法律コラム

改正労働基準法(第2回)ー代替休暇制度についてー

2023年 9月 13日

従業員に対して残業を命じた場合には、割増賃金の支払いが必要です。しかし、一定の条件を満たす場合には、割増賃金の支払いに代えて休暇を与えることが認められています。

当記事では、代替休暇制度について解説を行っています。代替休暇制度について理解を深めたい方は、是非参考にしてください。

1.中小企業にも50%の割増率が適用

1日8時間及び週40時間を超える残業を従業員に行わせた場合には、基本となる賃金に加え割増賃金の支払いが必要です。残業における割増率は原則25%ですが、月60時間超の残業を行わせた場合には、50%の割増率が適用されます。

これまで50%の割増率が適用されるのは、大企業のみでした。しかし、令和5年3月までの猶予期間が終了したことにより、現在では中小企業に対しても50%の割増率が適用されています。

2.代替休暇制度の概要

本来従業員に対して残業を行わせた場合には、残業代として割増賃金を支払わなくはなりません。もし、割増賃金の未払いなどがあれば、労働基準法により罰金や懲役が科される恐れもあります。しかし、「代替休暇」と呼ばれる制度を利用すれば、割増賃金の支払いに代えて休暇を与えることが可能です。

代替休暇制度は、本来支払いが義務付けられている割増賃金の代替として休暇を与える制度です。もっとも、全ての残業時間に対する割増賃金を休暇に代えられるわけではありません。また、利用するには、一定の条件を満たす必要があります。

代替休暇制度の目的

代替休暇制度は、平成22年の労働基準法改正による割増率の引き上げとともに導入されました。割増率の引き上げは、長時間労働抑制のために導入されたものです。割増率を引き上げることで経済的な負担を増やし、長時間労働を抑制することが狙いです。長時間労働は、従業員の心身に強い負荷を掛けてしまいます。そのため、長時間労働を抑制することは、従業員の健康の保持増進につながります。

代替休暇制度も従業員の健康のために導入された制度です。休暇を与えることで疲労の蓄積を防ぎ、心身をリフレッシュさせることができます。また、企業は代替休暇制度を利用することで、割増賃金の支払いによる経済的負担を減らすことも可能です。代替休暇制度は、従業員の健康の保持増進と、企業の経済的負担軽減が可能な一石二鳥の制度といえるでしょう。

3.代替休暇制度を利用するためには

代替休暇は、無制限に利用できる制度ではなく、利用に際しては一定の制限が課せられています。本項では、代替休暇制度を利用するための条件について解説を行います。

(1)取得は任意

割増賃金の支払いは、企業にとって大きな経済的負担となっています。そのため、「割増賃金を支払わなくて良いのであれば、是非代替休暇を利用したい」と考える経営者もいるかも知れません。しかし、代替休暇制度を利用するか否かは従業員の選択に委ねられています。企業が取得を強制することはできません。

(2)労使協定の締結が必要

代替休暇制度を利用するためには、労使協定の締結が必要です。労使協定とは、会社と従業員代表等の間で取り交わされる約束事を契約した書面です。残業や休日出勤を行う際に必要となる36協定などが、労使協定の代表例となります。

労使協定は、会社に労働組合(従業員が労働条件の維持向上を目的として組織する団体)が組織されていれば、労働組合と締結します。しかし、近年では労働組合の組織率が低下しており、労働組合が存在する会社は多くありません。そのため、一般的には挙手や投票など民主的方法で選ばれた従業員代表との間で締結することになるでしょう。また、36協定は締結後に行政官庁へ届け出る必要がありますが、代替休暇の労使協定は届け出ることを要しません。

(3)対象となる残業時間

既に述べた通り、代替休暇は全ての残業時間に対して利用できるわけではありません。代替休暇として与えることができる時間は、月60時間を超え、50%の割増率が適用される残業時間に限られます。これまでは、大企業のみが50%の割増率の適用を受けていましたが、令和5年4月からは中小企業も対象となっています。そのため、中小企業も代替休暇制度を利用できるようになり、同制度は企業規模を問わず、全ての企業で利用可能となっています。

(4)代替休暇の単位

代替休暇は、1日又は半日を単位として与えなくてはなりません。これは、細切れのような時間では従業員の休息につながらないために設けられた制限です。また、同制度での半日とは、原則として所定労働時間の半分を指します。

平成22年の労働基準法改正では、割増率の引き上げや代替休暇と併せて、年次有給休暇(有給)の時間単位取得が認められるようになりました。しかし、代替休暇においては、1日又は半日単位の取得が必要であり、時間単位の取得が認められません。代替休暇の時間単位取得は、仮に従業員の希望があっても認められないため、注意が必要です。

(5)換算率

代替休暇として与えられる時間数の計算には、「換算率」が使用されます。換算率とは、従業員が代替休暇を取得しなかった場合に支払われる割増率と、代替休暇を取得した場合に支払う割増率との差に相当する率を指します。

一読しただけではわかりづらいでしょうが、簡単にいえば、60時間超の割増率である50%と通常の割増率である25%の差が換算率です。つまり、50%-25%の計算結果である25%が換算率として用いられます。代替休暇として与えることができる時間数は、換算率を用いて以下のように計算できます。

月60時間超の残業時間数×換算率(25%)=代替休暇として与えることができる時間数

(6)与えることのできる期間

代替休暇は、残業時間が1か月において60時間を超えた月の末日の翌日から2か月以内を取得できる期間としなければなりません。いつでも自由に取得できるわけではないため、注意しましょう。

代替休暇制度は、従業員の心身の休息のために設けられた制度です。そのため、できる限り長時間労働から近接した期間に取得することが望ましいと考えられ、このような制限が設けられています。

(7)50%以上で計算した割増賃金の支払いが不要となる時間

従業員が代替休暇を取得した場合、月60時間を超えて労働させた時間のうち、「従業員が取得した代替休暇の時間数を換算率で除して得た時間数の時間」について、50%以上の割増率で計算した割増賃金の支払いが不要となります。基本となる25%部分の割増賃金の支払いは、代替休暇を与えても必要である点に注意しましょう。

文章では、少々わかりにくいため、計算式で表しましょう。次のような計算式で、割増賃金の支払いが不要となる時間数を計算可能です。

従業員が取得した代替休暇の時間数÷換算率(25%)=50%以上で計算した割増賃金の支払いが不要となる時間数

代替休暇のイメージとしては下記の表のようになります。

代替休暇のイメージ

4.具体的な計算例

概要や条件の説明が済んだため、具体的な事例に合わせて計算してみましょう。今回は、所定労働時間が8時間の従業員に、76時間の残業を行わせた場合を想定します。

60時間を超える労働時間は、76時間と60時間の差である16時間となります。この時間に換算率(25%)を乗じることで、代替休暇として与えることができる時間数が計算可能です。また、取得時間数を換算率で除すことで、50%以上で計算した割増賃金の支払いが不要となる時間数を計算します。具体的な数字は、以下のようになります。

換算率:50%-25%=25%
代替休暇として与えることができる時間数:(76時間-60時間)×0.25=4時間
代替休暇を取得した時間数:4時間
 ※50%以上で計算した割増賃金の支払いが不要となる時間数:4時間÷0.25=16時間

本事例では、代替休暇制度を利用しなければ、76時間のうち60時間について25%、16時間について50%で計算した割増賃金の支払いが必要でした。しかし、代替休暇制度を利用することで、全体である76時間について本来の25%で計算した割増賃金の支払いのみで足りることになっています。また、従業員は支払いを受けなかった割増賃金に代えて半日単位である4時間の休暇を取得しています。

残業代の計算は、時間当たりの賃金に割増率を乗じて計算します。そのため、本事例で1時間当たりの賃金が1,000円の場合であれば、次のような残業代の支払いが生じていました。なお、残業代には基本となる100%分の賃金が含まれます。
 1,000円×125%×60時間=75,000円
 1,000円×150%×16時間=24,000円
 合計すると99,000円となります。

しかし、代替休暇制度を利用すると支払いは次のようになります。
 1,000円×125%×60時間=75,000円
 1,000円×125%×16時間=20,000円
 合計すると95,000円となります。

つまり、代替休暇制度の利用により、支払いに4,000円の差が出ることになります。一人分としては大きくないかも知れませんが、従業員の数が多い企業になれば、その差は数十万円や数百万円になるでしょう。

また、本事例では、与えられる時間数が足りないため、半日単位(4時間)でしか代替休暇を取得できません。しかし、仮に60時間を超える労働時間数が、倍の32時間であれば、1日単位(8時間)での取得も可能になります。

5.相談窓口

当記事で紹介した代替休暇をはじめ、労働基準法には複雑な制度が数多く存在します。また、労働基準法をはじめとした労働関係法令は改正の多い分野でもあり、付いて行くのが難しいと感じている方も多いのではないでしょうか。

もし賃金や労働時間などで悩んだ場合には、最寄りの労働基準監督署に相談すると良いでしょう。また、労働問題について相談したいが、どの分野に該当するか分からない時には、労働基準監督署や都道府県労働局に設置された総合労働相談コーナーを利用可能です。他にも厚生労働省の委託事業として、「労働条件相談ほっとライン」が設けられており、無料で専門知識を持つ相談員に相談することが可能となっています。

労働基準監督署や労働局は、従業員が相談する場所というイメージがあるかも知れませんが、従業員と経営者双方が利用可能となっています。これは労働条件相談ほっとラインも変わりません。また、厚生労働省や労働局のホームページには、法改正に関するQ&Aなどが掲載されている場合があります。相談と併せて利用することで制度への理解が深まるでしょう。

また、社会保険労務士会が無料相談会や中小企業経営者向けセミナーを開催している場合もあります。社会保険労務士は、労働基準法をはじめとした労働関係法令の専門家であり、積極的に活用しましょう。

6.代替休暇を活用しよう

代替休暇は、従業員の健康の保持増進だけでなく、人件費の削減にもつながる制度です。長時間労働は、従業員の心身の健康を蝕みパフォーマンスを低下させます。できる限り、長時間労働を抑制するとともに、代替休暇制度を活用して、従業員の健康の保持増進に努めましょう。

監修

涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文