業種別開業ガイド
ハイヤー・タクシー会社
2024年 5月 22日
トレンド
近年はサステナブルな(持続可能な)考え方が浸透し、モノは持たずに必要なときにレンタルやシェアをするというスタイルが広がりつつある。ハイヤー・タクシーはこういった消費者動向に対応できる業種だ。
ハイヤーは運転手付きの貸し切り乗用車のことで、営業所を拠点に完全予約制で「個別輸送機関」として運営している。タクシーは街中での流しや無線、タクシー乗り場で利用者を乗せる「公共交通機関」として営業する。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により人々の移動が制限され、ハイヤー・タクシーの利用客が激減した。コロナ禍の規制が緩和され社会経済活動が再開される中で、市場にも回復の兆しがみられる。
コロナ禍でも、ハイヤー・タクシーは人々の日常生活を維持するためにさまざまなサービスを生み出した。食品のデリバリーや買い物代行、ワクチン配送、洗濯代行、お墓参りサポートといったこれまでにないサービスを提供している。
一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会の「in Japan 2023」では、アフターコロナの展開として地域のニーズに応じた機動的なサービスを紹介している。例えば、出産時だけでなく定期検診にも利用できる「妊婦応援タクシー」や、子どもだけで乗車可能な「育児支援タクシー」、介護資格を持つ乗務員や同乗するヘルパーが乗降介助する「介護タクシー」、買い物代行や病院予約など柔軟に対応する「便利タクシー」、レストランの料理を届ける「タクシーデリバリー」など、さまざまなサービスを提案している。
今後は、国内旅行やインバウンド(訪日外国人旅行)需要の回復が見込まれる。各地で観光ガイドタクシーの認定を受けた乗務員による「観光タクシー」、空港への送迎や観光ルート別の「定額タクシー」、車いすのまま乗車できるなど誰もが乗り降りしやすいユニバーサルデザイン(UD)タクシーや優良タクシーなどの専用乗り場の設置、外国人対応研修の拡大といった施策も展開される。
高齢化が進む地域では、国や自治体と連携して、乗合タクシーやデマンド(要求)型の運行サービスを実施している。利用者が減少したバス路線を廃止・縮小し、代わりにデマンド交通の停留所を市内約600カ所に設置した例もある。高齢者の外出機会を増やし、健康増進にも寄与する取り組みだ。
このようにハイヤー・タクシー業界では、利便性を考えた多角的なサービスを生み出し続けている。
近年のハイヤー・タクシー会社事情
コロナ禍を経て利用者のライフスタイルが変化する中、ハイヤー・タクシー業界も過渡期を迎えている。以下、ハイヤー・タクシー業界の課題をまとめた。
(1) 運転手不足の深刻化
全国のハイヤー・タクシー会社で働く運転手の数は、コロナ禍の影響や高齢化による離職が相次ぎ、2021年3月末時点で221,849人とコロナ禍前から約20%減少した。
外出機会の増加やインバウンド数の回復により、ハイヤー・タクシー利用者の需要が増えている中で、運転手不足で稼働できるタクシーが足りていない。特に高齢者にとっては、買い物や病院へ行く重要な交通手段であるため、深刻な問題となっている。
コロナ禍で大きな打撃を受けたハイヤー・タクシー会社では、さらに燃油価格の高騰で収益が圧迫され、賃上げをしたくても厳しい状況となっている。人材確保に向け、働きやすい勤務体系や福利厚生といった待遇面の改善を図る会社もある。
(2) デジタル化の推進
国土交通省では「旅客自動車運送事業のためのデジタル化の手引き」を作成し、生産性向上や働き方改革、利用者サービス向上実現のためにデジタル機器の活用を推進している。
都市部では、スマートフォンの配車アプリによる依頼が増えている。民間の調査によると、2020年末の利用者数は858万人と推計されており、2023年末には1,573万人と予測されている。
しかし、電話での配車依頼や流しによる乗車がなくなるわけではない。さまざまな利用者に対応できるよう配車効率を高めるため、クラウド型配車システムを導入しているケースも増えている。これは配車センターを1つに集約し、他社と共同でシステムを利用する仕組みだ。車両の稼働率向上や売上増加といった効果の他に、設備やオペレーターの共有でコスト削減につながる。
(3) ライドシェアの導入
日本では国土交通省が定める道路運送法により、一般ドライバーが自家用車を使って有料で人を運ぶことは禁止されている。しかしタクシー不足が深刻化する中、政府は新たな制度を創設し条件付きでライドシェア(自家用車の所有者と自動車に乗りたい人を結びつける移動手段のこと)を解禁する方針だ。安全な輸送サービス制度を設計する上で、ハイヤー・タクシー会社は重要な立ち位置にいる。
(4) 社会貢献、環境対策
「タクシーパトロール」や「救援・救急タクシー」「火災予防通報協力タクシー」など、地域を行き来するハイヤー・タクシーならではの取り組みで社会に貢献している。また、政府は高齢者やハンディキャップを持つ人の移動の利便性や安全性を高めるために、UDタクシーの導入を促進しており、導入補助や税制優遇措置を行っている。
環境対策としては、タクシーの約8割は環境に優しいLPG(液化石油ガス)車を使っているが、2030年度までにタクシー車両の40%を低燃費のHV(ハイブリッド)車またはEV(電気自動)車に代替えを進め、2010年度比25%のCO₂を削減する目標を掲げている。
ハイヤー・タクシー会社の仕事
ハイヤー・タクシー会社での仕事は主に「ドライバー業務」「配車業務」「総務事務」「運行管理業務」に分けられる。それぞれの具体的な内容は以下の通り。
- ドライバー業務:運転、接客、運行記録、点検、清掃などを行う
- 配車業務:利用客からの依頼を受け、配車の手配をする
- 総務事務:総務、人事、経理などの事務作業、問い合わせ対応などを行う
- 運行管理業務:運行計画の策定、勤怠管理、ドライバーサポートを行う
なお、個人タクシーは個人事業主として、1人で上記の業務を行う。
ハイヤー・タクシー会社の人気理由と課題
人気理由
- 高齢化やインバウンドの回復により需要が高まっている
- 地域のニーズに合わせた施策でビジネスを拡大しやすい
- 人々の利便性を追求することで社会貢献につながる
課題
- 需要がある地域への参入
- システム導入による業務の効率化
- 人材の確保・育成、労働環境の整備
開業のステップ
法人か個人かによって手続きは異なる。詳しくは、開業する地域の地方運輸局で確認すると良い。
<参考>
例として、法人事業新規開業の基本的な流れは、以下の通り。
ハイヤー・タクシー会社に必要な資格や許可
ハイヤー・タクシーの法人事業を営むには、一般乗用旅客自動車運送事業の許可が必要だ。許可なく営業した場合は、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が課せられる可能性がある。申請には、営業区域の最低車両数、営業所、車庫、休憩仮眠施設の保有や、車両数に応じて運行管理者や整備管理者を確保しなければならない。
個人タクシーを開業するには、新規で営業許可を受ける「新規許可」と、すでに運営している個人タクシー事業者から権利を譲り受ける「譲渡譲受」の2つの方法がある。タクシー車両が足りていない地域には新規での参入枠が設けられるため、新規許可での開業か、譲渡譲受で開業するかが選べる。新規枠がない地域は、譲渡譲受による開業となる。いずれも、年齢や運転経歴、資金計画などの基準をクリアし、さらに試験に合格して認可が得られる。
介護タクシー事業の場合は、別途許可申請が必要となる。介護タクシーは、福祉タクシーと介護保険タクシーがある。福祉タクシーは移動のサポートのみだが、介護保険タクシーは介護サポートも行うため、介護職員初任者研修や介護福祉士など介護系の資格を有している必要がある。
個人タクシーを開業するには、タクシードライバーの実務経験が最低10年必要になる。譲渡譲受の開業を視野に置き、この期間に人脈を作っていくことがポイントだ。
また、開業の際には地域の個人タクシー組合に相談してみるとよい。試験対策や譲渡者のマッチング支援、申請書類の作成支援など、認可に向けてサポートしてくれる。また、開業してからも、確定申告など各種提出書類の作成支援や無線配車ネットワークへの参加、決済サービスのサポートといった営業支援が受けられるので確認してみるとよいだろう。
法人タクシーを開業する場合は、配車アプリや決済システムなど業務効率化についての情報収集とともに、利用者のニーズに応えられるようなサービスの企画や体制も構築したいところだ。ハイヤー・タクシー業が社会貢献につながるという自負を持って臨みたい。
※法人か個人かによって異なるため、詳しくは開業する地域の地方運輸局で確認すると良い。
<参考>
開業資金と運転資金の例
開業に必要な費用としては、以下のようなものがある。
- 車両購入費:営業車両(タクシーメーターや改造費などを含む)
- 什器・備品費:机、椅子、仮眠用布団、車載器、車両整備用品など
- システム導入費:タクシー配車アプリ、ナビゲーションシステム、決済システムなど
- 保険料:自賠責保険料、任意保険料、登録免許税など
- 求人費:求人媒体の利用費など
以下、開業資金と運転資金を表にまとめた(参考)。
法人事業を開業するには、許可申請書に記載する所要資金の50%相当額を上回る自己資金を準備しておく必要がある。
個人タクシーの場合は、必要資金の100%以上の自己資金が確保されていることが条件となる。
また、原則として住居と営業所が同一であることが許可基準となっている。土地、建物(法人は営業所・車庫・休憩仮眠施設、個人は車庫のみ)については、3年以上の使用権原を有する者が開業できる要件となっている。
売上計画と損益イメージ
ハイヤー・タクシー会社を開業した場合の1年間の収支をシミュレーションしてみよう。
年間の収入から支出(上記運転資金例)を引いた損益は下記のようになる。
上記シミュレーションは、全国ハイヤー・タクシー連合会のデータをもとに算出した。地域に合わせた営業時間やサービスを導入すれば、さらに売上アップが見込めるだろう。
ドライバー不足を受け、これまで都市部に限られていた個人タクシーの営業範囲を過疎地でも認めるようになったり、ドライバーの上限年齢が80歳へ引き上げられたりと、さまざまな対策が講じられている。
※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)