法律コラム

改正労働基準法(第1回)ー月60時間超の割増賃金率の引き上げー

2023年 8月 18日

従業員に時間外労働を行わせた場合には、割増賃金の支払いが必要です。割増賃金を含む給与は、従業員の生活に直結するため、正確な支払いが必要となります。

この記事では、中小企業に対しても適用されることになった月60時間超の割増賃金率について解説を行っています。興味をお持ちの方は、是非参考にしてください。

1.労働時間とは

時間外や休日労働に対する割増賃金を理解するためには、前提となる労働時間や休日の理解が欠かせません。そのため、まず労働時間と休日について解説を行います。

(1)法定労働時間と法定休日

労働基準法では、1日8時間及び週40時間を法定労働時間としています。この時間を超えた法定時間外労働(法定外残業)を行わせるためには、「36(サブロク)協定」(法定外残業などを行うために必要な労使間で締結する労使協定。労働基準法36条が根拠となっているためこう呼ばれる)の締結と届出が必要となります。

また、労働基準法では、週に1日又は4週を通じて4日の法定休日を与えることを使用者に義務付けています。そのため、法定休日に労働を行わせるには、同様に36協定の締結と届出が必要です。

(2)法定内残業と所定休日労働

原則として、法定労働時間の範囲内及び法定休日が確保されていれば、労働時間や休日の設定は企業の自由となります。では、どこからが法定時間外労働や休日労働として割増賃金の支払い対象となるのでしょうか。

企業が設定している労働時間は、6時間や7時間、8時間など様々です。このような場合に法定時間外労働となるのは、法定労働時間を超える部分となります。例えば、1日の所定労働時間が7時間の会社における1時間の残業などは、法定労働時間内の残業(法定内残業)となります。この場合には、36協定の締結や割増賃金の支払いは不要です。

また、企業における休日も週に1日や2日など一律ではありません。週に1日の休日であれば、自動的にその1日が法定休日となります。しかし、週休2日制の場合は、どのような扱いになるのでしょうか。

例えば、土日週休2日制の企業で土曜に出勤し、日曜に休んだケースで考えてみましょう。この場合には、週1日の法定休日が確保できているため、土曜の出勤は休日労働とはなりません。休日出勤とはならないため、36協定の締結も割増賃金の支払いも不要となります。

上記ケースの土曜出勤のように法定休日以外の休日(所定休日)の出勤は、休日出勤とならないことを覚えておきましょう。土日週休2日制の場合であれば、土日両方の出勤によりはじめて、週1日の休日が確保できないことになります。この場合には、後ろの方に位置する日曜の出勤が休日労働として扱われます。

週休1日制の企業であれば、当然その1日の出勤により法定休日の確保が不可能となります。そのため設定された休日が日曜であれば、日曜の出勤によって自動的に休日労働として割増賃金の支払い対象となります。

(3)残業時間の上限

36協定を締結しても無制限に法定労働時間を超える労働が許されるわけではありません。原則として、月に45時間及び年間360時間までしか法定時間外労働を行わせることはできません。

しかし、突発的クレーム対応や機械トラブルの発生など、予測不能な業務量の大幅な増加が見込まれる場合もあり得ます。このような場合には、通常の上限時間内では業務の処理が難しいため、特別条項付き36協定を締結することで上限時間の延長が可能となります。

(4)特別条項付き36協定

特別条項付き36協定を締結することで、以下の時間まで上限時間を延長可能です。ただし、延長は年に6回までしか許されないため、注意が必要となります。

  • 年間720時間以内(時間外労働のみの時間)
  • 単月100時間未満(時間外及び休日労働時間の合算)
  • 2か月~6か月の複数月平均80時間以内(時間外及び休日労働時間の合算)

上限時間を超える法定時間外労働を行うには特別な事情が必要となります。特別な事情は、主に以下のような例があげられます。

  • 臨時の発注や納期変更による納期のひっ迫
  • 製品不具合によるクレームへの対応
  • 発生した機械トラブルへの対応

「業務繁忙の時」や「業務上の必要がある時」といった単純な理由では、延長が認められないことに注意してください。

2.割増賃金率適用猶予の終了

2010年に施行された改正労働基準法により、時間外労働に対する割増率が変更されました。しかし、資金力に乏しく、対応の難しい中小企業には猶予期間が設けられ、変更された割増率の適用を受けていたのは大企業のみでした。猶予期間である2023年3月31日までの時間外労働や深夜労働、休日労働に対する割増賃金は、以下の表の通りです。

改正労働基準法イメージ01

上記表の「中小企業を除く」とされている部分は、2023年3月31日まで中小企業に対して適用猶予となっていました。しかし、猶予期間の過ぎた現在は、企業規模を問わず、月60時間超の法定時間外労働に対する割増率が適用されています。

(1)なぜ猶予されていた?

猶予されていた中小企業は、次の表に該当する企業です。

改正労働基準法イメージ02

上記表に該当するような中小企業では、5割の割増率を改正法施行後直後に適用したとしても、対応は難しく、最悪人件費の高騰による倒産という事態にも発展しかねません。そのため、中小企業は適用を猶予され、当面の間は大企業のみ5割の割増率の適用を受けることになりました。猶予期間の間に人件費の削減等の対策を講じ、支払い体制を整えるための時間が与えられたことになります。しかし、その猶予期間も既に終了してしまったため、中小企業といえども対応しなければなりません。

3.割増賃金の目的

そもそも割増賃金が何のために設けられている制度なのか、疑問に思っている方もいるかも知れません。割増賃金は、時間外労働に対して通常の賃金に上乗せされた割増賃金の支払いを使用者に義務付けています。これは、割増賃金による経済的負担を課すことによる時間外労働の抑制が目的です。

つまり、「割増賃金を支払いたくなければ、労働時間を削減しろ」が制度趣旨となります。「割増賃金を支払えば長時間労働させても良い」などと安易に考えずに、非効率な作業の洗い出しなどを行い、労働時間の削減を目指しましょう。

4.割増賃金未払いによるトラブル

従業員が退職後に未払い残業代の支払いを求め、内容証明郵便を送ってくることも珍しくありません。また、企業が支払いに応じなければ、訴訟を提起する場合もあるでしょう。残業代の未払いで訴訟を提起されたとあっては、企業の信用低下にも繋がりかねません。良好な労使関係を築くためにも、正確な賃金支払いを心掛けましょう。

また、従業員が残業代の未払いについて労働基準監督署に相談や通報を行うこともあるでしょう。通報に基づいて、企業に対して調査が行われる場合もあり、事実が認められれば是正指導も行われます。2022年度における労働基準監督署による未払い残業代の是正指導は、約65億円の規模にもなり、対象となった企業は1,069社にも上ります。労働基準監督署による是正指導は、決して他人事というわけではありません。

(1)割増賃金未払いには罰則も

割増賃金の未払いには、労働基準法第119条1項により、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科される恐れがあります。未払いがあったからといって、直ちに罰則が科されるわけではありませんが、注意する必要があるでしょう。

また、従業員が労働基準監督署に対し、割増賃金の未払いについて、通報したことを理由として減給や降格など不利益な取扱いをすることは禁止されています。当然解雇などは許されず、もし通報を理由として解雇すれば、不当解雇として訴訟を提起される恐れもあります。

5.対応は急務

猶予期間が終了したことにより、中小企業でも新たな割増率への対応が必要となりました。賃金は従業員の生活に直結する労働条件であり、その未払いや支払いの遅延は、労使紛争の火種となりやすくなっています。

また、労働に対して適正な賃金の支払いを受けられないのであれば、従業員の企業に対するエンゲージメントも低下し、離職にも繋がってしまいます。少子高齢化の進む我が国において、労働力の確保は喫緊の課題であり、企業自らが労働力を失う原因を作ることがあってはなりません。

当記事では、中小企業にも適用となった月60時間超の割増賃金率について解説を行ってきました。当記事を参考として、割増賃金に関する正確な知識を身に着け、未払いなどの起きない良好な労使関係を築きましょう。

監修

涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文