業種別開業ガイド

自動車板金塗装業

2020年 2月 20日

トレンド

(1)板金塗装を含む自動車整備業界の厳しい市場環境

高齢化の進行や若者の車離れによる自動車販売台数の低迷、規制緩和による異業種からの進出、メーカー系カーディーラーの自動車整備・修理への著しい進出、クイック補修サービスチェーンの展開、軽板金技術の普及などにより、自動車板金塗装業の市場環境は厳しい。

また、先進安全自動車技術の一般化や保険制度改定を背景とした自動車ユーザーの意識の変化により、板金塗装の主な理由である事故修理自体の減少傾向が続いている。


(出所:(一社)日本自動車整備振興会連合会「自動車分解整備業実態調査」各年度版より作成)

さらに今後は自動車業界を取り巻くキーワードである”CASE”の進展により、自動車整備はメーカー系列ディーラーがより有利になり、また需要もさらに減少すると考えられる。

※CASEはC:Connected(コネクテッド:通信接続)、A:Autonomous(自動運転)、S:Shared & Services(カーシェアリングと移動のサービス化)、E:Electric(電気自動車)を表している。

(2)技術者不足や専門化・サービス化の流れにチャンス

しかし、業界にはチャンスもある。整備業界では若手整備士不足が顕在化している。ディーラー系よりも専業整備工場で整備士の高齢化の傾向が強い。経営者の高齢化に伴う廃業により整備工場の事業場数は減少、今後10年で1~2割の事業場が減少するとの資料もある。特に車社会である地方において、整備士業界の高齢化で整備工場等がなくなった場合に地域への影響は大きく、新たな開業者が望まれることになる。

新技術への対応も開業者にとってのチャンスになる。例えば、超高張力鋼板の補修溶接については、従来の溶接機では十分な強度が確保できない場合があることが指摘されている。新たな機械の導入に積極的な開業者に有利とも言える。またユーザーが修理工程の「見える化」に関心を持つようになっており、修理の状況を写真に撮って配信するなどのサービス化については、若手の開業者の方が比較的対応しやすいと言えよう。

(3)現在~今後の技術動向に対応するには設備投資が不可欠

自動車整備業界全体が次世代の自動車技術への対応が求められている。例えば、電子制御化された自動車の故障・劣化診断を行うためにはスキャンツールの導入が必要となる。

さらにメーカーの板金塗装の内製化も進んでいる。ディーラー社数では系列ディーラーの7割前後ですでに板金塗装を内製化している。ただ、事故修理の減少を受け、各社で内製拠点の工場を集約・統廃合し、大型化・効率化しようとしている。そのため、処理台数ベースでの内製化率は社数別よりも低くなっている。

こうした状況は、ただでさえ比較的大きな敷地や基礎的な設備投資が必要である板金塗装事業への新規参入をさらに難しくしている。

(4)意欲的な経営者が業界を変える

こうした中では従来型の下請けタイプの経営ではなく、いわゆる攻めの経営ができる意欲的な経営者が待望される。例えば、技術的な難度が高いとされる輸入車の板金塗装への専門性をアピールすることにより集客を図る経営者などもいる。

また現在では新技術への対応と最新情報の入手が重要になっている。板金塗装に直接的には関係なくとも、一級自動車整備士の資格を取得し、電子装置等の新技術に関する基礎的な知識を習得し、一級自動車整備士会を通じて情報交換を積極的に行っている例もある。

一定の基準を満たした事業者しか入会することのできない企業ネットワークやボランタリーチェーンに加盟することにより、経営や技術レベルの引き上げを図る例もある。こうした取り組みの中には、第三者機関であるテュフ(TÜV)による「鈑金・塗装工場向け認証」を取得する事例も多い。

ビジネスの特徴

自動車修理の受付は、板金塗装業者が自ら行うケースもあるが、いわゆるカーディーラー、自動車整備工場、クイック補修サービス等で受け付けられたものが、専門的な自動車板金塗装工場で行われるケースも多い。

そのため業務としての板金塗装ではなく、独立した事業としての板金塗装業は、大物パーツを扱えるような敷地や機械、一般的な技術では対応できないような修理に対応できる専門技術や機械設備が要求されることになる。

開業タイプ

(1)自動車整備士・板金塗装工としての独立・開業

自らが自動車整備士や鈑金塗装工として勤務を経験してから独立するタイプである。独立支援制度を持っている企業に勤めている場合には選択しやすい。通常は10年程度以上の勤務経験が必要であろう。

(2)勤務先の事業の承継

高齢化により廃業も視野に入れている現経営者から勤務先の事業を承継する形で開業するタイプである。勤務先の経営状況によっては、現在の会社を引き継ぐのではなく、開業者が新たに設立した会社に事業を引き継がせることがある。

(3)経営者による創業・買収

自動車整備士や鈑金塗装工ではない経営者による創業や既存企業の買収である。自動車整備工場が板金塗装の内製化のために行うこともある。

開業ステップ

(1)開業のステップ

以下では自動車整備士・板金整備工としての独立・開業の開業タイプを前提にステップを示す。実務上のポイントは、事業用地の確保と資金調達にある。勤務先からも独立・開業の理解が得られている場合には、勤務を続けながら前半のステップを行うことが生活資金の確実な確保のためには有利である。

なお、設備導入については、高度な設備も必要にはなってくるが、段階的に行っていく計画を立てるとよい。

開業のステップ

(2)必要な手続き

以下に示す手続きは代表的なものであり、個々のケースに必ずしも対応したものではない。塗装プラントメーカーなどに相談することにより、漏れなく手続きすることができるので、実際に導入する設備等に合わせた手続きを実施する。

1.工場建設に必要な手続き

工場の建設に当たっては、都市計画法、建築基準法、消防法、⽔質汚濁防⽌法、下⽔道法、騒⾳規制法、振動規制法、悪臭防⽌法などの適用を受けることになる。また地方自治体によっては条例により工場設置の認可が必要と定めているところもある。建設業者や建築士、市区町村の担当部署とよく相談し、漏れなく手続きする。

2.設備の導入に必要な手続き

板金塗装業で利用される以下のような設備には導入に際し必要な手続きがある。設備導入に当たってはプラントメーカーや設備メーカー、販売業者に相談し、漏れなく手続きする。

3.資格者等の届出に必要な手続き

各種の資格者等の選任、掲示、届出については以下のとおりとなっている。

(3)開業場所

開業場所は、都市計画法上の準工業地域、工業地域、工業専用地域を選定する。

板金塗装業の開業場所としては都市部より地方の方が適していることもある。実際に自動車整備費支出(1世帯当たり1か月間)は、大都市では2,258円であるのに対して、人口5万人未満の市町村では3,434円となっている(出所:平成30年家計消費状況調査)。

メニューづくり

鈑金塗装業の専業事業者として、大物への対応や専門的な技術を必要とする修理を中心に据えることになる。一方で、一般ユーザーからの直需を獲得する上で間口を広げるため、ペイントレスデントリペア(塗料を使用しない凹み補修)、スクラッチリペア(線傷補修)などの軽板金もメニューに加えるとよい。デントリペアではプッシュ(押し出し)だけでなく、ツイスト(ひねり出し)、プーリング(引っ張り)などの各種技術に対応する。

必要なスキル

自動車整備士・板金塗装工として10年程度の経験があることが望ましい。

自動車整備士資格の中の特殊整備士のうち、自動車車体整備士が板金塗装に最も関連する資格となる。自動車車体整備士の資格取得により、事故破損車両の修理技術者としての知識、技能ともに一定の基準以上であると国が認めたことを証明(板金塗装エキスパート)することができる。

ただし、実は板金塗装そのものに特化した資格は存在しない(典拠:平成27年2月「自動車整備事業の将来展望に向けたビジネスモデルに関する事例調査について」(国土交通省自動車局整備課))。

開業資金と損益モデル

(1)開業資金

自己所有の土地がない場合には土地の取得費用または地代が発生する。また居抜き物件などでない限り、工場建設費も大きい。その上に通常の自動車整備工場やクイック補修サービス等で対応できない大物修理や専門的修理に対応するための設備投資が必要であり、一般的に初期投資負担は大きい。

溶接機、フレーム修正機、板金工具各種、塗装機器、乾燥装置などのほか、パテや塗料、副資材などが最低限の設備になるが、本格的な塗装ブースや超高張力鋼板に対応した溶接機などの導入も必要であると考えると安価に開業できると考えない方が良い。

必要資金例の表

(2)損益モデル

a.売上計画

売上計画例の表

b.損益イメージ(参考イメージ)

上記の売上計画に記載の売上高をもとに、損益のイメージ例を示す。開業当初からこの水準に達することをイメージしている訳ではないことに留意いただきたい。

損益のイメージ例の表

c.収益化の視点

損益イメージのような形を最初から目指してしまうと赤字経営となる可能性が高い。最低限の設備を整えたら、需要が見込めるものから順次設備投資を行っていくことが望ましい。スタッフの充実も同様である。整備士の離職率が高くなっているため、労働環境の整備、高処遇の実現、教育研修の充実などを図り、経営の安定化を実現する。

※板金塗装については、国土交通省による資料も含め「鈑金・塗装」と表記されることもあるが、本稿では固有名詞以外は「板金塗装」で統一した。

※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります。

(本シリーズのレポートは作成時時点における情報を元に作成した一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)

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