ビジネスQ&A
事業承継税制を利用するために株式の集約をしたいのですが、どのようなことに注意して進めればよいでしょうか。
2025年 6月 18日
事業承継税制を利用するには株式の集約が必要だと聞きました。株式集約の際に気をつけるべきことやスムーズに進めるためのポイント、税制利用後の注意点を教えてください。
回答
事業承継税制の適用にあたっては、現経営者と後継者の持株要件が定められています。現経営者は贈与・相続前に同族関係者とともに議決権株式の50%超を保有し、筆頭株主であることが求められ、後継者も承継後に同様の要件を満たす必要があります。特例事業承継税制は令和9年12月31日までの特例措置であり、計画的な準備が不可欠です。また、制度適用後の株式譲渡は税負担の発生リスクがあるため、長期的な保有を前提とした承継計画を早期に策定することが、円滑な事業承継の鍵となります。
1.事業承継税制適用のための持株要件と制度概要
事業承継税制は、中小企業の世代交代を円滑に進めるための制度で、非上場株式の相続・贈与にかかる税負担を猶予し、一定条件を満たせば免除する仕組みです。平成30年度税制改正で創設された「特例事業承継税制」は令和9年12月31日までの時限立法(有効期間を定めている法律)ですが、要件緩和項目が拡大されており、早期株式集約への関心が高まっています。
(1)持株要件の詳細
株式集約において最も重要なのは、現経営者および後継者の持株要件です。現経営者は、贈与・相続の前に代表権を有し、同族関係者(6親等内の血族、配偶者、役員等)とともに発行済議決権株式の過半数(50%超)を保有し、かつその同族内において筆頭株主である必要があります。例えば、取引先や従業員持株会等に株式が分散している場合、現経営者は資金調達により株式を買い集め、50%超の持株割合を確保することが求められます。
一方、後継者は株式の贈与・相続を受けた後に、同族関係者で議決権株式の過半数(50%超)を保有する筆頭株主になることと、代表権を持つことが必要になります。複数後継者(最大3人)を指定できる特例制措置では、個々の後継者が10%以上保有し、後継者全員の合計持株割合が同族内で最大であれば要件を満たします。例えば、後継者A(25%)、B(20%)の合計が45%で、他の親族C(30%)の持株割合を上回れば要件を満たします。
以上の要件を満たすため、事前に株式所有状況を確認し、必要に応じて株式買い取りや贈与等により持株割合を調整する必要があります。株式集約には資金面での準備も重要であり、金融機関との事前相談や資金計画の策定が欠かせません。
(2)制度の概要
一般措置と特例措置の概要は以下の通りです。特例措置の適用には、「特例承継計画」について令和8年3月31日までに都道府県知事の認定を受ける必要があります。
要件 |
一般措置 |
特例措置 |
---|---|---|
特例承継計画の提出 |
不要 |
必要 |
適用期限 |
制限なし |
令和9年12月31日まで |
対象株式上限 |
発行済議決権株式総数の3分の2に達するまで |
制限なし |
納税猶予割合 |
贈与:100%/相続:80% |
贈与:100%/相続:100% |
現経営者株式要件 |
同族関係者内筆頭株主(同族関係者保有の議決権50%超) |
同左 |
後継者株式要件 |
同族関係者内筆頭株主(同族関係者保有の議決権50%超) |
同左(複数後継者の場合、各10%以上保有し、かつ他の後継者を除き同族関係者内で筆頭株主) |
承継後の従業員要件 |
承継後5年間平均で従業員数の80%維持 |
緩和(要件未達でも猶予継続可能) |
特例措置には、適用対象株式数の上限撤廃、納税猶予割合の引き上げ、雇用要件の緩和などのメリットがあります。しかし、期限が限られているため、計画的な準備が必要です。
2.制度適用後の株式譲渡・売却に関する注意点
事業承継税制の適用後、後継者が株式を譲渡・売却することは、猶予されていた税負担が発生するリスクを伴います。制度適用後の株式保有に関わる主な注意点は以下の通りです。
(1)継続要件期間中の注意点
事業承継税制適用後5年間は「継続要件期間」とされ、以下の条件を満たす必要があります。
- 後継者が会社の代表者であり続けること
- 雇用の8割要件をおおむね維持すること(特例措置では緩和あり)
- 承継した株式を保有し続けること
これらの条件に反した場合、納税猶予が取り消され、猶予されていた税額(贈与税・相続税)に加えて利子税を含めた一括納付が求められます。特に株式の譲渡・売却は、即時に猶予取消の原因となるため、継続要件期間中は株式を手放さないことが原則です。
(2)継続要件期間後の注意点
継続要件期間経過後も、株式譲渡には注意が必要です。譲渡した株式の割合に応じて、猶予されていた税額の納付が必要となります。株式の評価額が上昇していた場合、当初の猶予額に加え、その増加分も課税対象となる可能性があります。
例えば、事業承継時に株式を受け取り、贈与税の猶予を受けた後、後にその株式が値上がりした状態で売却した場合、猶予されていた贈与税の納付に加え、株式譲渡益に対する所得税・住民税も課税されます。
また、特例措置では、後継者が株式を譲渡する場合、「株価変動による減額調整」が適用されます。これは、譲渡時の評価額が承継時より低下していた場合は課税額が軽減され、上昇していた場合はその分の税額も納付が必要となる仕組みです。
(3)事業戦略との整合性
事業承継後にM&Aや経営統合などの外部資本導入を検討する場合にも注意が必要です。これらの行為は株式譲渡とみなされ、制度の取消対象になることがあります。したがって、成長戦略として外部資本の活用や株式公開を想定する場合には、事業承継税制との整合性を考慮した事前準備が必須です。
以上のように、事業承継税制を活用する場合は、「承継後の株式長期保有を前提とした事業計画」が求められます。将来的に株式の売却やM&Aを予定している場合は、事業承継税制の適用について慎重な検討が必要です。
3.専門家と連携した事業承継の準備と計画
事業承継税制の適用を受けるためには、綿密な計画と専門家との連携が不可欠です。特に税理士・公認会計士・弁護士・中小企業診断士などと連携し、制度適用に向けた適切な準備を進めることが重要です。
(1)株式集約のための専門的支援
現実には、親族間で株式が分散していたり、過去の相続で未登記株式が存在したりする場合があります。こうした状況で持株要件を満たすためには、贈与・譲渡・買い取りなどの手続きが必要です。これらの行為には、会社法や相続法、贈与税・所得税・譲渡所得税等の幅広い分野の知識を要します。
例えば、親族間で株式を集約する場合、贈与税の負担を考慮した贈与時期の分散や、相続時精算課税制度の活用などの選択肢があります。また、従業員や取引先が保有する株式を買い戻す場合は、適正な株価算定や資金調達計画が必要となります。これらの判断には税務・法務の知識が求められ、専門家のアドバイスが重要です。
(2)特例承継計画の作成と認定申請
特例措置を適用するためには、「特例承継計画」を作成し、令和8年3月31日までに都道府県に提出して認定を受ける必要があります。この計画書には、後継者の具体的な情報、承継時期、承継方法(贈与・相続)、今後の経営体制などを記載し、認定経営革新等支援機関の所見を添えることが求められています。
計画書の作成には、自社の経営状況や株式所有構造の分析、後継者の育成計画、将来の経営ビジョンなど多角的な検討が必要です。専門家の支援を受けながら、実現可能で具体的な承継計画を作成することで、スムーズな制度適用につながります。
(3)長期的視点での事業承継計画
事業承継は一度の取引で完結するものではなく、長期的な視点での計画と実行が求められます。税制面だけでなく、経営面・資金面・人材面など多角的な視点から計画を策定する必要があります。特に以下の点に留意することが重要です。
- 株式の集約には時間と資金が必要であり、計画的な準備が不可欠
- 後継者の育成と権限委譲は段階的に進めることがスムーズな承継につながる
- 株式評価の変動リスクを考慮した上での承継時期の決定
- 将来のM&Aや経営統合の可能性を踏まえた制度選択
以上のように、事業承継税制の活用には、単なる税務対策にとどまらず、会社の現状分析、株式構造の整理、中長期的な経営方針の策定など、多岐にわたる専門的な対応が求められます。早い段階から専門家と協議を進め、制度適用に向けたスケジュール管理とリスク対応を図ることで、制度の恩恵にあずかりながら円滑な事業承継を実現することが可能になります。
- 回答者
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中小企業診断士 小村 聡
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