中小企業とSDGs
第14回:脱石油とフェアトレードを中心にSDGsに取り組む「雪ヶ谷化学工業株式会社」
持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年9月の国連サミットで採択された17のゴールと169のターゲットからなる16年から30年までの国際目標だ。日本政府もSDGs達成を通じた中小企業などの企業価値向上や競争力強化に取り組んでいる。
国の機関や専門コンサルタントの活動およびSDGs達成に貢献している中小企業などの先進事例を紹介する。
2021年 9月 6日
雪ヶ谷化学工業株式会社は1952年設立の、スポンジ・各種発泡体製造、化粧用スポンジを主力とした石油化学メーカーだ。とくに化粧用スポンジはかつて、原料を天然ゴムから石油由来の合成ゴムに切り替えたことで、ファンデーションの油分へ対応できる耐久性と天然ゴムから生じるアレルギーといった2つの問題を解決する画期的な商品となった。しかし近年のSDGsの潮流により、社会のニーズの変化に気付いた坂本昇社長は、化粧用スポンジとしては課題の多い天然ゴムを原料に使用し、石油化学メーカーでありながら脱石油という大きな決断に至った。それだけに留まらず、天然ゴム農園の労働者の人権に配慮した「天然ゴムのフェアトレード」も進めている。「B to B(美)to The future 今からできることを、これからのために、一歩ずつ。」とのスローガンを掲げる同社は、脱石油とフェアトレードを中心に本気でSDGsへ取り組んでいる。
生産者、消費者、地球のすべてにやさしい「サステナブルスポンジ」
同社の発展を支えてきた主力商品「ユキロンスポンジ」は1976年に販売が開始された。それまで日本でファンデーションの塗布に使用されていたのは天然ゴムを原料とするスポンジだった。しかし、ファンデーションには油分が多く含まれ、天然ゴムは、それに対応できる十分な耐久性を持ち合わせていなかった。また天然ゴム製品はアレルギーを引き起こすこともある。これらの課題を解決するために開発されたのが、合成ゴムNBRを使用した「ユキロンスポンジ」だ。数年のうちに国内のほぼ全てのスポンジが天然ゴム製から石油由来のNBR製に切り替わるという大変革を起こし、80%超の世界シェアを獲得することとなった。
その後、環境問題への関心が高まってくると、一転してエコ製品を開発してほしいとの要望が寄せられるようになってきた。かつて石油化学メーカーとして石油由来のスポンジ開発で成功を収めた同社にとって、脱石油はきわめて難しい注文であった。そんなある日、坂本社長は他業界の製品でプラスチック原料を10%削減し大きく取り上げられているニュースを目にした。僅かな量でも石油由来原料を削減することに意味があることに気付き、合成ゴムに10%の天然ゴムを混ぜることをひらめいた。少量から始めることで、実行に移しやすく、ファンデーションへの耐久性も大幅には変わらない。
こうして同社は、従来の合成ゴム製スポンジに、アレルギーの原因となるタンパク質を除去した天然ゴムを10~90%ブレンドした「ユキロンRP」を誕生させた。機能性やファンデーションとの相性に合わせて配合比率をカスタマイズできる革新的な製品だ。もちろん天然ゴム100%で、より環境配慮への関心が高い顧客へ訴求する製品もある。そして特筆すべきは、ここでブレンドする天然ゴムは強制労働や児童労働を禁止したフェアトレード調達であり、人権問題の解決にも貢献するということだ。つまり、同社の製品の特長をまとめると、生産者、消費者、地球にやさしいサステナブルスポンジであることがわかる。
途上国の生産者のために、フェアトレードに取り組む
フェアトレードはSDGsへの取り組みの中でも坂本社長が特に力を入れているものである。フェアトレードとは、直訳すると公平・公正な貿易。発展途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入し、立場の弱い途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す貿易の仕組みのことを指す。日本でも途上国で生産された日用品や食料品が低価格で販売されていることがあるが、その安さの裏には生産者に正当な対価が支払われなかったり、賃金の安い児童労働、強制労働が行われていたりという実態がある。特に、スポンジの原料となる天然ゴムの産地は東南アジアや南米、アフリカといった途上国で、児童労働の懸念が払しょくできていない。
ここで坂本社長が発信したいメッセージは、「単に石油由来を天然素材に変えればよいという発想では不十分だ」ということだ。原料を天然ゴムに変えることにより、劣悪な労働環境を助長させてしまうかもしれない。原料が作られる過程も配慮する必要があると考えた坂本社長は自社製品の原料の産地へスタッフを送り、現地の労働条件を徹底調査したうえで原料をフェアトレードの天然ゴムだけとした。
さらにフェアトレードを証明するマークを作成し、他社にも公開した。他社にも使用してもらうことで、1社だけでなく業界全体の取り組みに広げるのが狙いだ。10数社の賛同を集めパートナーシップで活動を推進しており、すでに今年度中に3社5製品が同社のフェアトレードマークを付けて商品を発売する予定である。同社の取り組みに賛同する企業の中にはファンデーションのもととなる粉体を製造する会社もあり、「より天然ゴムの割合を増やしながら耐久性の増強を実現するためには、ファンデーションの進化も欠かせない」と考える坂本社長の働きかけが共感を呼んでいるようだ。このように商品を通じて、業界全体へ、そしてスポンジを使用する多くの消費者へメッセージを届けたいと、坂本社長を先頭に全社員が目を輝かせている。
「す(S)ぐにで(D)きることからが(G)んばってす(s)る」をモットーに
SDGsの取り組みは製品開発だけにとどまらない。企業活動においては「すぐにできることからがんばってする→SDGs」をモットーに、社内のコピー用紙にリサイクル紙を使用したり、名刺の字体をユニバーサルデザインのフォントに変更したりといった、本当に些細なことからSDGsを心掛けている。このほか、SDGs勉強会を毎月開催したり、5種類の社内ポスターを作成して掲示したりといった活動を実施。これらを通して、社内全体でSDGsを身近に、かつ、自分ごととして考える組織体制が構築されてきた。
それこそ、2020年3月にSDGsの社内勉強会を始めた当初は、「社長、なに言ってるんだ」という雰囲気で社員の理解は得られなかった。しかし、徐々にSDGsを特集したテレビ番組が増えたことや小学校でもSDGsの教育が進んできたこともあり、「社長が言ってきたことは必要な考えだ」と実感する社員が増え、自社の取り組みに対する肯定感が高まっていった。同社では2030年に向けて「調達~納入の全工程でのCO2排出量を実質0に」「女性管理職の割合を50%に」などの目標を掲げる「雪ヶ谷サステナブルチャレンジ2030」を策定。社員自らがプロジェクトを立ち上げ、それらの目標達成に向け、「すぐにできることからがんばってする」マインドで取り組みを加速させている。
「この会社があるからこそ社会課題が解決する」と思われる企業を目指して…
坂本社長が目指す企業は、単に害を出さない企業ではない。害を出さないのは当たり前であり、そのうえでさらに社会課題の解決に挑戦し、「この会社があるからこそ社会課題が解決する」と思われる企業にすることだ。同社の製品を通じて、業界をはじめ、広い世界に坂本社長のメッセージが届く日も決して遠くないのではないだろうか。
企業データ
- 企業名
- 雪ヶ谷化学工業株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1952年11月7日
- 資本金
- 1000万円
- 従業員数
- 約320人
- 代表者
- 代表取締役社長 坂本昇氏
- 所在地
- 東京都品川区東大井5-12-10 大井朝陽ビル6階
- Tel
- 03-6718-4401
- 事業内容
- 特殊発泡体の製造及び販売、化粧品用具の製造及び販売