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SDGsと第4次産業革命のもとで「ものづくり」はどう変わるか【国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 上席フェロー・曽根純一氏】<連載第1回>(全4回)

2019年10月17日

AIやIoTが牽引する第4次産業革命とSDGs。中小企業の日々のビジネスとは一見遠く思われるような世界規模の動きが社会を大きく変えつつあり、その影響は求められる製品やサービスからものづくりの方法まで広い範囲に及ぶといいます。こうした状況で、ものづくりに携わる中小企業はどう動くべきでしょうか。

政府に科学分野の戦略提案などを行う国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究開発戦略センター(CRDS)で、上席フェローとしてナノテクノロジー・材料ユニットの責任者を務める曽根純一氏に、今後社会で起こる変化から中小企業への助言まで幅広いトピックについてうかがい、4回にわたって紹介していきます。

◆SDGsとは?
SDGs(Sustainable Development Goals / 持続可能な開発目標)は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」のなかに記載されている、2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するため、「貧困」「飢餓」「気候変動」「エネルギー」「教育」など17分野の目標=「ゴール」と、17の各分野での詳細な目標を定めた169のターゲットから構成されており、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、150を超える加盟国首脳の参加のもとで採択された。2017年7月の国連総会では、各ターゲットの進捗を測定するため232の指標も採択された。

◆第4次産業革命とは?
通常知られている産業革命(第1次産業革命)は、18世紀末から19世紀初頭に起きた「水力や蒸気機関を動力とする工場の機械化」を指す。その後、19世紀後半から20世紀初頭には、分業と電力を用いた大量生産などによる第2次産業革命が、20世紀後半からは電子工学や情報技術を用いたオートメーション化による第3次産業革命が社会と産業のあり方を大きく変えた。そして近年、IoTによるデータネットワークやビッグデータの活用、AIによるさらなる自動化・自律化をコアとする技術革新が進展。これは第4次産業革命と呼ばれている。

SDGsで「求められる製品と技術」が変わる

AIやIoTが、技術の力で社会やビジネスのあり方を変える──。こうした報道に触れる機会は、この数年でますます増えてきました。しかし、SDGsやパリ協定※といった国際合意がビジネスのニーズまで変えつつあることは、まだ意識していない人が多いかもしれません。

現在、EVが急速に普及しているのも、今世紀後半に温室効果ガスの排出量を吸収量と同量に抑えることを目指すパリ協定が採択され、英仏両政府などが将来の化石燃料車の禁止に動き、各国企業がEV開発に力を注いだことが一因。「エネルギー」「水」「健康と福祉」なども対象としたSDGsへの意識が高まるなか、今後はより広範な分野への影響が予測されます。

「SDGsの各ゴールを達成するには、ものづくり企業の力が欠かせません。『安全な水』には浄水設備や海水淡水化設備が必要ですし、『健康と福祉』では医療・介護ロボットや高精度センサーに期待が集まっています。『エネルギー』では再生可能エネルギー発電の推進やエネルギーの効率活用が課題。『つくる責任、つかう責任』では、資源の有効活用やリサイクルなど、開発・生産・販売全工程での対応が求められるようになるでしょう」

そこでは、各種機器の開発ばかりでなく、その性能を大幅に向上させる材料・デバイスの開発も重要です。例えば浄水機器や海水淡水化機器の性能は、有望な触媒やろ過用膜の素材に左右されます。ナノテクノロジーやバイオテクノロジーを活かした新素材やデバイスの開発が、環境、医療、情報通信など幅広い分野での技術向上エンジンとして期待される今、ものづくり企業の関わり方もさらに広がっているといえるでしょう。

※2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組みを定めた協定。2015年12月にパリで開催された「第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」で採択された。

第4次産業革命で「社会のあり方」が変わる

SDGsやパリ協定が社会やビジネスの「ニーズ」を変える一方、AIやIoTといった先進技術が主導する「第4次産業革命」とも言われる動きは、社会や産業のあり方を大きく変えています。

「移動の分野では自動走行(自律走行)やドローンの活用が広がり、健康医療の分野でも個人のデータに基づくカスタマイズ治療や医療・介護ロボットの導入が進んでいきます。住宅もネット経由の制御も可能なスマートホームになり、工場もIoTやAIを活かした生産管理や産業用ロボットが導入されたスマートファクトリーが中心になるでしょう」

AIによる画像認識や音声認識の精度が大きく上がった結果、IT化が遅れていた農業、介護、インフラ整備などの分野でもITの導入が進行。農業であれば自動トラクターが無人で畑を耕し、ロボットが作物の生育状況を見て収穫を行う、またインフラ整備ならドローンが橋の腐食状況を点検し、ロボットが修理するといった光景が広がっていくといいます。

「そこで必要となるセンサー、IoT端末、コンピュータ機器などに欠かせないのが半導体です。この半導体の微細化による性能向上が限界に近づきつつある今、材料・デバイスだけでなく、設計思想、実装技術など多方面からアプローチをしていくことがこれまで以上に重要になります」

Society 5.0やSDGsの実現に向け、ナノテク・材料分野では、例えば上記のような技術革新が期待されている

リアルとバーチャルが融合した世界に

これまで挙げたような社会の変化を考えるとき、忘れてはならないのが「バーチャル世界とリアル世界の融合」という視点です。

「これまでITは、コンピュータ上、あるいはネット上などバーチャル空間での活用が中心でした。しかし今、我々が住む現実空間にもITが入ってきています。例えば工場や小売店などの現場で収集した膨大なデータをリアルタイムで処理して活動を最適化するといったことも可能になる。ものづくりやマーケティングのあり方も変わって“情報”をベースにした多様な新しい形のビジネスが登場し、“データ”の価値もさらに高まるはずです」

ITの第2段階である「ITをリアル世界にどう生かすか」での勝利に向けて各国が対策に力を入れるなか、政府も今後の日本社会のあるべき姿としての「Society 5.0」※を提示。「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」の実現に向けて取り組みを進めています。

本稿で紹介したこれらの変化を理解し、その変化に即した対応をしていける企業が、今後、チャンスをつかめると言えるでしょう。

※狩猟社会=Society 1.0、農耕社会=Society 2.0、工業社会=Society 3.0、情報社会=Society 4.0に続く、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」と定義される。

連載「SDGsと第4次産業革命が変える社会で自社技術を活かす」

曽根純一(そね・じゅんいち)
国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 上席フェロー

1975年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程を修了し、日本電気株式会社中央研究所に配属。83年、東京大学より理学博士取得。日本電気の基礎研究所所長、基礎・環境研究所所長、中央研究所支配人を歴任した後、2010年より国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)理事。15年より現職。JST-CREST「ナノシステム創製」研究総括、ナノ学会会長も務める。応用物理学会フェロー、物質・材料研究機構(NIMS)名誉理事を授与される。専門領域はナノテクノロジー、量子情報テクノロジー、環境エネルギーテクノロジー、先端材料。

◇主な編著書
・『表面・界面の物理(シリーズ物性物理の新展開)』(丸善/編著)1996年
・『ナノ構造作製技術の基礎(シリーズ物性物理の新展開)』(丸善/編著)1996年

取材日:2019年9月2日