業種別開業ガイド
パン屋(ベーカリー)
2021年6月16日
トレンド
(1)家庭でのパンの消費は増加傾向
日本食糧新聞の推定によれば、2019年のベーカリー市場規模は前年比約4%減の3,700億円に縮小しているものの、高品質の材料にこだわった「高級食パン店」が人気となり各地で出店が相次ぐなど、注目を集めた。総務省の家計調査(二人以上の世帯)によれば、2019年におけるパンの1世帯当たり年間支出金額は32,164円で前年比5.2%増、食パンに限っては9,912円で前年比6.1%増となっており、家庭でのパンの消費は増加している。
(2)コロナウイルス対策でパンの個包装販売が広がる
2020年5月、小売業の業界12団体より「小売業の店舗における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」が発表された。その中の「惣菜・ベーカリー等、顧客が自ら取り分ける販売方法についてはパック・袋詰め販売へと変更する」を受け、ベーカリーでは店頭販売するパンの個包装化や、透明カバー装着などの動きが広がっている。包装用のビニール袋のコストやパンを1つずつ袋詰めする手間など店側の負担は増えるが、客の不安を取り除き、来店を促すために行う店が多いとみられる。
(3)アプリで予約注文
新型コロナウイルス感染拡大の中、来店者減少に悩む個人経営のベーカリーの支援として開発された前日予約注文用のスマホアプリなどが話題となっている。店内混雑の軽減や来店者の店内滞在時間短縮によって感染拡大防止につながるほか、フードロスを削減できるといったメリットもある。
(4)パンのサブスクリプション
パンのネット通販にも、定額料金を支払うことで一定期間サービスを受けられる「サブスクリプション」スタイルが登場している。2020年2月から始まった「パンスク」は、月額3,990円(送料・税込)で毎月全国から違うベーカリーのパンが数種類詰め合わせで届けられるもので、立ち上げから約3ヶ月で利用者が2,000人超となるなど人気を集めている。パンは焼きたてを急速冷凍した状態で配達され、自然解凍してからオーブントースターで焼いて食べる。
ビジネスの特徴
パン屋(パン小売業)の業態は、外部から仕入れたパンを販売する「仕入販売型」と、店内でパンを焼いて販売する「ベーカリー型」の2種類がある。近年では「ベーカリー型」が消費者の人気を得て主流となっている。また、製造販売だけでなく、店内のカフェスペースで飲食可能なイートインスタイルの店舗も多く見られる。
「ベーカリー型」は、パンの製造方法によってさらに種類が分かれる。
(1)オールスクラッチ製法
原材料を仕入れ、パン生地の製造、成型、焼き上げまでの全工程を店内で行う。
その店独自の商品を開発し、個性が発揮できる。全工程を店内で行うため、ある程度の広さや設備が必要であり、初期投資がかかる。また、パン職人として熟練していることが求められる。
(2)ベイクオフ製法
冷凍されたパン生地を仕入れ、店内で成型、焼き上げを行う。
(3)QBD製法
冷凍された成型済みのパンを仕入れ、店内では焼き上げのみを行う。
(2)と(3)ともに店内での作業が少なく、広さや設備も(1)よりは必要でないため、初期投資が抑えられる。高度なスキルも不要であり、一定の品質を保った製品を提供できる反面、独自性には欠ける。
開業タイプ
開業タイプは、主に下記のタイプがある。
(1)有店舗型
パン作りの技術を身につけた上で、自身のコンセプトに基づいた商品を開発し、販売する。店主のカラーを出せるオールスクラッチ製法の店舗が代表的である。
(2)フランチャイズ開業型
ベーカリーのフランチャイズチェーンに加盟し、出店する。ベイクオフ・QBD製法の店舗がほとんどであり、厨房での作業は少ないため、必要とするスキルは短期間で習得可能である。販売する商品や運営方針はフランチャイズ本部が決定し、店主の独自性は出しにくい。
(3)無店舗型
オールスクラッチ製法だが自分の店舗は持たず、シェアキッチンなどの設備を使って製造する。定期的に決まった場所で販売したり、マルシェ、フリーマーケット、イベントなどに出店したりするほか、ネット通販で販売するといったタイプもみられる。認知度を向上させ顧客の定着に成功すれば、(1)に移行することも可能である。
開業ステップ
(1)開業のステップ
(2)必要な手続き
ベーカリー開業に必要な許認可は、製造販売するパンの種類や、イートインスペースの有無によって異なるが、代表的なものは下記の3つとなる。また、自治体により基準が異なる場合もあるので、管轄の保健所に確認する。
店舗工事着工の前までに保健所に事前相談に出向き、施設基準の確認を行っておく。工事完了までに必要な書類を提出し、店舗完成後の検査で基準を満たしていれば営業許可が下りる。
また、個人開業の場合は、営業許可を得た後に税務署への開業申請を行う。
a.食品衛生責任者資格
食品を扱う店舗ごとに有資格者1人が必要となる。都道府県が管轄する養成講習会を受講することで取得できる。
b.菓子製造業許可
食パン、菓子パンの製造販売を行う場合に必要。
c.飲食店営業許可
サンドイッチなどの調理パンの製造販売を行う場合、店内にイートインスペースを設置する場合に必要。
メニュー、商品の品揃えなど
ベーカリーで販売するパンには、主食となる食パンやロールパンのほか、菓子パン、惣菜パン、サンドイッチなど多くの種類がある。最近では材料や製法にこだわった高品質化がトレンドとなっている。
オールスクラッチ製法のベーカリーの場合、店のコンセプトやターゲットを明確にし、それに基づいて主力となる商品を中心に品揃えを行うことが重要である。トレンドを踏まえながらも自店ではどのような商品が顧客に支持されているかを把握し、定番となる商品を育てながら差別化を図っていく取り組みが必須となる。
必要なスキル
オールスクラッチ製法のベーカリーを開業する場合は、生地作りから焼き上げまでの全工程について熟達した技術が必要となる。小麦粉をはじめとする原材料についても広範な知識が求められる。ベイクオフ・QBD製法の場合は、生地作りは行わず成型や焼き上げ作業のみとなるため、オールスクラッチ製法ほど多くの知識やスキルを必要としない。店舗運営においては、いずれの場合も経営に関する知識、接客スキルが不可欠となる。
パン職人に関わる資格では、国家資格に「パン製造技能士」「製菓衛生士」「菓子製造技能士」、民間資格に「パンコーディネーター」「パンシェルジュ検定」がある。国家資格については、受験資格として実務経験もしくは養成施設での学習が必要となる。
開業資金と損益モデル
(1)開業資金
ベーカリーに必要な厨房設備は、生地づくりに必要なホイロ(発酵機)、ニーダー(生地こね機)、モルダー(ガス抜き・成型機)のほか、オーブン、冷凍・冷蔵庫、ガスコンロ、作業台、パンラックなどである。さらに店舗設備として、エアコン、商品陳列用の棚、冷蔵ショーケース、POSレジなどがあり、イートインスペースを設ける場合は、テーブルや椅子も必要となる。また、店舗とする物件によっては内外装工事費が必要である。そのほか、広告宣伝費、包装資材などの消耗品費、経営が安定するまでの運転資金なども準備する必要がある。
初期投資を抑える手段として、元ベーカリーの居抜き物件の活用や、中古機器の購入などを検討したい。また、タブレットやスマホなどのモバイル端末にインストールするPOSレジアプリは導入コストが低い上、売上管理・分析機能も備えており業務効率化にもつながる。
【店舗面積20坪程度の店舗を出店する際の必要資金例】
(2)損益モデル
a.売上計画
年間営業日数、1日あたりの客数、平均客単価を以下の通りとして、売上高を算出した。
b.損益イメージ
標準財務比率(※)を元に、法人形態の場合の損益のイメージ例を示す。なお、売上原価には製造にかかわる人件費を含めている。
※標準財務比率は菓子小売業(製造小売)に分類される企業の財務データの平均値を掲載。
出典は、東京商工リサーチ「TSR中小企業経営指標」。
c.収益化の視点
多くのアイテムをリーズナブルな価格で提供するベーカリーでは、第一に顧客を獲得し、来店頻度を上げていくことが収益化につながる。そのためには、ターゲットとなる顧客のニーズに合った商品構成となっているとともに、店独自のオリジナリティが発揮された商品が常に揃っていることが求められる。
新型コロナウイルス感染拡大の影響の収束が見えない中で来客を促すには、感染対策を万全に行うなど、顧客が安心して買える環境となっていることが重要である。来店客の回復が思わしくない場合は、ネット通販を活用するなど新規の販売チャネルを開拓することも1つの手段である。遠方の顧客にアピールしていくためにも、ホームページやSNSを通じた情報発信は欠かさず行いたい。
※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)