経営ハンドブック

中小企業の人材確保・育成10カ条

2023年 5月 19日

中小企業の人材確保・育成10カ条のイメージ01

人材確保・育成における困難さを少しでも変えていくためのヒント集

「中小企業の人材確保・育成10カ条」は、中小企業にとって「人材こそ最大の経営資源(財産)」という原点に立ち帰って、経営者が取り組むうえで重要と思われる内容を10カ条にまとめたものだ。中小企業では、大企業と比べて人材確保・育成を実施するうえで不利な点もあるが、中小企業ならではという良さを発揮して、人材確保・育成に良い結果を出している事例もある。ここでは中小企業の人材確保・育成の現状をみて、「中小企業の人材確保・育成10カ条」各条のポイントと事例の一部を取り上げていきたい。

中小企業の人材確保・育成10カ条のポイント

  1. 人材確保・育成10カ条とは
  2. 中小企業の人材確保・育成の状況
  3. 働くことが楽しくなるような事業分野で勝負(人材確保・育成10カ条第1条)
  4. 明確な方針を分かりやすく伝えよ(人材確保・育成10カ条第2条)
  5. トップが先頭に立って必死で育てる(人材確保・育成10カ条第3条)
  6. 採用ミスは致命傷(人材確保・育成10カ条第4条)
  7. 人が育てば企業も育つ(人材確保・育成10カ条第5条)
  8. 部下の育成は仕事の一部(人材確保・育成10カ条第6条)
  9. 制度や仕組みだけでは動かない(人材確保・育成10カ条第7条)
  10. 中小企業らしさに誇りを持つ(人材確保・育成10カ条第8条)
  11. 真似ずに学べ(人材確保・育成10カ条第9条)
  12. 経営者は教育者(人材確保・育成10カ条第10条)

1.人材確保・育成10カ条とは

リーマンショックから2年経った平成22年、東京商工会議所の産業人材育成委員会によって作成されたのが、「中小企業の人材確保・育成10カ条~企業成長の源泉は人材にあり~」だ。

中小企業にとって「人材こそ最大の経営資源(財産)」という原点に立ち帰って、人材の確保・育成を評価・処遇や企業風土、組織構造といった観点から、経営者が取り組むうえで重要と思われることを10カ条にまとめたものだ。

自社の人材確保・育成方法と比較して、更により良い方法となるよう参考としていただければ幸いだ。

中小企業における人材確保・育成10カ条

2.中小企業における人材確保・育成の状況

(1)中小企業を取り巻く環境

人材と資金は経営資源の双璧をなすものだが、資金調達の問題は規模が拡大するにつれて、ほぼそれに比例して改善されていくのに対し、人材の確保については、単純な比例にはならない。家族や創業時のメンバーだけの時は、ほとんど問題にならないものの、20人規模を超える頃から問題になり、企業規模が中小企業の定義を超える頃までそれが続く傾向がある。

▼経営資源の調達と企業規模

経営資源の調達と企業規模
資料:東京商工会議所「中小企業の人材確保・育成10カ条」05Pより抜粋

(2)人材と企業の競争力

企業の競争力には2つの階層がある。1つは目に見える階層で、製品・サービスの性能が優れている、価格が安い、アフターサービスが良い、などといったことである。もう一つが目には見えにくい階層で、優れた製品・サービスを作り出せる能力であり、開発できる能力などである。つまりは人材の力であり、この2層は表裏一体なのである。

一般に企業の経営資源をヒト、モノ、カネなどと言うが、ヒトはモノやカネとは違って、1.市場での流通には向かない、2.教育・訓練が必要であり、3.代替性が弱い(替えがきかない)、などといった特徴がある。そのため日本では、長期雇用を前提にして人材を育成してきたという経緯がある。

1.中小企業の雇用状況

下図は、景況調査をして業種別に従業員の過不足をみたものだ。2013年第4四半期に全ての業種で従業員数か不足DIがマイナスになり、その後は人手不足感が高まる傾向だったが、2020年になると一転して不足感が弱まり、第2四半期には製造業と卸売業でDIがプラスになった。現在はまたマイナスになっているが、製造業を除きわずかに人手不足感が弱まっている。

▼業種別にみた従業員数過不足DIの推移

業種別にみた従業員数過不足DIの推移
資料:中小企業庁・2022年版「中小企業白書」I-40Pより抜粋
2.中小企業における人材確保・育成に関する問題点

この問題点については、大手企業との比較において日本経済団体連合会がまとめた「中小企業の人材確保と育成について」(平成18年)のなかで次のように指摘されている。

  1. 企業の知名度・ブランド力が弱い
    世界に通じるような技術を持っている中小企業においても、一般にはほとんど知られていないことが多い。企業に対する情報が少ないために、「どのような仕事を行っているのか分からない」という印象を持たれがちである。
  2. 就労条件に対するイメージが悪い
    中小企業の労働条件には、3K(汚い、きつい、危険)のイメージがつきまとい、新規学卒者はメディアなどで知られた大企業を志向しがちだ。
  3. 必要な人材が何であるか絞りきれない
    中小企業自身も自社にとっていかなる人材が必要であるか把握していないケースが少なくない。ただ「人が足りない」「明るく元気な人に来て欲しい」だけでは、仕事に合わず結局すぐに辞めることになり、人材を確保できず、再びとりあえず応募してきた人を採用するといった悪循環になる。
  4. 人材育成を行う時間や資金の余裕がない
    能力開発のプログラムも大企業は自社で開発できるが、中小企業にはプログラムがない、もしくはプログラム開発のためのノウハウがないことが多い。それを補完する政府や地方自治体が実施しているプログラムについても周知徹底されていないことが多い。

3.働くことが楽しくなるような事業分野で勝負(人材確保・育成10カ条第1条)

(1)第1条のポイント

  1. 大企業が競争力を発揮しにくい分野で事業展開をする。規模の勝負を避ける。
  2. 中小企業ならではの事業分野を見つけることが従業員の働きがいにつながる。
  3. 消費者や最終ユーザーから必要とされていると実感できるような職場を作る。

(2)事例紹介の一部

【家電小売を手がけるY社の場合】

大型家電小売店が地元に進出してくる前から、ちょっとした家電販売以外のサービスは行っていた東京郊外店のY。しかし、大型家電小売店進出後はそれをより鮮明にして、販売価格を2割ほど高めに設定した。そのことで、多少値段は高くても、普段から何かと相談できたり頼めたりするサービスを求める需要層、主として高齢層を取り込むことができ、大型家電小売店と差別化ができたという。

4.明確な方針を分かりやすく伝えよ(人材確保・育成10カ条第2条)

(1)第2条のポイント

  1. 人材の採用や育成方針に関して明確な方針を持ち、一度決めたら頻繁に変えない。
  2. 理念や方針そのものに独自性を出すことは難しい。大切なことは、それらの見せ方やわかりやすさ、そして具体性である。
  3. 毎日の仕事の中で企業全体に浸透させていく。

(2)事例紹介の一部

【コミック本などの包装機械・包装資材製造販売を手がけるD社の場合】

「書店様の"いちばん"であり続ける」をモットーにしている。それを実行する具体的な指針として、電話は2コール以内に取る、会議中でもお客様を優先する、訪問客に対しては従業員全員が起立して出迎え、見送ることなどを徹底させている。こうしたことを通して、書店様をいちばんに考えるということはどういうことなのかを従業員全員が理解できるようになった。

5.トップが先頭に立って必死で育てる(人材確保・育成10カ条第3条)

(1)第3条のポイント

  1. トップと一般従業員との距離が短いことが中小企業の特徴である。この特徴を長所として活かす。
  2. トップの考えや行動を前面に押し出す。遠慮は無用である。
  3. 方針や方向が対立した時は、二兎を追わずに一兎を追う。責任はトップが負えばよい。

(2)事例紹介の一部

【適性テスト開発・システム開発・情報処理を手がけるD社の場合】

創業者の一人である副社長が100人近い営業担当者の週報全てに目を通し、一人ひとりの実態を把握し、適切な指導と評価ができるようにしている。目標管理制度(担当者別、週別、取引先別に目標が設定されている)を厳格に運用し、年功ではなく実力本位の幹部登用を行っているが、そのような厳しさは、日常的にトップ自らが従業員の実態を見ていることによって社内全体に無理なく受け入れられるようになったという。

6.採用ミスは致命傷(人材確保・育成10カ条第4条)

(1)第4条のポイント

  1. 社長の考え方や企業の文化に合わない人を無理に採用しない。無理に採用したことによる損失は募集や採用コストよりもはるかに大きい。
  2. 良いことだけを見せない。マイナス面を理解して入社した従業員が戦力になる。
  3. 独自の評価基準を持つ。多様な事業分野の中小企業は求める人材も多様である。

(2)事例紹介の一部

【化粧品・有機金属化合物の輸出入・販売を手がけるM社の場合】

中途採用において、1回の募集で応募数は80〜90人程度あり、そこから面接に進むのは20〜30人であるが、それでも適切な人材がいない時は採用を見送っている。

7.人が育てば企業も育つ(人材確保・育成10カ条第5条)

(1)第5条のポイント

  1. 企業の成長は従業員の成長についてくる。まず、従業員に学びの機会を与える。
  2. 無理かもしれないことを思い切って任せる。小さな成功体験が大きな飛躍につながる。
  3. 学びの機会を仕事に組み込む。新規事業への挑戦や従業員主催の勉強会は、人が育つ機会となる。

(2)事例紹介の一部

【計測器・医療機器・通信機器等の修理・メンテナンスを手がけるK社の場合】

研修のベースとなるエンジニア基礎教育や電機系の基礎知識に関して社内勉強会を、外部講師を使うのではなく、社内の人材を講師として実施している。月に6日程度のペースで就業時間後に行う。講師は社内の人材が担当するので、講師も成長し、生徒となる従業員にとっても身近な目標ができるという2つの効果を生み出している。さらにテーマごとにパッケージ化された教育コンテンツが100以上も用意されており、従業員は会社のパソコンを使ってeラーニング等で自習することができる。

8.部下の育成は仕事の一部(人材確保・育成10カ条第6条)

(1)第6条のポイント

  1. 人材育成を社長や役員だけの仕事にしないで、全社的に取り組む。
  2. 中間管理職以上には人材育成に責任を持たせる。
  3. 従業員は通常業務だけで十分に忙しい。策を講じなければ、部下を育成するための時間と労力を見つけようとはしない。

(2)事例紹介の一部

【パン・洋菓子製造・販売を手がけるA社の場合】

新卒社員はまず最初に店舗に配置されるが、すべての店舗が新人を受け入れるわけではない。新人を適切に教育し育成できる店舗だけに配置する。新人を教育できない店舗には新人が配置されないので、その店長は得をしたように見えるが、新人を教育できない店長の評価はそれだけで低くなる。反対に、評価の低い店長には新人教育を任せてもらえないのである。

9.制度や仕組みだけでは動かない(人材確保・育成10カ条第7条)

(1)第7条のポイント

  1. 従業員数が20人規模になった段階で、昇給や昇任のための仕組みや制度を整備する。
  2. しかしながら、中小企業は仕組みや制度だけでは動かない。大企業以上に従業員の納得感が求められる。
  3. 日常的なコミュニケーションや企業文化を踏まえて仕組みや制度を運用することが重要である。

(2)事例紹介の一部

【信号機などの電気工事を手がけるS社の場合】

S社には等級が1級から20級まであるが、12級以降は、その都度昇級試験と面接を実施している。現在部長を務めている人も面接試験の緊張感は忘れられないと言う。それは、日常的に自分の行動や考え方をよく理解している社長には小手先のごまかしは効かないので真剣勝負になるからである。形式的なやりとりは一切無いという。

10.中小企業らしさに誇りを持つ(人材確保・育成10カ条第8条)

(1)第8条のポイント

  1. 社長の個性や考え方を前面に出す。相性が合わないことを恐れず、合った時の強さを活かす。
  2. 家族的な雰囲気は中小企業らしさの要である。中小企業らしさを求めて入社した従業員の期待を裏切らない。
  3. 社長をはじめ従業員が全員で1つのことができることが素晴らしい。やりたくでもできない企業が多いのが現実である。

(2)事例紹介の一部

【産業用ヒーター等、電熱機器の製造販売を手がけるS社の場合】

社長は「社員第一」を旨とし、一人ひとりの成長や各自が何か「一番」を持つことを、互いに喜び合える風土作りを目指している。また、家族的な雰囲気を保つと言うことで、R&Dセンターでは毎年花見を行っている他、従業員に子どもが生まれると社長から祝電が必ず届くようになっており、社会貢献活動(NPO行事等)にも自主参加しやすい風土作りを行っている。

11.真似ずに学べ(人材確保・育成10カ条第9条)

(1)第9条のポイント

  1. 中小企業は数が多く、しかも多様な事業分野で活躍している。有効な人材育成の方法は大企業以上に多様であり、一社ごとに異なると言っても過言ではない。
  2. ある企業の成功事例をそのまま真似しない。企業風土や文化の違う企業が真似をしようとすると失敗する。
  3. 他者の事例を知ることの最大の効果は、ヒントや気付きを得ることである。実際に何をするのかは社長が決める。

(2)事例紹介の一部

【再生合成樹脂販売・輸出を手がけているP社の場合】

新人は新規開拓を行う。既存取引先との関係を重視し、慣れない新人によるミスを防ぐためとのこと。家電製品を扱いながら、御用聞き的な仕事を行う営業マンと、貿易実務や専門知識を必要とする営業マンの違いから分けられたものであり、どちらが正しいという性格のものではないとされる。

12.経営者は教育者(人材確保・育成10カ条第10条)

(1)第10条のポイント

  1. 人材に不満があるとすれば、それは人材に恵まれていないのではなく、人材を育てられないからである。
  2. 人材を育てるには時間も労力もかかる。しかも、すぐに効果は出ない。
  3. 教えることが好きであるか、そして従業員の成長を自分のことのように喜ぶことができるか。できないからと言って簡単に切り捨てたりしないという教育者らしさが求められる。

(2)事例紹介の一部

【家電小売りを手がけているY社の場合】

様々な研修に社員を派遣しているが、研修から戻った社員の言うことは大体「社長がいつも言っていることと同じでした」となる。社長が従業員のウソを見抜くのには1年間かかるとすれば、従業員は社長のウソを見抜くのに3日もかからない。社長は言行一致が大切であり、それを貫くことが人材育成の基本であるという。

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