ビジネスQ&A
海外の会社と取引をする際、英語の契約書を作成する必要があるのでしょうか。国内取引と異なる点や注意する点を教えてください。
2025年 10月 15日
海外の企業から「取引をしたい」という連絡を受けましたが、初めてなので不安です。契約書はどんな点に注意して作成すれば良いのでしょうか。また、海外取引をサポートしてくれるような団体はありますか。
回答
海外取引においては、契約自由の原則のもと、当事者の意思で自由に契約条件を決定できます。しかし、国内取引とは異なり、契約書作成時には裁判管轄や知的財産権、輸出管理の留意点に加え、契約言語選択の自由のリスク管理も不可欠です。支援団体や専門家の助力を活用し、信頼性の高い契約書を作成しましょう。
1.海外取引における契約書の必要性と「契約自由の原則」
海外企業と取引を行う際、契約書の作成は非常に重要です。国内取引においても契約書は基本的な役割を果たしますが、海外取引では異なる法体系や商慣習に対応する必要があるため、英語など相手国との共通言語での契約書作成が求められます。特に国際取引では、相手方の国の法律が適用される場合や、紛争解決の手段として国際仲裁が選ばれることも多く、こうしたリスクに対応する明確な条項が含まれている契約書は、ビジネスの安定性を確保する重要なツールです。
契約書の必要性を理解する上で、まず知っておきたいのが「契約自由の原則」です。これは、契約当事者が「誰とどのような内容の契約を結ぶか」を、原則として自由に決められるという考え方です。日本の民法(第521条)にも明記されており、当事者の合意に基づいて、取引条件や方法、紛争解決の手段などを柔軟に決定できる権利が保障されています。契約書の内容は当事者の意思に基づいて自由に設計できるため、商取引の多様化に対応する手段として非常に有効です。
ただし、この自由は無制限ではなく、公序良俗に反しない範囲で認められています。加えて、国内取引と異なり、海外取引では相手国の法律や国際的な商慣習が大きく影響を及ぼす点に注意が必要です。例えば、相手国の法律で契約書の形式や内容に制約がある場合、契約自由の原則はその範囲内でしか機能しません。また、契約条項の解釈も、相手国や国際的な商慣習に基づいて行われるため、国内取引よりも慎重な検討が求められます。
さらに、海外取引の契約書では「裁判管轄」に関する条項に注意が必要です。契約書に日本の裁判所が管轄裁判所として記載されていない場合、紛争が生じた際に日本の裁判所ではなく相手国の裁判所や国際仲裁機関での解決を余儀なくされるリスクがあります。言語の壁や現地の法制度への理解不足が不利に働く恐れもあるため、どの裁判所や仲裁機関が適用されるかは慎重に確認しましょう。
また、知的財産権の帰属に関する条項も非常に重要です。特に、共同開発や技術ライセンスを伴う取引では、成果物やノウハウの権利がどちらに帰属するのかを契約書に明確に定めることが、後のトラブル回避につながります。相手国の知的財産権保護制度を理解した上で、契約書に適切な記載を行うことが求められます。
さらに、輸出管理に関わる条項の確認も不可欠です。輸出規制対象品や技術の提供が含まれる取引では、輸出管理規制(例えば日本の外為法や米国のEARなど)に適合した手続きを行わなければなりません。契約書で取引条件を定める際には、輸出管理規制の適用範囲を明確にし、必要な許可取得や手続きを履行する旨を定めることが重要です。
このように、契約自由の原則は取引の柔軟性を確保する一方で、海外取引では法的リスク管理が欠かせません。契約書の作成にあたっては、裁判管轄や知的財産権、輸出管理といった重要な論点をしっかり押さえ、国内外の法的枠組みを理解することで、自社の権益を守る内容にすることが求められます。
2.英語契約書と「契約言語選択の自由」:国内取引との違い
海外取引を行う際には、相手国との共通言語として英語が使用されることが多くなります。これは、日本語を母国語としない取引先との間で誤解や認識のずれを避けるため、国際的に通用する言語として英語が重視されるからです。このような背景のもと、英語での契約書作成が求められる場面が増加しています。
ここで重要なのが「契約言語選択の自由」という概念です。これは、契約当事者がどの言語で契約書を作成するかを自由に決められる原則を指します。国内取引においては通常、日本語が使用されるのが当たり前ですが、海外取引ではこの「言語選択の自由」が実務上のリスクとしても表面化します。
英語で契約書を作成する場合、その言語(双方が合意して採用した言語)が契約の解釈に直接影響を与えます。万が一、契約条項の意味があいまいな場合、当該言語の法的解釈に基づいて解決が図られるため、誤訳や不自然な表現が後のトラブルの火種になり得ます。特に国内取引では「日本語での意思疎通」に基づいて解決が可能ですが、海外取引では英語が主言語である以上、英語の契約文言が最終的なよりどころになります。この違いは非常に大きな意味を持ちます。
また、英語契約書では契約当事者の責任や義務が、日本語の契約書以上に詳細に明記されることが一般的です。国際取引における法的リスクの大きさや、文化・商慣習の違いを背景に、想定されるリスクや解釈の余地を極力排除する必要があるからです。そのため、英語契約書には「定義条項」「準拠法条項」「裁判管轄条項」「完全合意条項」など、紛争予防に不可欠な条項が必須とされています。
さらに、契約書の言語選択は「準拠法」と密接に関係します。
準拠法とは、契約の有効性や解釈、履行などをどの国の法律に基づいて判断するかを規定するもので、契約書では、通常「この契約は○○国の法律に準拠する」と記載されます。もし、契約書を英語で作成し、日本法を準拠法とした場合、英語の文言を日本法の概念に照らして解釈する必要があり、表現によっては意味のずれが生じる恐れがあります。また、相手国法を準拠法とする場合は、その国の法制度に基づいて英語で解釈されるので、同様に解釈の差によるリスクが生じる可能性があります。そのため、準拠法の選択と併せて契約言語を適切に決めることが大切です。
英語契約書の作成・交渉にあたっては、相手国、または国際的に通用する第三国の法律専門家に相談するのが望ましいでしょう。日本国内の中小企業にとっては、翻訳やリーガルチェックの負担が大きな課題となります。そのため、法律専門家を活用することが現実的なリスク管理手段です。
国内取引との大きな違いとして、英語契約書は「一字一句の解釈が重視される」点があります。言語選択の自由を生かしつつ、専門家の助言を受けながら、法的リスクを回避できる契約書を作成することが、海外取引の成功には不可欠です。
3.海外取引を支援する団体と実務アドバイス
海外企業との取引を進める際には、専門的な知識や経験が求められるため、必要に応じて支援団体を活用することが非常に重要です。こうした団体は、契約書の作成支援や翻訳、紛争解決のアドバイスを提供し、企業の負担を軽減してくれます。
代表的な支援団体のひとつが「JETRO(日本貿易振興機構)」です。JETROは、海外進出を目指す中小企業を中心に、国際取引に関わる法務面の助言や、海外ビジネス環境の調査情報を提供しています。具体的には、英語契約書のドラフト(草案)に関するアドバイスや、相手国の商慣習の理解を深めるセミナーなども開催されています。
また、商工会議所や中小企業基盤整備機構(中小機構)も、海外取引に関する相談窓口や研修プログラムを設けており、契約書作成に限らず、商品開発や販路開拓の視点から実務的なサポートをしています。特に中小企業にとっては、現地の法律や規制を踏まえたアドバイスを受けることで、大きなリスク回避につながります。
実務面でのアドバイスとしては、まず「専門家の助言を受けること」が重要です。海外取引は相手国の法制度や文化的背景に強く影響されるため、国内取引とは異なるリスクが存在します。特に、海外では弁護士の専門分野が日本以上に特化しているため、自社の事業内容や業界に詳しい弁護士を選任することが望ましいでしょう。こうした専門性のある弁護士に相談することで、自社のビジネスに即した契約書作成が実現できます。
さらに、海外企業との契約締結には、日本国内での契約に比べて時間がかかる点にも注意が必要です。文化や商慣習の違い、相手国の承認プロセスの違いなどが重なり、交渉や契約締結に数か月かかるケースも少なくありません。スケジュールには十分な余裕を持ち、途中で生じる調整にも柔軟に対応する体制を整えることが求められます。
また、契約書の言語面でも留意すべきポイントがあります。日本語版と英語版の両方を作成することは可能ですが、条文に意味の矛盾や意図の相違が生じるリスクがあります。そこで、どちらの言語版を優先するかを契約書内で明記することが不可欠です。一般的には「優先言語条項」として、「本契約において日本語版と英語版に矛盾がある場合、英語版を優先する」といった取り決めを行う例が多いです。こうした明確なルールを設けることで、将来的な紛争防止につながります。
これらの支援団体や専門家の協力を得て、適切な契約書作成を進めることは、海外市場の開拓において大きな一歩となります。積極的に支援機関を活用し、信頼性の高い取引基盤を築くことが、商品開発や市場開拓を成功に導く鍵です。
- 回答者
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中小企業診断士 平川 奈々
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