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新入社員の初任給を上げる場合、既存の従業員の給与も上げるべきでしょうか。

2026年 2月 20日

人材確保のために新入社員の初任給を上げたいのですが、既存従業員全員の給与まで引き上げる余裕がありません。皆が納得する方法はありますか。

回答

新入社員の初任給は公開情報であり、特に年齢の近い若手社員にとって関心の高いテーマです。そのため、先輩社員が「新入社員は自分より優遇されている」と受け止めれば、新人指導に悪影響が及ぶ可能性があります。そこで重要になるのが、経営者による丁寧な説明と、社員が納得できる仕組みづくりです。まず、初任給の引き上げは「人手不足への対応」であり、「既存社員の評価とは別」であることを明確に伝えます。次に、等級制度を導入して昇給基準を可視化し、「能力・職務に応じて賃金が決まる仕組み」を示すことで、納得感を高めることができます。合わせて、スキルマップによる能力評価や、社員への利益還元策についても段階的に説明していくことが望ましいでしょう。

1.まずは経営者からの説明を

初任給を引き上げる理由は、経営者自身が社員に直接説明することが重要です。社内行事や賞与説明会など、社員が集まる機会が適しています。まず、深刻化している求人難という社会的背景や会社の受注見込み、需要予測などを示し、人手不足がいかに切実な課題であるかを説明します。

さらに、

  • 採用が進まなければ既存社員の負担が増える
  • 若手の定着・育成が必要
  • 技術継承が会社の未来を左右する

といった、社員にとっても身近な理由を伝え、共感を得ていきます。

地域の最低賃金や業界平均の初任給に触れることも、社員の理解を促す助けになります。労働集約型企業では「人材確保が会社の存続に直結する」ことを強調してよいでしょう。つまり、初任給アップは経営上の喫緊の課題に対応するための措置であると理解してもらえれば、不満は抑えられます。

2.賃金表を兼ねた等級制度の導入

(1)等級制で昇給を「見える化」する

初任給アップへの不満を抑えるには、社員が納得できる昇給システムを整えることが重要です。その中心となるのが「等級制による見える化」です。従来の年功序列や上司の裁量による評価では不透明になりがちなため、能力と職務を軸に序列化し、その等級に賃金表を紐づける仕組みを導入します。

たとえば1~4等級の中にA~Eランクを設け、必要に応じてa~eの細分化を行えば、数千円単位の昇給幅を設定できます。評価の前提となる能力の測定には、スキルを点数化した「スキルマップ(力量表)」の活用が有効です。最近はクラウド型の便利なツールも普及していますので、詳しくは次項で触れます。

等級制賃金一覧表

(2)職務に応じた適正処遇の実現

等級制は職務の区分とも連動させます。例えば、1等級は新人を含む担当者、2等級が主任・係長、3等級が課長・主任技師、4等級が部長・技師長といった具合です。仮に初任給の引き上げに伴い、新入社員を1-Cとした場合でも、既存社員は自分の等級のみが分かるため、社内のバランスが極端に崩れることはありません。ただし、初任給額を下回る既存社員が生じる場合は、必要に応じて並行して賃金調整を行う配慮が必要です。

社員は入社後、この等級制度の中で成長し、成果に応じて等級が上がります。会社は目標を明確に提示し、管理者とともに面談を行いながら、社員の成長を支えていくことが大切です。

(3)中途採用にも活用できる

中途採用で即戦力を求める場合も、等級制は有効に機能します。例えば、経験豊富な人材に2-B(係長相当)などの等級を提示して採用交渉を進めることが可能です。ただし、採用時点では能力を正確に把握できないため、過度に高い等級を提示しないよう注意が必要です。基本的にランクは後から下げにくいため、年齢や既存社員とのバランスを踏まえて慎重に提示します。

また、給与水準を決める際は、労働分配率(※1)を参考にします。業種によって異なりますが、大企業は40~50%台、中小企業は70~80%台となるケースが多いとされています。業績が上がった場合は、分配率を大企業並みに抑えることで、余った資金を設備投資や福利厚生費に回すことも可能です。

(※1)企業が生み出した付加価値(売上から外部費用を引いたもの)のうち、どれだけが従業員への人件費(給与、賞与、福利厚生費など)として分配されたかを示す割合。「人件費÷付加価値×100」で算出される。

(4)モチベーション向上にも効果的

等級制は、目標達成によってどの程度の報酬が得られるかが明確になるため、期待理論(※2)の考え方に沿った制度設計となります。実際に、日頃の働きが評価され、2-Bから3-Eへ大幅昇格した社員が、昇格後さらに意欲的に行動するようになった例もあります。

(※2)人が「努力すれば望む結果(報酬)が得られる」と期待し、その報酬に価値を感じたときにモチベーションが高まるという考え方。

このように、等級制による賃金表は、自社の業績を見ながらPDCAを回し、徐々に完成度を高めていく仕組みです。導入後は丁寧に社員へ説明し、制度を浸透させることで、納得感と公平性の両立が期待できます。

3.スキルマップの作成と等級制への活用

(1)スキルマップは等級制を支える重要な仕組み

スキル評価は、等級制の昇給判断に大きく影響します。会社にとっては「社員の能力をどう把握するか」「業績とどう結びつけるか」という視点が重要であり、その役割を担うのがスキルマップ(力量表)です。

下図のように、横軸に部署や作業グループ、縦軸に必要なスキルや資格を並べ、1~4点で評価します。たとえば1点は指導が必要なレベル、4点は指導ができるレベルといった形です。資格が必要な作業には「資格がなければ2点以上を付けない」などのルールを設けると、評価に一貫性が出やすくなります。最近はクラウド型ツールも普及しており、更新や閲覧権限の管理も容易です。

スキルマップ

(2)「見える化」は会社にも社員にもメリットがある

スキルマップを導入すると、経営者は自社のスキルの充足度をひと目で把握でき、誰を育成すべきか、どのスキルが不足しているかなどを明確にできます。社員も、自分の評価をクラウドでいつでも確認でき、自己能力のアピールや資格取得の動機づけにつながります。

ただし、等級制への直接的な紐づけは慎重に進めるべきです。力量表は職場ごとに作成されるため、評価点に納得できない社員が出る可能性があります。また、賃金と結びつけることで、管理者が点数から給与水準を推測できてしまうリスクもあります。そのため、スキルマップはあくまで等級制度における参考値として扱う方が安全です。

(3)面談を通じて成長を促し、モチベーションを高める

スキルマップを効果的に運用するには、経営者が評価者とともに定期的な面談を行い、「どのスキルをどのように伸ばすか」を社員と話し合うことが重要です。等級制と同様に、明確な目標設定と定期的な評価を繰り返すことで、社員は自分の成長を実感しやすくなり、モチベーションの維持につながります。

スキルマップの項目や評価方法、評価者は事業や組織の変化に合わせて更新し続ける必要があり、制度そのものを改善していく姿勢が大切です。

4.公平感より「納得感」が得られる仕組みづくり

(1)利益還元は「見える化」が肝

中小企業では、社員へ一律の給与アップを行うことが難しい場合も多くあります。そのため、給与以外も含めた“利益還元の見える化”が欠かせません。等級制の賃金表はその代表例であり、従来の年功序列では示しにくかった「昇給の根拠」を社員に明確に伝える仕組みです。

また、社員への利益還元は給与だけではありません。賞与、特別手当、報奨金なども大切な還元策です。たとえば、半期ごとに目標を設定し、達成したら一定額の賞与を支給する制度を取り入れている企業もあります。さらに、資格取得やチームとして大きな成果をあげた際に、経営者が全社員の前で表彰し金一封を渡すことも、効果的な利益還元です。

(2)金銭以外の還元策も有効

利益還元は金銭に限らず、福利厚生の充実や老朽化した施設の修繕、生産性を高める設備投資・DX化なども含まれます。これらは社員が働きやすい環境づくりに直結し、期待理論の観点からもモチベーション向上につながります。

社員に納得してもらうためには、単なる制度説明だけでなく、「自分たちは大切にされている」「目標を達成すれば認められる」と感じてもらう工夫(パフォーマンス)も効果的です。こうしたメッセージが社員の心理にプラスの影響を与えます。

(3)エンゲージメントを経営の力に

アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した二要因理論では、給与や福利厚生などの「衛生要因」が整っていないと不満が生じやすくなりますが、単に整っているだけではモチベーションの向上にはつながりません。一方、成果が認められることや達成感といった「動機づけ要因」はモチベーションを高め、満足度を大きく向上させます。

この両面をバランスよく整えることで、社員の気持ちの中に「会社への愛着」や「貢献意欲」といったエンゲージメントが生まれます。これは経営者にとって最も重要な成果です。経営者の方は丁寧に説明責任を果たしながら、直接・間接の両面で利益還元を“見える化”する仕組みづくりに取り組んでみてください。

(参考資料)
中小企業庁「2024年版中小企業白書」第1部第3章第3節 生産性
鹿毛雅治『モチベーションの心理学 「やる気」と「意欲」のメカニズム』中央公論新社

回答者

中小企業診断士 澤田 良敬

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