法律コラム

改正労働基準法(第4回)ー賃金のデジタル払いについてー

2023年 11月 15日

賃金は労働者の生活に直結するため、非常に重要な労働条件です。労働者の生活を保障するためにも、正確に計算し支払わなければなりません。賃金は通常現金で支払われますが、一定の場合には、小切手等で支払うことも認められるなど、例外も存在します。

当記事では、賃金支払い原則の例外となる「賃金のデジタル払い」について解説を行っています。デジタル払いの導入を考えている企業担当者の方は、是非参考にしてください。

1.賃金の基本

賃金のデジタル払いの解説の前に、前提となる賃金の基本について解説を行います。

労働基準法において、賃金とは賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払う全てのものを指しています。要件として、労働の対償として使用者から支払われることが必要です。

旅館やホテルの従業員は、サービス提供のお礼として宿泊客から奉仕料(チップ)を貰うことがあります。日本ではあまり馴染みのないチップですが、欧米では一般的な制度です。ただし、現在では訪日外国人も増えているため、チップについて目にする機会も多くなっているかも知れません。

旅館やホテルの従業員が宿泊客から貰うチップは、使用者が支払うものではないため、原則として労働基準法上の賃金には該当しません。ただし、同じチップでも使用者が客から一律に集めて、従業員に分配する奉仕料分配金は、使用者が支払うものとして労働基準法上の賃金に該当します。労働基準法上の賃金に該当するか否かは、名称ではなく実態を見ることが必要です。

2.賃金支払いの五原則

労働基準法は、賃金を「①通貨で、②直接労働者に、③その全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて」支払わなければならないとしています。このような原則を賃金支払の五原則と呼びます。五原則には、例外が存在しているため、次項から原則の内容とともに解説します。

(1)通貨払いの原則

賃金は、通貨で支払わなければなりません。ただし、法令もしくは労働協約(労働者と使用者の間で結ばれた労働条件などについての取り決め)に別段の定めがあれば、通貨以外に支払うことも可能です。

そのため、通勤手当等の形ではなく、通勤定期券のような現物で支給する場合には、労働協約の定めが必要となります。また、使用者は、労働者の同意を得た場合には、退職手当を銀行振出小切手で支払うことも可能です。

多くの企業において、賃金は銀行振込の形で支払われています。このような銀行振込も、労働者の同意を得たうえで行っているため、許されています。そのため、労働者の同意を得ず、一方的に銀行振込とすることは許されません。

(2)直接払いの原則

賃金は、直接労働者に支払うことが必要です。そのため、賃金を労働者の代理人等に支払うことは認められません。労働基準法は、このような原則を定めることで、第三者への賃金支払いを禁止し、中間搾取を予防しています。

賃金は、労働者本人に支払うことが原則ですが、本人に支払う場合と同様の効果を生じる者への支払いは禁止されていません。本人が病気であるときなどに、生計を同じくする妻子等に支払う場合などが該当します。

派遣労働者が雇用されているのは、派遣先ではなく派遣元です。そのため、使用者となる派遣元が直接派遣労働者に支払うことが原則となります。ただし、派遣中の労働者の賃金を派遣先経由で手渡すだけのことであれば、直接払いの原則に違反しません。

(3)全額払いの原則

賃金は、その全額を支払わなければなりません。ただし、法令に別段の定めがある場合や、労使協定(労働者と使用者の間で取り交わされた約束を書面で契約した協定)がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことが可能です。

給与から所得税や社会保険料を天引きすることが許されているのは、法令に定めが存在するからです。また、労使協定を締結していれば、社宅費や寮費、旅行積立金等を控除して賃金を支払うことができます。

なお、欠勤や早退、遅刻した場合の賃金控除は、労働の提供がなかった限度で賃金を支払わないだけのことであり、全額払いの原則に違反しません。

(4)毎月1回以上払いの原則/一定期日払いの原則

賃金は、毎月1回以上一定の期日を定めて支払うことが必要です。ただし、賞与(ボーナス)や1か月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当や勤続手当等は例外となります。

一定の期日とは、特定できることが必要となります。そのため、月給制の場合で給与支払い日を第2金曜日のように定めることは認められません。このような定め方では、カレンダーによって、11日や14日のように変動してしまいます。一方で「毎月20日」や「月の末日」のような定め方は特定可能なため問題ありません。また、週給制の場合であれば、「金曜日」のように定めることも可能です。

3. 賃金のデジタル払い解禁の背景

これまでであれば、賃金支払いの方法として手渡しや銀行振込等しか認められていませんでした。しかし、令和5年4月から賃金を現金ではなく、電子マネーで支払うことを認める「賃金のデジタル払い」が解禁されています。通貨払いの原則の例外として、デジタル払いが追加された形となります。デジタル払いの解禁により、これまでよりも柔軟な賃金支払い方法が選択できるようになりました。

(1)キャッシュレス決済普及率の低い日本

年々キャッシュレス決済の普及が進んでいるとはいえ、日本における普及率は2021年で32.5%に留まっています。アメリカやイギリス、フランスなど欧米主要各国の普及率が、40%~60%程度であることを考えれば、低い普及率であるといえるでしょう。

また、アジアに目を向ければ、韓国の93.6%、中国の83.0%など、日本とは比較にならない程キャッシュレス決済が普及している国を見つけることができます。このような状況を受けて、政府は2025年までに40%程度、将来的には80%を目指すという方針を打ち出しています。デジタル払いの解禁は、キャッシュレス決済普及のための施策の一環でもあります。

参考:経済産業省「キャッシュレス更なる普及促進に向けた方向性」

(2)労働者のニーズ

デジタル払い解禁の理由は、政府のキャッシュレス決済普及促進のほかにも労働者側から一定のニーズがあったことも挙げられます。令和2年に公正取引委員会が公表した「QR コード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」によれば、「ノンバンクのコード決済事業者のアカウントに対して賃金の支払が行えるようになった場合、自身が利用するコード決済のアカウントに賃金の一部を振り込むことを検討するか」という問いに対して、39.9%が「検討する」と回答しています。この回答からも賃金のデジタル払いには、労働者側の一定のニーズがあることがうかがえます。

参考:公正取引委員会「QR コード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」

(3)外国人労働者の存在

現在の日本において、外国人労働者の存在は決して珍しいものではありません。外国人の上司や同僚、部下がいるといった方も多いでしょう。しかし、全ての外国人が銀行口座を持てるわけではありません。

外国人が銀行口座を開設するには、住民票の取得や在留期間など、様々なハードルが存在します。一般的に外国人は、日本人よりも口座開設が困難であるといえるでしょう。そのため、賃金の支払いを銀行振込としている企業では、外国人への賃金支払いを手渡しとしなければならない場合もあります。

デジタル払い解禁により、口座開設が困難な外国人に対して、デジタル払いという選択肢が提示されることになりました。デジタル払い解禁による支払い方法の多様化は、外国人労働者に対する雇用のしやすさにも繋がっています。

少子高齢化の進展により、労働力人口の減少が続く日本では、外国人労働者の受け入れは喫緊の課題です。給与支払い方法を含め、外国人労働者が働きやすい環境を整備することは、人手不足解消にも繋がるでしょう。

4. 資金移動業者

賃金のデジタル払いは、厚生労働大臣が指定する「資金移動業者」の口座へ資金移動する形で行います。資金移動業者とは、銀行以外であって、通貨をデータに変換し、電子マネーとして資金移動や支払いを行う登録業者を指します。

令和5年7月31日現在において、82社が資金移動業者として登録を受けています。多くのサービスがデジタル払いに利用可能ですが、PayPay株式会社の「PayPay」やLINE Pay株式会社の「LINE Pay」などが代表例です。今後は、これらのサービスを利用した賃金支払いが可能となるため、労働者の利便性も向上するでしょう。

参考:金融庁「資金移動業者登録一覧」

5. 賃金のデジタル払い導入における注意点

デジタル払いを導入するには、いくつかの注意点が存在します。次項から項目を分けて解説します。

(1)デジタル払いは義務ではない

既に解説した通り、賃金支払いを銀行振込の形で行うには、労働者の同意が必要です。デジタル払いも同様であり、労働者の同意(希望)がなければ行うことはできません。あくまで労働者の利便性の向上や確実な支払いのための制度であることに注意しましょう。

デジタル払いの強制は、労働基準法違反となり、同法120条1号によって30万円以下の罰金が科せられる恐れもあります。導入の際には、しっかりと労働者に対してヒアリングを行うことが必要です。

労働者がデジタル払い導入を希望しても使用者が応じる義務はなく、制度導入は任意となっています。しかし、デジタル払いを導入すれば、自社の先進性を示すことにも繋がるため、検討の余地はあるでしょう。

(2)上限額がある

デジタル払いが解禁されたからといって、賃金の全てを電子マネーで支払うことができるわけではありません。口座の上限は100万円以下に設定されており、超過する部分は労働者の指定する銀行口座に対して、自動的に出金されます。

(3)労使協定や同意が必要

デジタル払いを導入するには、労使協定の締結が必要です。また、口座上限額などの事項を説明したうえで、労働者から個別の同意を得ることも必要となります。同意書に決まったフォーマットはありませんが、厚生労働省が様式例を公表しているため、参考にすると良いでしょう。

参考:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」

(4)全ての電子マネー等が利用できるわけではない

デジタル払いに利用可能なサービスは、現金化できることが条件となっています。そのため、現金化できないポイントや仮想通貨を賃金支払いに利用することはできません。導入の前に労働者に対して、しっかりと説明しておきましょう。

(5)手間が増える可能性もある

デジタル払いは、賃金の全額を対象とする必要はなく、一部のみを対象とすることも可能です。そのため、30万円の賃金のうち15万円を銀行振込とし、残りの15万円をデジタル払いにするといったことも可能となります。また、どの資金移動業者のサービスを利用するかは労働者の自由です。

全ての労働者に対して一律賃金全額を、特定の資金移動業者を利用して支払うのであれば、それほど面倒はないでしょう。しかし、「A業者に3分の1」や「B業者に半額」といった個々の労働者ごとに異なった業者や割合を選択する可能性もあります。

賃金のデジタル払いは、労働者にとって選択肢が豊富になる一方で、使用者側にとっては、支払いの手間が増えることに繋がる可能性もあります。

(6)サービスが破綻する恐れ

支払い方法として選択した資金移動業者が、破綻する可能性もゼロではありません。万が一破綻した場合には、保証機関から弁済が行われますが、手続き等の手間が掛かってしまい、即弁済されない恐れもあります。

6.おわりに

賃金は、労働者にとって最重要ともいえる労働条件です。それだけに労働者の関心も高く、デジタル払い解禁には注目が集まっています。もし、自社へのデジタル払い導入を考えているのであれば、当記事を参考に労働者に制度を説明するようにしてください。

監修

涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文