長に就任するなど、京都の林業業界を代表する一人としても活動している。
芦田拓弘氏は、竜一氏の息子として子ども時代から父の働く姿を見てきた。ただ、目にするのは、木を伐採する場面ばかり。「うちの仕事は森林破壊をしているのでは」と漠然とした不安を抱いていたという。大学院で工学研究科に進み、就職したのは大手プラントエンジニアリング会社だった。入社して数年後に中東でのプラント建設プロジェクトに参加した時の経験が、その後の人生を決定づけた。広大な敷地で建設する作業は、ロボットやITが導入され、極力人手を使わないものだった。「人が関与するとヒューマンエラーが発生する」と言われ、作業員はAIが作成したマニュアルに指示された通りの作業を求められた。それを見て、「人は自分で創意工夫をすることで、働き甲斐を感じることができる。この現場にはそれがない」と思った。そして、思い出したのが、幼いころから慣れ親しんだ林業の現場だった。そこには、人が長年培ってきた経験やスキルが必要な場面が数多くあった。芦田氏は父である社長に、会社を継ぐ意思を伝え、京都の山林に戻ることを決意した。
10の新規事業を開発

2022年に芦田氏はあしだに入社し、新たなスタートを切った。最初は現場作業に従事した。社員たちは「跡継ぎと言っても本当にちゃんとやれるのか」と遠巻きで見るような態度だったが、真摯に働く姿を見て次第に心を開いてくれるようになった。折しも林業業界は、かつての課題山積状態から明るい変化の兆しがみられる状況へと変化していた。新型コロナウイルス感染症や地球温暖化の影響で、海外産の木材価格が高騰する「ウッドショック」が日本を襲っていた。国産材への関心が高まり、取引価格も上昇していた。さらに、地球温暖化対策として森林の重要さが再認識され、「森林環境税」「森林環境譲与税」が創設され、森林整備や人材育成のための資金が得られやすくなっていた。「林業にとって千載一遇のチャンスが到来している」。芦田氏は大きな可能性を感じていた。そしてこの好機を逃さないよう、新たな分野への挑戦を始めた。
同社の主な事業は、それまでは山林の所有者からの依頼で伐採する受け身の仕事だった。それを、「森林経営計画」を作成して、計画的に森林を管理するやり方へと変えていった。森林経営計画は、林野庁が設けた森林経営計画制度に基づくもので、「森林所有者」または「森林の経営の委託を受けた者」が、自ら森林の経営を行う一体的なまとまりのある森林を対象として、森林の施業及び保護について作成する5年を1期とする計画のこと。計画に基づいた効率的な森林の管理と適切な森林の保護を通じて、森林の持つ多様な機能を十分に発揮させることを目的としている。計画を提出すると、国から補助金や税制の優遇措置を受けられるメリットがある。これにより、同社は山林の所有者と協力して、長期的な視点で山林の管理が行えるようになる。受け身から、自発的な取り組みへと転換させることで、事業の持続可能性を高めた。

次いで林業の周辺で新規事業にも着手した。最初に取り組んだのが薪の販売事業だった。伐採作業で発生する木は、それまでチップにしてバイオマス発電用途に販売していたが、価格は極めて安価だった。そこで、薪として消費者向けに販売を始めた。自宅に薪ストーブを設置することが静かなブームになっていたタイミングもあり、少しずつ販路を拡大させている。その後、薪ストーブそのものの販売にも着手した。本社近くに薪ストーブのショールームを開業し、実際に薪ストーブを体験して品定めができるようにしている。
また、子どもたちが自然の中で植林体験や木工作業ができる教室を運営するなど、手掛けた新規事業は10にも広がった。芦田氏はこれら新規事業を行う会社として「Eco Forest Friendly」を設立し、代表に就任した。新会社には、芦田氏がエンジニアリング会社時代に親交のあったエンジニアや広告デザイナー、技術ディレクター、SNS担当など専門家集団が参画している。それぞれの拠点は東京など遠隔地にあり、リモートで業務を行っているという。
決済アプリ「EcoPay」

新会社が取り組む事業として力を入れているのが、京都の店舗を対象にした決済アプリ「EcoPay」事業だ。環境に配慮した新しいスマートフォン向けQRコード決済アプリで、消費者が日常の買い物を通じてカーボンオフセット事業に参加できることが最大の特徴。消費者の買い物による決済購入金額に応じた決済手数料のうち、同社が設定するJ-クレジット(カーボンクレジット)相当量が、購入店舗に自動で振り込まれる。また、購入消費者には購入分のエコポイントが付与される。アプリ内でJ-クレジットが売買でき、保有することもできる。アプリ内で保有するJ-クレジットをカーボンオフセット申請することで、直接、温室効果ガス(CO2)削減に貢献することもできる。
すでに世の中には多数のQRコード決済アプリは存在するが、消費者も導入店舗も無理なく環境貢献活動に参画できる点を前面に打ち出して、導入店舗を増やしていく考え。「EcoPay」は、京都府の優れた新商品やサービスを認定し、販売促進を支援する「チャレンジ・バイ認定企業」として認定されており、行政が普及を後押ししている。芦田氏は「事業化にあたり、3件の特許も取得した。これから本格化するJ-クレジットの売買にいち早く参画することで、ノウハウも得ていきたい。まずは京都の行政や地銀と連携して始めるが、全国展開も可能な仕組みだと思っている」と、拡大を目指している。
EFF 木材流通システムで林業に変革をもたらす

林業の流通構造は、山林所有者、山林の管理者、製材所、建材メーカー、販売業者と多段階に分かれており、情報の伝達が属人的であるため、在庫や価格の透明性が低くなりがちと言われている。山林から切り出された原木は、原木市場に集められ、そこで中間流通業者が、製材所や建材メーカーなど需要家の要望に応じて調達する。需要家とあしだのような原木の供給事業者の間には情報が共有されていないため、需要と供給のミスマッチが往々にして発生する。例えば木工家具を製造する企業は「このぐらいの大きさの桜の丸太が欲しい」と思っていても、市場にその材がなければ取引は成立しない。後になってせっかく品質の良い桜の丸太が供給されても、買い手はおらず、結局バイオマス発電用としてチップになってしまう。芦田氏はこうした市場の構造を見て、「林業の川上と川下を結ぶプラットフォームが必要だ」と思い、「EFF 木材流通システム」を立ち上げた。
同システムは、パソコンやスマートフォンを介して、需要家が求める木材と林業側が供給できる木材をマッチングさせるというもの。仕組みとしては単純に見えるが、これまでIT系企業が林業業界に採用を働きかけても実現できなかった。関係者が多岐にわたる複雑さが障害となっていた。芦田氏は「林業に携わり、市場を理解している人間だからこそできる」と言う。AIによる需要予測や情報に基づいた適正価格の提示を行うことで、売る側、買う側の双方が納得できる透明な取引とするとともに、売買によって生じる見積書の作成や、納品書の作成などの事務手続きも行える。一気通貫のシステムとしているところが特徴だ。
まずは、約25社の需要家、市場、林業事業者に情報を登録してもらい、注文を受けることから始めていく。木材流通を効率化することは、関係する事業者にとって脅威にはならないのか。実際、この構想を立ち上げて以来、流通関係者の中から懸念の声が上がったこともあった。芦田氏は「この仕組みは市場を中抜きするものではない。市場はキーパーソンの役割を果たす」と断言する。市場は取引される木材の品質を見極めて、ユーザーに送る目利きの役割が求められる。「市場は商社機能やショールーム機能を持ち、全国の需要家に情報発信をすることで、取引先を拡大していける」と、市場の役割にも期待している。「まずは京都から、さらに東京都や奈良県などの自治体からも関心を持ってもらっている。地域ごとにスタートさせて、最終ゴールは全国展開」と、一歩ずつ着実に進めていく計画だ。
アトツギ甲子園グランプリ獲得

芦田氏は2025年2月に開催された経済産業省が主催する「第5回アトツギ甲子園」決勝大会で、この木材流通プラットフォーム構想を発表し、最高位の経済産業大臣賞に輝いた。林業の再生は国家的な課題であり、その解決策を提示していることが評価された結果だ。実は芦田氏はその前年も「EcoPay」の事業化でアトツギ甲子園にエントリーしたが、その時は地方予選で涙を飲んだ。その後、京都信用保証協会などが主催する「京都アトツギゼミ」に参加し、専門家のアドバイスを受けて事業のブラッシュアップやプレゼンテーションのやり方に磨きをかけ、再チャレンジで栄誉を勝ち取った。「一年目は一人で勝手も分からずにやっていたが、二年目は地元の金融機関などさまざまな方が応援してくれた。林業についてしっかり調べていただいたうえで伴走支援してもらった。また、自分と同じアトツギの立場の人たちが、自分と同じような悩みを持っていることも分かり、励みになった」と振り返る。
全国のアトツギたちへ
芦田氏は「アトツギとスタートアップという言葉には、異なるニュアンスがあり、なんとなくスタートアップの方が格好いいというイメージがあるようだが、私はアトツギには大きなメリットがあると思っている。既存の事業があり、そこから新規事業に踏み出すこともできる。スタートアップとしてゼロからの立ち上げだったら、今のような挑戦はできなかった。もちろん課題もたくさんあるが、自分を育ててくれた会社だからこそ、そこで挑戦することは自分が生まれてきたことの意味のようにも思える」と言う。芦田氏はアトツギになると決めて地元に戻った時に、全国にアトツギ支援の組織がたくさんあり、さまざまなサポートが受けられたことも心強かったと感じている。
日本の林業は、地球温暖化の防止や、国産資源の有効活用面など、国を挙げて再生に取り組む機運が醸成されている。一時のような課題ばかりで将来性のない事業ではない。実際、林業に魅力を感じる若者も増えつつある。芦田氏が取り組む木材流通のプラットフォームのような、新しい挑戦で市場を活性化させれば、林業を儲かるビジネスへと変貌させる余地は十分にある。芦田氏の挑戦をこれからも見守りたい。
企業データ
- 企業名
- 株式会社あしだ
- Webサイト
- 設立
- 1963年
- 資本金
- 2000万円
- 従業員数
- 18名
- 代表者
- 芦田竜一 氏
- 所在地
- 京都府南丹市日吉町胡麻下道26
- 事業内容
- 林業、山林整備、山林不動産、薪・薪ストーブ販売