法律コラム

中小企業と働き方改革関連法(第2回)-労働時間の上限規制等

2019年10月7日

解説者

特定社会保険労務士 野村孝太郎

目次

  1. 1.労働時間の上限規制
  2. 2.36協定届の新様式
  3. 3.使用者の安全配慮義務と労働時間の状況の把握義務
  4. 4.労働時間の改善に取り組む中小企業への支援

はじめに

時間外労働の現状

改正労働基準法による次のような「労働時間の上限規制」が、2020年4月1日から中小企業※1にも適用されます。

①時間外労働の原則的な上限は「月45時間、年360時間」
②臨時的な特別の事情がある場合は時間外「年720時間」(月45時間超は年6回まで)
③時間外労働と休日労働の合計で「月100時間未満、2か月から6か月平均で月80時間以内」

時間外労働は、業種、規模、働く人の年齢などにより多様であることが知られていますが、大手転職サイトの調査によると、図表1のような分布になります。

50時間以上が43.7%と、半数近い人が時間外労働の原則的上限の月45時間(上記①)を超えています。また、「月100時間以上」が12.9%と、時間外労働だけで上の③の規制を超えてしまう人も相当な割合になります。

経営者の皆様は、自社の時間外労働や休日労働の現状と新たな労働時間の上限規制とを比べてみて、どのようにお感じでしょう。「うちは特に問題はない」なのか、「かなり厳しい」なのか。いずれにしても、新たな上限時間には、違反に
対する罰則が設けられており、内容を十分に承知しておいていただくことが必要です。

図表1. 図表1.

法改正の視点

上の③にある数字、「月100時間」や「複数月平均80時間」は、「過労死認定基準」※3で、これを超えた場合は業務との関連性が「強」、医学的知見では健康被害のリスクが「高」とされた時間です。

改正労基法は、健康確保の視点から、この時間を労働時間の上限に組み込んだのです。この視点は、働き方改革関連法のひとつとして2019年4月に施行済みの改正安全衛生法にも共通しており、労働時間の状況の把握の義務化や健康確保措置の強化が図られました。労働時間の把握義務に違反しても罰則はありませんが、訴訟になった場合は、使用者の安全配慮義務違反という司法判断に影響する可能性があることに留意する必要があります。

労働時間の問題は、健康の確保だけでなく、女性のキャリア形成や労働生産性の向上など多様な問題との関わりで取り上げられてきましたが、中小企業の皆様にとっては、人材確保や定着率向上という経営課題の解決にも直結するものではないでしょうか。

政府は、規制の強化だけでなく、「時間外労働等改善助成金」などを通じて、労働時間短縮に取り組む企業への助成も行っています。働き方改革関連法は、労働時間の改善を通じた魅力ある職場作りのきっかけにもなり得るものではないでしょうか。

  1. 中小企業の定義は、本シリーズの「総論」の図表2のとおりです。
  2. Vorker(現OpenWork)
  3. 正式名称は「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」(平成13年12月12日)。労働者の脳・心臓疾患に関する労災認定の基準です。

1.労働時間の上限規制

(1)改正法で強化されたこと

労働基準法は、1日8時間・1週 40 時間の「法定労働時間」を超えて労働させる場合や、原則として週1回の「法定休日」に労働させる場合には、時間外労働・休日労働に
関する労使協定(36協定)を結び、労働基準監督署長へ届出ることとしています。

改正法施行前は、大臣告示による36協定の上限(月45時間、年360時間など)はありましたが、罰則による強制力はありませんでした(図表2の①)。臨時的な特別の事情がある場合には特別条項を設けることで、年6回を限度として、月45時間を超える時間外労働を上限なく行わせることが可能でした(図表2の②)。

図表2.時間外労働・休日労働の上限規制
図表2.時間外労働・休日労働の上限規制

改正法は、罰則付きの上限として「時間外労働月45(42)時間、年360(320)時間」(図表2の③。括弧内は1年単位の変形労働時間制の上限)を定め、特別条項による場合も上回ることのできない上限として「時間外労働年720時間」、「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満」(図表2の④)を設けました。また、特別条項の有無にかかわりなく常に適用される点で絶対的な上限というべき上限「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」(図表2の⑤)も定めています。なお、「2か月から6か月の平均で月80時間以内」とは2か月、3か月、4か月、5か月、6か月のいずれの平均でも「月80時間以内」ということです。

(2)法律違反と罰則について

① 法律違反に対する取り扱い

新たな上限時間(図表2の③④⑤)を超える時間を設定した36協定は、法定の要件を満たさないため「無効」になります。無効な36協定による時間外労働・休日労働は法律違反ですが、このような違反は稀でしょう。労働基準監督署への届出の際に内容の訂正を求められるからです。法律違反の多くは、36協定で定めた上限を超えて時間外労働等を行わせる場合や、36協定なしで時間外労働等を行わせる場合です。

罰則は「6ヵ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」です。厚生労働省の「改正労働基準法に関するQ&A」をみると、労働時間の上限規制に関しては、「年休の時季指定義務」違反の場合の「丁寧に指導し、改善を図っていただく」といった説明が見当たりません。行政の対応は、書籍をみるかぎり是正勧告や指導書交付などを行い、罰則の適用は限られてきたようですが、いずれにしても、36協定を結び、その内容に従った時間外・休日労働にすることが大切です。

② 新たに設けられた上限規制に関連する法律違反の例

  • 特別条項を設けた場合
図表3

上の例は、特別条項の4つの規制のうち3つ(ⅰ~ⅲ)はクリアしているのですが、時間外労働・休日労働の合計「2~6月平均月80時間以内」の1月~3月平均(81.3時間)、2月~3月平均(83時間)が法律違反になった例です

この他にも、特別条項を設ける場合の回数制限の「6回」を超える、時間外労働「年720時間」を超える、時間外労働・休日労働「月100時間未満」を超えるなどの違反がありえます。特別条項を設けた場合はチェックすべき点が多くなり、違反のリスクも高くなります。

  • 特別条項を設けない場合

特別条項がなくとも、「時間外労働・休日労働の合計が月100時間未満、2~6月平均で月80時間以内」は適用されます。時間外労働を月45時間・年360時間の範囲に抑えていても、図表4のような違反がありえます。

図表4
  • なお、時間外労働と休日労働の複数月平均の規制は、図表5のように、時間外労働と休日労働の時間数の計算期間である「対象期間」(1年に限る)の中だけでなく、二つの対象期間にわたる期間でも把握しなくてはなりません。
図表5

③ 細心の労働時間管理を

以上で見たように、新たな上限規制への対応には、細心の労働時間管理が必要です。手作業で従業員1人1人について管理するのは大変に煩雑な作業になります。できれば、勤怠管理システムを用いて管理を合理化することをお勧めします。

(3)労働時間の上限規制の適用の開始時期

労働時間の上限規制が中小企業に適用されるのは2020年4月1日からとご説明していますが、それは、4月1日から全中小企業一斉に適用されるという意味ではありません。適用には「経過措置」があるからです。労働時間の上限規制は、2020年4月1日以降に始まる36協定から順次適用されます。2020年3月31日以前に始まっている36協定、例えば2019年10月や2020年3月から始まる協定には新たな上限規制は適用されません。経過措置により、2020年4月1日以降の1年間に、改正法に基づく36協定に移行していくイメージを例示したのが図表6です。

図表6

(4)上限規制の適用が2024年まで猶予となる事業・業務

企業規模ではなく「事業」や「業務」による適用猶予もあります。上限規制の適用は2024年4月1日からです。事業では「建設事業」、業務では「自動車運転の業務」が代表的なものです。以下では、中小企業にも多い「建設事業」と「自動車運転業務」について、2024年4月以降の上限規制を簡単にご説明しておきます。

① 建設事業

労働時間の上限規制はすべて適用されます。ただし、災害の復旧・復興の事業に関しては、「時間外労働と休日労働の合計で月 100 時間未満、2~6月平均 80 時間以内」は適用されません。

建設「事業」には、建設現場の業務をしない本店、支店なども含まれます。建設工事現場で交通誘導や警備業務をする人も含まれるとされています。

② 自動車運転の業務

この規制の対象は、トラック、ハイヤー・タクシー、バスの運転を主たる業務にする人です。会社全体が対象の建設事業と異なります。上限規制のうち、次の点が適用猶予のない場合の上限規制と異なります。

  • 特別条項を設ける場合の時間外労働の上限は「年960時間」。
  • 時間外労働が月45時間超となる「年6回」の規制、「時間外労働と休日労働の合計で月 100 時間未満、2~6月平均月80 時間以内」は適用されません。

小テスト1-労働時間の上限規制 その1

Q1. 1日8時間・1週40 時間の「法定労働時間」を超えて労働させる場合や、週1回の「法定休日」に労働させる場合には、時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)を結ばなくてはならない。労働基準監督署長への届出は任意である。
Yes/No

Q2. 新たな上限規制の一つである「時間外労働と休日労働の合計で月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」は、臨時の特別な事情があるときの特別条項を設けた場合に限り適用される。
Yes/No

Q3.「時間外労働と休日労働の合計」で「2か月から6か月のいずれの期間の平均で月80時間以内」とは、2か月、3か月、4か月、5か月、6か月の平均がすべて「1月当たり80時間以内」になるようにすることである。
Yes/No

Q4. 36協定を結ばずに時間外労働、休日労働を行わせることは法律違反だが、36協定で定めた上限をこえて労働させても法律違反にはならない。
Yes/No

Q5. 2019年10月1日から2020年9月30日を有効期間とする36協定を結ぶことにしている。この協定は、中小企業への新たな上限規制の適用が始まる2020年4月1日以降の期間を含んでいるので、新たな上限規制に従わなくてはならない。
Yes/No

Q6. 建設事業を行う会社は、建設現場の仕事には直接関わらない事務部門を含めて、新たな上限規制の適用は2024年4月1日からになる。
Yes/No

(回答はページ最後のPDFファイルをご覧ください)

2.36協定届の新様式

「いろんな様式がネットにあるけど、どれを使えばいいのか」といったお尋ねをいただくことが多くなりました。新様式は7種類ありますが、中小企業の多くは、「様式第9号」か「様式第9号の2」を、建設事業や自動車運転業務は「様式第9号の4」を使うことになります。これ以外の様式を使う例は非常に少ないと思います。「様式第9号の4」は、旧様式第9号と基本的に同じ内容です。

図表7

新様式の種類、詳しい記入例は次のリンクからご覧になることができます。特別条項がない場合の様式第9号(一般条項)と、特別条項を設ける場合の様式第9号の2について、以下で簡単にコメントしておきます。

(1)様式第9号-特別条項がない場合(一般条項)

新様式といっても、多くの項目は、これまでの様式と同じなのですが、今回の改正法で新たに設けられた上限規制に関する項目は注意が必要です。

  • 絶対的上限時間「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」の規制は、特別条項の有無にかかわりなく適用されることは既にご説明しました。この規制に対応する欄が新様式の下の方に設けられています。欄の右端の四角の枠□にチェック✓を入れることで、絶対的上限時間の遵守について労使が合意したことを示します。
    新様式による届出は、中小企業の場合、2020年4月1日以降に始まる36協定からになりますが、改正法の適用前から新様式を使って届け出る会社も少なくありません。この場合、改正法の適用前なので四角の枠□にはチェック✓をいれる必要はありません。知らずにチェック✓入れてしまうと、「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」を遵守しなければならなくなります。経過措置期間中の36協定(2020年3月31日以前に始まる36協定)の届出の際はご注意ください。
  • 1か月と1年の時間外労働の時間数は、それぞれ45時間と360時間以下で、1年単位の変形労働時間制の場合は42時間と320時間以下で記入します。なお、この欄の横に「所定労働時間を超える時間(任意)」という欄があります。趣旨としては、「法定労働時間」を超える「時間外労働時間」を36協定上で明確にすることが主眼で、会社が定める「所定労働時間」を超える部分については、記入を労使当事者の「任意」に委ねる扱いです。休日労働の欄で、「法定休日労働」の欄と「所定休日(任意)」の欄を分けたのも同じ趣旨です。
  • 「過半数代表者の選出方法」は、従来からある項目ですが、施行規則の関係条文に「使用者の意向に基づき選出された者でないこと」が追加されました。選出の手続きを従来以上に厳しくみられる可能性もあると思いますのでご注意ください。選出は、投票、挙手など民主的な手続きを経ることとされており、会社の指名や、社員親睦会の代表がそのまま代表者になることは、不適切な選出とされます。

(2)様式第9号の2-特別条項を設ける場合<2枚目>

改正前の労基法の特別条項には決まった様式はありませんでしたが、今回、初めて様式が設けられました。この様式は2枚1組で、1枚目は、労働者代表の署名又は記名・押印と使用者の記名・押印等がない以外は、(1)の特別条項がない様式と同じ内容です。

特別条項付の様式に固有の2枚目には、改正前の労基法の特別条項で記載事項とされていた項目がすべて受け継がれています。新たに設けられた項目は、上限規制に関する次のものがあります。

  • 1か月については、従来の「時間外労働」に「休日労働」が追加され、「時間外労働と休日労働の合計」として「月100時間未満」とされました。なお、稀に拝見するのですが、この欄に「100時間未満」と書いた協定は無効です。「100時間未満」では0時間から99.99…時間までの幅があり、時間数が未確定だからです。
  • 1年については、「時間外労働(休日労働含まず)」で「年720時間」の範囲内の設定になります。
  • 絶対的上限時間「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」に対応する欄の記入については、(1)の特別条項のない場合の様式でご説明したとおりです。
  • 「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置」も新設の項目です。健康確保措置の具体的内容は、改正法施行後に出された「36協定指針」(※)が9つの措置を示しています(様式第9号の2の裏面に列記されています)。1つ以上の措置を採用することと、措置の実施状況の記録を36協定の有効期間中と期間終了後3年間保存することが義務づけられました。
  • 正式名称は、「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」(平成30年9月7日、厚生労働省大臣告示第323号)

小テスト2-労働時間の上限規制 その2

Q1.2019年10月1日から1年間の36協定を新しい様式(様式第9号)で届出た。中小企業で新たな上限規制の適用前なので、「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、2か月から6か月の平均で月80時間以内」の欄のチェックボックスには✓を入れずに届出た。法的な問題はない。
Yes/No

Q2. 従業員親睦会の代表者は、従業員の話し合いで選んでいる。民主的な手続きを経ているので、自動的に36協定の過半数代表者とすることができる。
Yes/No

Q3. 特別条項付の36協定の2枚目にある「1か月の時間外労働と休日労働の合計の時間数」の欄は、上限時間の見通しが立てづらいときは、「100時間未満」と記入しても問題はない。
Yes/No

Q4. 特別条項付きの36協定の2枚目にある「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置」については、実施状況の記録を36協定の有効期間中と期間終了後3年間保存しなくてはならない。
Yes/No

(回答はページ最後のPDFファイルをご覧ください)

3.使用者の安全配慮義務と労働時間の状況の把握義務

本稿の「はじめに」で「健康確保の視点」が改正労働基準法に取り入れられたと書きました。以下では改正労働基準法と改正安全衛生法に具体化された内容についてご紹介します。

(1)改正法の背景-労災請求件数の増加

改正法の背景となった「過労死等」の状況を表したのが図表8です。脳・心臓疾患の労災請求件数は高止まりですが、精神障害の請求は右肩上がりで、脳・心臓疾患の倍近い件数です。一方、支給件数は横ばい又は微減で、請求に対する比率も高いとは言えません。

これは、会社側からみれば憂慮すべきことではないでしょうか。労災補償が得られなかったとき、労働者の方や死亡災害の場合の遺族の方にとっては、使用者の安全配慮義務違反として損害賠償を求めることが残された道になり、会社にとっては、訴訟リスクが残ることになるからです。

労働者の健康被害の状況やそれに伴うリスクを踏まえて、改正法をご覧いただければと思います。

出所:厚生労働省「過労死等の労災補償状況」(各年度)
出所:厚生労働省「過労死等の労災補償状況」(各年度)

(2)使用者の安全配慮義務

「36協定指針」は、協定の締結に当たって留意すべき事項をあげたものです。「使用者の責務」について次のように規定しています。

  1. 36協定の範囲内で労働させた場合であっても、労働契約法第5条の安全配慮義務を負うことに留意しなければならない。
  2. 「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」において、1週間当たり40時間を超える労働時間が月45時間を超えて長くなるほど、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が徐々に強まるとされていること。さらに、1週間当たり40時間を超える労働時間が月100時間又は2~6か月平均で80時間を超える場合には、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いとされていることに留意しなければならない。

「安全配慮義務」とは、労働契約に付随して使用者が負う義務で、労働契約法第5条に明記されています。労働時間に関して言えば、例えば、長時間労働で労働者が心身の健康を損なわないように配慮する義務ということになります。この義務についての違反は、民事上の損害賠償につながります。

「36協定の範囲内であっても」としているのは、特別条項の月100時間、複数月平均80時間という上限が、これを超えたら健康被害につながる長時間労働であることへの注意喚起でしょう。2で「過労死認定基準」に言及しているのはそのためと思われます。

(3)労働時間の状況の把握義務

健康確保の視点は、2019年4月1日から中小企業にも適用されている改正安全衛生法でも、長時間労働の人に対する医師の面接指導の強化や、その前提になる労働時間の状況の把握の義務化として具体化されています。

労働基準法では、これまでも、賃金不払残業(いわゆるサービス残業)の解消のため、労働時間の把握に関する措置を「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年)で示していました。改正労働安全衛生法は、これとは別に、新設の条文で「面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない」とし、把握の方法などについて次のように規定しています。

  • タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
  • 労働時間の状況の記録を作成し、3年間保存するための必要な措置を講じなければならない
    把握方法は、割増賃金計算等の根拠である労働基準法ガイドラインと基本的には同じ内容ですが、健康被害の予防の観点から次の点が異なります。
  • 労基法ガイドラインの対象ではなかった管理監督者や、みなし労働時間制が適用される裁量労働制の労働者も対象になります。
  • 「客観的な方法」によることができない場合の「労働者の自己申告」が許されるのは「業務による直行・直帰や出張中」としたうえで、事業場外から社内システムにアクセスできる場合は認めないとしました。労基法ガイドラインより厳格です。

労働時間の把握義務の違反に罰則はありませが、訴訟に発展した場合には、「安全配慮義務違反」の判断に影響することが考えられます。法令が根拠だけに、(2)でご説明した「指針」以上に司法の判断に影響するのではないでしょうか。

(4)医師による面接指導の拡充

労働時間の状況の把握は、長時間労働の人に対する医師の面接指導の前提として設けられたものです。これまでは、時間外労働と休日労働の合計で「100時間」超が要件でしたが、今回の改正法で「80時間」超になりました。また、従業員が申し出をしやすいように、1月当たり80時間を超えた従業員には、速やかに、超えた時間に関する情報を通知し、産業医に情報提供しなくてはならないとしています。

小テスト3-使用者の安全配慮義務と労働時間の把握義務

Q1. 36協定の範囲内で労働させた場合、使用者は安全配慮義務を負わない。
Yes/No

Q2. 労働時間の状況は、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な方法に基づいて把握しなければならず、その記録は3年間保存しなくてはならない。
Yes/No

Q3. 長時間労働の人に対する医師の面接指導は、時間外労働と休日労働の合計が「80時間」超の人について実施しなくてはならない。
Yes/No

(回答はページ最後のPDFファイルをご覧ください)

4.労働時間の改善に取り組む中小企業への支援

政府は、労働時間に関する規制を厳しくする一方で、中小企業を対象とした助成金を通じて労働時間短縮の取り組みを支援しています。働き方改革関連法への対応は、人手不足時代でも従業員を採用できる職場、採用した人が定着し、業績も向上するような職場づくりのきっかけにすることもできるのではないでしょうか。

(1)時間外労働等改善助成金——時間外労働上限設定コース

時間外労働の短縮などのため、出退勤管理の機器・ソフトを導入して労働時間の管理を合理化する、外部専門家に業務内容の効率化等のコンサルティングを依頼する、機械・設備を導入して生産性を向上するなどの取り組みを行った企業に、図表9の成果目標の達成状況に応じ、取り組みに要した費用の一部が支給されます。

助成金の額は、時間外労働短縮に対しては50万円、100万円、150万円のいずれかです。成果目標での時間外労働の短縮幅が大きいほど助成額は多くなります。休日増を行った場合は25万円から100万円が加算され、こちらも休日増が多いほど加算額は大きくなります。なお、助成金の額は200万円が上限です。

助成金の支給対象になる取り組みは次の1~10で、この中から1つ以上実施することとされています

  1. 労務管理担当者に対する研修(業務研修を含む)
  2. 労働者に対する研修(業務研修を含む)、周知・啓発
  3. 外部専門家(社会保険労務士、中小企業診断士など) によるコンサルティング
  4. 就業規則・労使協定等の作成・変更(計画的付与制度の導入など)
  5. 人材確保に向けた取組
  6. 労務管理用ソフトウェアの導入・更新
  7. 労務管理用機器の導入・更新
  8. デジタル運行記録計の導入・更新
  9. テレワーク用通信機器の導入・更新
  10. 労働能率の増進に資する設備・機器等の導入・更新——小売業POS装置、自動車修理業の自動車リフト、運送業の洗車機等(パソコン、タブレットは対象外)。

(2)時間外労働等改善助成金——職場意識改善コース

所定外労働の削減や年次有給休暇の取得促進に取り組んだ企業に、図表10の成果目標の達成状況に応じて費用の一部が支給されます。対象となる取り組みは、(1)時間外労働上限設定コースの1~10と同じです。

助成金の額は、目標①②を両方とも達成した場合は、100万円を上限として費用の4分の3、成果目標①のみの達成の場合は50万円を上限として費用の2分の1となります。助成対象の取り組みは(1)時間外労働上限設定コースで挙げたものと同じです。なお、30人以下の企業に対する優遇措置として、労務管理用機器・ソフトの導入等(取り組みの6から10)を行った場合は、補助率が4分の3から5分の4に引き上げられます。

(3)時間外労働等改善助成金——勤務間インターバル導入コース

勤務間インターバル制は、働き方改革関連法の一つとして2019年4月1日施行の改正労働時間設定改善法で規定が新設されました。終業時間から翌日の始業時間の間に一定の休息時間(「9時間から11時間」)を設けることなどを事業主の努力義務とするものです。特別条項付の36協定でご説明した「健康・福祉確保措置」の1つでもあり、「働き過ぎ」を抑える方策として普及が期待されています。一例をご紹介すれば図表11のようになります。

助成金は制度導入などを行った企業に、図表12の成果目標の達成状況に応じて、取り組み費用の一部を支給します。新規導入(図表12の①)で80万円か100万円、適用拡大・時間延長(図表12の②③)で40万円か50万円です(いずれも上限額)。助成対象の取り組みは(1)時間外労働上限設定コースで挙げたものと同じです。

(4)「人材確保等支援助成金」(働き方改革支援コース)

(1)から(3)の「時間外労働等改善助成金」の支給を受けた企業が対象になります。人材確保等支援助成金は、時間外労働の短縮などを進めるうえで必要な要員を増やす中小企業を支援する目的で2019年度に新設された助成金です。計画に基づいて新たに労働者を雇い入れて一定の雇用管理改善を達成した場合、「計画達成助成」として労働者1人当たり60万円(短時間労働者40万円)が支給されます。また、計画開始から3年経過後に生産性要件等を満たせば、「目標達成助成」として労働者1人当たり15万円(短時間労働者10万円)が支給されます。

(5)助成金に関する留意点等

(1)から(3)でご紹介した助成金の2019年度の申請期限は、9月又は11月となっていますが、本年度の申請が間に合わない場合でも、次年度以降のご参考として紹介しました。なお、各助成金のより詳しい内容は以下でご覧になれます。

(6)働き方改革推進支援センター

働き方改革に向けて、特に中小企業の方々が抱える様々な課題に対応するため、ワンストップ相談窓口として、「働き方改革推進支援センター」が47都道府県に設置されています。上でご紹介した労働関係助成金の活用のほか、就業規則の作成方法、賃金規定の見直しなど『働き方改革』に関連するご相談に総合的に対応しています。

小テスト4-労働時間関係の助成金等

Q1. 「時間外労働等改善助成金-時間外労働上限設定コース」は、時間外労働の削減や休日増の取り組みをした企業に対して、要した費用を一定の範囲で助成するものだが、出退勤管理のための機器・ソフトの購入経費は支給対象ではない。
Yes/No

Q2. 「時間外労働等改善助成金-職場意識改善コース」は、所定外労働の削減や年次有給休暇の取得促進に向けた環境整備に取り組む中小企業を対象とした助成金である。
Yes/No

Q3. 勤務間インターバル制は、終業から始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保するもので、「働き過ぎ」を抑える方策として、政府でも普及を勧めている。
Yes/No

Q4. 「人材確保等支援助成金」(働き方改革支援コース)は、時間外労働の短縮などを進めるため必要な増員に対して1人当たり60万円(短時間労働者40万円)等が支給される。「時間外労働等改善助成金」を支給されていなくとも、別に申請できる。
Yes/No

(回答はページ最後のPDFファイルをご覧ください)

(参考資料)

(参考図書等)

  • 菅野和夫著「労働法(第11版)」(弘文堂、平成28年2月)
  • 山川隆一編「プラクティス労働法(第2版)」(信山社、平成29年6月)
  • 厚生労働省編「労働基準法(上)(下)」(労務行政、平成23年2月)
  • 厚生労働省編「労働基準法解釈総覧 改訂15版」(労働調査会、平成26年8月)
  • 原諭著「労基署は見ている」(日本経済新聞社、平成29年4月)
  • 森井俊和、森井博子共著「労働基準関係法事件ファイル」(日本経済新聞社、平成29年4月)
  • 弁護士法人ディライト法律事務所編「労基署調査への法的対応の実務」(中央経済社、平成29年9月)
  • 「ビジネスガイド」2019年5月号、6月号、7月号(日本法令、各月10日)

小テストの解答・解説

解説者

事務所:のむら社会保険労務士事務所
資格:特定社会保険労務士
氏名:野村孝太郎