ビジネスQ&A

認知バイアスを減らすためにはどのようにしたらよいでしょうか。

2024年 8月 9日

従業員10名足らずの小さな会社ですが、人間関係の問題はなかなか難しく、とくに「認知バイアス」による問題が大きいように思われます。この「認知バイアス」を減らすためにはどのようにしたらよいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。

回答

企業経営において重要なことは多岐にわたりますが、何をするにも社内外にあふれる「情報」を収集して選択し、正しい意思決定をする必要があります。そのプロセスにおいて、人間が関与しないことはまずありません。人間が関与する以上、「認知バイアス」を「ゼロ」にすることは不可能ですが、「克服」することは可能です。また、認知バイアスの存在は決して悪いことばかりではありません。まずは「認知バイアス」の存在を知り、正しく理解し、個人としてできること、組織としてできることを整理しましょう。そして、認知バイアスを意識したルールや仕組みを構築することで、デメリット(弱み)の要素を克服し、メリット(強み)に変えていくことが可能となります。

1.認知バイアス(Cognitive Bias)とは

「認知バイアス」とは、認知(=知覚・記憶・判断などの知的活動)におけるバイアス(=経験などによる思い込みや先入観など)によって、事実を誤認し、その結果として適切な判断や思考ができなくなる心理現象と言われています。認知心理学などにおける概念であり、さまざまな分野で研究され、その適用範囲は広く、医療やビジネスなど人間がかかわるほとんどの分野で活用されています。

認知バイアスにはさまざまな種類があります。企業組織における個人や組織マネジメントにおいて、とくに気をつけておきたい主な認知バイアスの内容やその影響などについて、以下に6つをまとめておきます。

(1)自己中心性バイアス [Egocentric bias]

自分の考えなどが基準となり過大評価し、他者の視点や意見を過小評価してしまうバイアスです。例えば、自分が経験してきたことが正しいと思ったり、悩みや苦労などについて他者も同じように経験しているだろうと思いこんだりしてしまう現象です。相手のことを考えずに自己の価値観の押し付けになってしまい、ハラスメントの問題に発展してしまう可能性があります。

(2)感情バイアス [Emotional bias]

判断や評価、意思決定などが、「感情」によって左右されてしまうバイアスです。例えば、感情的に好ましい行為や好意的な人を高く評価してしまい、そうでない場合には低く評価してしまう現象です。好意的な人材が仮にミスをしても寛容であるけれども、好意的でない人材が同じようなミスすると厳しく評価してしまう場合には、公正公平な評価がなされずに、結果として人材のモチベーション低下や職場環境の悪化にもつながります。

(3)対応バイアス(根本的な帰属の誤り) [Fundamental attribution error]

個人の行動結果を解釈する際に外部環境や状況を過小評価してしまい、個人の性格や行動のみを過大評価してしまうバイアスです。例えば、何かの不正や不適切行為、問題行動が起きた背景には、実は職場環境や組織風土といった要素が大きく影響しているにもかかわらず、個人の要素に要因があるものとして判断してしまう現象です。このようなバイアスがあると、問題の本質が分からず、根本的な問題を解決できない可能性があります。長年同じような問題を抱えている組織はこのようなバイアスを疑ってみる必要があります。

(4)同調バイアス [Conformity bias]

他者の意見や行動を参考にして、自分の意見や行動を決定してしまうバイアスです。例えば、チームや組織において意思決定する際に、同調圧力の存在やチームの和を重視するあまり、本当は周りと異なる自分の意見を言い出せないような現象です。良い意味での表現をすれば、協調性があるともいえますが、悪い意味では自己主張できないともいえます。多様な意見を取り入れて複数の選択肢から組織の重要な判断をする際に、誤った意思決定をしてしまう可能性があります。

(5)保守性バイアス [Conservative bias]

従来の考え方や方法に対して、新しいものを取り入れて変えていこうとすることに抵抗感を示すバイアスです。新しい技術やサービスの導入にあたって、既存の考え方、業務プロセスなどを変えられないため外部環境の変化に対処できず、企業の成長機会を失ってしまうことにつながります。これらの現象については、特に過去から蓄積してきた経験が多いほど、またその期間が長ければ長いほど阻害してしまう傾向が強くなります。

(6)ハロー効果 [Halo effect]

人物や商品・サービス、企業など、何かを評価するときに優れている点や特徴的な項目だけを見て判断し、それ以外についても優れている等と評価してしまうバイアスです。例えば、ある企業の高い業績を見て、それらの情報をもとに経営者のリーダーシップや何らかの施策と結びつけ、優れたリーダーシップや施策であったと評価してしまう現象です。もちろん、その企業の業績にはリーダーシップや各施策の効果があった可能性はありますが、実際にはそれだけの因果関係であることは少なく、業績の一部分だけを切り取って後から解釈や理由を結びつけただけに過ぎない可能性があります。

2.認知バイアス克服のためのステップ

(1)経営課題の背後に「認知バイアス」の存在を認識する

上述のように、認知バイアスについて代表的なものを紹介してきました。自分自身のご経験や職場などの周囲において思い当たることがあるのではないでしょうか。紹介した6つの認知バイアスは一部のみを取り上げていますが、その他にも状況・場面に応じて気をつけるべき認知バイアスが多数あります。

例えば、皆さんの職場において「若手社員が育たない」、「ベテラン社員が新たな挑戦をしてくれない」、「上司が理解してくれない」、「取引先との交渉がうまくいかない」、「なぜか相手に伝わらない」などという声はありませんか。それらの背後には間違いなく認知バイアスが存在します。したがって、まずは、「認知バイアス」の存在に気づき、認識することが大切な一歩となります。

(2)個人として自己の認知バイアスに対する理解を深める

認知バイアスの存在を認識したあとは、個人として自己が陥っていた可能性のある認知バイアスがどのようなものであったかを振り返ってみましょう。「1.認知バイアスとは」で挙げた6つの代表的認知バイアスのほか、末尾に挙げた参考文献等によって事例を当てはめてみることも有効です。

このプロセスにおいては、単なる反省ではなく、内省をしてみることが重要です。内省とは自分の考えや行動などを深く広い視点から省みることですが、「なぜか相手に伝わらない」という状況において、別な角度として相手の視点で振り返ってみるのです。そうすることで、自分だけが理解している“前提”や“主旨”などを相手に共有していなかったことに気づくかもしれません。コミュニケーションする相手である「若手」・「上司」・「取引先」などの立場で考え理解を深めていくことが重要です。

(3)理解を深めた認知バイアスや個人の経験などを組織として共有する

認知バイアスの存在を知り、自分自身の経験や周囲で起きたことなどについて理解を深めることができたら、その現象について他者や周囲の関係者と組織的に共有し「対話する場」を設けることも有効です。現象に対する自己の意見に対して他者の意見も積極的に聞き入れ、見直すべき点があれば改善していく態度が必要です。その際には、「自分自身も認知バイアスに陥っていたかもしれない」と建設的に疑いながら対話することを心掛ける必要があります。

また、これらの対話によって同じような事例が複数挙げられた場合には、その認知バイアスが組織的な特性(強み・弱み)である可能性があります。このような場合には、その認知バイアスを克服(もしくは積極的に有効活用)するために、業務プロセスのルール見直しや人材育成制度、人事評価制度などを仕組みとして取り入れる必要があるかもしれません。

(4)認知バイアスを意識した仕組み・制度の再構築

「職場でのコミュニケーション」以外にも「販路開拓がうまくいかない」、「研究開発が思うように進まない」、「人材が定着しない」など、さまざまな経営課題があります。その背後には、それぞれの場面や状況において、認知バイアスが影響している可能性があります。過去の成功体験などが認知バイアスとなり、経営者や研究開発者等が現実の情報を適切に認識することができず、誤った意思決定をし続けている可能性があります。既存の研修を含めた人材育成制度や人事評価制度が、認知バイアスを意識した仕組みになっていない場合には、以下のような取り組みが必要となります。

ア 認知バイアスを意識した人材育成制度(研修など)の充実を図る

一般社員向け・管理職向けに認知バイアスについて理解を深めるための教育・研修を充実させるとともに、必要に応じて社外リソースを活用することも大切です。認知バイアスは自分や自社だけでは気づかずに行われていることが多いため、社外の研修サービスなどを通じて再認識する機会を持たせることで認知バイアスの克服につながります。特に経営者自身が認知バイアスに陥っている場合には、他社の経営者と共に外部セミナー、ワークショップに参加するプログラムを導入してもよいかもしれません。

イ 公平公正な人事評価制度の再構築を図る

上記で挙げた「自己中心性バイアス」や「感情バイアス」などの現象が生まれる背景には、明確な評価基準が明示されておらず曖昧な場合が考えられます。評価者による偏った判断・評価にならないような評価制度の再構築が認知バイアスの克服につながります。

3.認知バイアスの具体的な対処法として

前段では認知バイアスを克服するためのステップを示しました。提示したステップは企業活動のほとんどの場面で当てはめることができます。まずは「認知バイアス」の存在を知り、正しく理解し、個人としてできること、組織としてできることを抽出・整理していくのです。そして、必要に応じて認知バイアスを意識したルールや仕組みを構築することで、デメリット(弱み)の要素を克服し、メリット(強み)に変えていくことが可能となります。その結果、多様な視点を取り入れることができ、様々な変化にも対応可能な強い組織を構築していくことができるでしょう。

前段に示した克服のステップを日常的に取り入れていくことも有効ですが、より短期間に対処法を考えたい場合には、民間企業・団体などが提供する研修サービスを活用してもよいかもしれません。これらの研修サービスには、「カードゲーム」を活用したプログラムも提供されており、ゲームを通して楽しみながら普段の業務だけでは見逃してしまう「認知バイアス」に気づき、相互理解を深めた新たな対話を創出してくれます。これらのサービスの適用においては、自社の状況に応じて専門家のアドバイスを聞いて実践していきましょう。

<参考文献>
・情報文化研究所(山﨑紗紀子・宮代こずゑ・菊池由紀子)(2021)『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』フォレスト出版
・フィル・ローゼンツワイグ(2008)『なぜビジネス書は間違うのか』日経BP社
・入山章栄(2019)『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社

<参考情報>
・「クロスロード・ダイバーシティゲーム」株式会社クオリアホームページ

回答者

中小企業診断士 丸山 康明(まるやま やすあき)