経営支援の現場から

中小企業診断士の有資格者を中心に、独自の課題設定型支援を開始:浜松商工会議所(静岡県浜松市)

関東経済産業局は、地域の商工会議所の経営指導員が「対話と傾聴」を重視した課題設定型支援の手法を実践的に学ぶ「OJT事業」を2022年度にスタートさせた。地域の中小企業・小規模事業者を支える商工会議所の経営支援機能の強化を目的にしている。浜松商工会議所をはじめOJT事業に参加した5つの商工会議所ではどんな成果を得たのか。その取り組みを紹介する。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 10月 16日

浜松商工会議所の伊達克彦・経営支援課課長(左)と経営指導員の松山君洋氏
浜松商工会議所の伊達克彦・経営支援課課長(左)と経営指導員の松山君洋氏

今年4月に創立130周年の節目を迎えた浜松商工会議所は今、「経営力強化と変革への挑戦」とのスローガンを掲げる。そのスローガンのもと、「ウィズ・アフターコロナにおける中小・小規模企業の挑戦支援」を重点テーマのひとつとして取り組んでいる。関東経済産業局が実施する課題設定型支援に係るOJT事業に参加するなどして経営指導員のスキル向上を図るとともに、課題設定型支援を継続的に実施していくために「未来構想塾」という独自の事業の展開も始めた。

約1万3000社の会員企業数、組織率は全国トップ

全国有数の規模を誇る浜松商工会議所
全国有数の規模を誇る浜松商工会議所

人口79万人と静岡県最大の都市である浜松市。天下統一への足掛かりとなり“出世城”とも呼ばれる浜松城など徳川家康ゆかりの地として知られるとともに、産業が盛んな街としても有名だ。何事にも積極的に取り組もうという「やらまいか精神」のもと、スズキ、ヤマハ、河合楽器製作所、本田技研工業といったグローバル企業が誕生し、周辺地域の産業を牽引してきている。また“テレビの父”高柳健次郎博士が1926年、ブラウン管に「イ」の字を映し出したのも浜松であり、博士の教え子が設立した浜松ホトニクスをはじめ先端技術産業も発展している。

2005年の合併前の旧浜松市(一部地域を除く)を管轄地域とする浜松商工会議所は、会員企業数が約1万3000社で全国6位。また組織率(52.9%)は地区内商工業者数2万以上の会議所の中でトップ。これら多くの会員企業のうち中小企業・小規模事業者からの相談に対応する中小企業相談所には21人の経営指導員が在籍している。そして人材育成のため、中小企業診断士資格の取得奨励や有資格者に対する優遇措置を実施。具体的には、一次試験合格者が中小企業大学校の養成課程を受講する場合に有給の休職を認めるなどの支援措置を講じている。こうした措置を利用して2019年以降4人が中小企業診断士の資格を取得し、有資格者は現在5人となっている。

「その場しのぎの支援が企業にとっていいものなのか」

経営指導員のスキルアップに努める
経営指導員のスキルアップに努める

国内屈指の規模を誇る浜松商工会議所が課題設定型の支援の必要性を強く認識したのは2022年に入ってから。それまでのコロナ禍で苦境に立たされた会員企業の中には、「とにかく補助金をもらえればいい」との相談が目立つようになった。商工会議所内でも「補助金をその場しのぎに活用することが果たして企業にとっていいことなのか」(伊達克彦・経営支援課課長)という問題意識が芽生えてきた。折しも2021年11月にトップが交代して斉藤薫・遠州鉄道社長(現在は同社会長)が会頭に就任し、新体制が発足するなか、商工会議所として新たな挑戦のひとつとして課題設定型の支援に取り組むこととなった。

とはいえ、経営者との対話の中から企業の本質的な課題を見出すという課題設定型支援を行っていくのは容易ではない。課題を突き止めた場合でも企業側に腹落ちしてもらうまでに至らないケースもあった。たとえば、本業の売上減少から新規事業の立ち上げを検討していた事業者に対し、「まずは本業の立て直しが急務」と指摘したものの理解は得られなかった、といったことも。

経営指導員のスキルアップや経験値の積み上げが喫緊の課題だと感じていたところ、関東経済産業局において、経営指導員らに課題設定型支援を身につけてもらうことを目的としたOJT事業を実施することとし、2022年9月に参加を希望する商工会議所を募集していた。同事業は、「官民合同企業支援チーム」が各商工会議所の経営指導員とともに企業を定期的に訪問して支援を行うもの。浜松商工会議所にとっては「渡りに船」という格好となり、事業に応募し参加が決まった。

経営上の「どうする?」に経営者自ら答えを出してもらう

豊富な経営メニューを掲載している「商工会議所活用レシピ集」
豊富な経営メニューを掲載している「商工会議所活用レシピ集」

会員企業の中から、業容の拡大を模索していた原田塗装工業所を支援企業として選定し、同年11月から専門家を含めた支援チームとともに同社の支援を開始した。このOJT事業によって得るものは多かった。大きな収穫は対話の重要性だった。従来は工場見学など現場を重視していたが、「実際に現場を見ることが大事であることには変わりはないが、それ以上に対話から得られるものが多いことに気づかされた」と伊達氏。OJT事業用に作成された総点検表(ヒアリング項目が整理されたもの)をもとに事前の準備を入念に行ったうえで、経営者と真正面に向き合って相手の考えを聞き出し、本質的な課題を見出していく。こうした対話と傾聴により経営者との信頼関係も築き上げていく。そのためには高いコミュニケーション能力の必要性を強く感じたという。

また、課題解決のために何が必要なのかを相手に考えさせる、といったコツも学んだ。「これまでは経営指導員が各自の得意分野をもとに課題解決のための正解を出すようにしていたが、答えをあえて口に出さず、相手に考えさせることが重要だと気づいた」と伊達氏。NHK大河ドラマ「どうする家康」で描かれている家康のように、経営上の「どうする?」に自らが的確な答えを出せる経営者を目指してもらおうという手法だ。

初開催の未来構想塾から支援企業を選定

今年6、7月に開催された未来構想塾
今年6、7月に開催された未来構想塾

一方で、いくつかの課題が見えてきた。そのひとつが支援先企業の選定方法だ。課題を設定して中長期的に伴走支援を継続していくにはターゲットを絞り込む必要がある。「成長意欲の高い企業を見極めるとともに、支援を無料で行うことから、他の企業が納得いく選定理由も必要になる」(伊達氏)。そこで商工会議所が新たにスタートしたのが未来構想塾。経験豊富なコンサルタントらを講師に招いて全6回の講義を有料で開催し、受講した企業の中から支援先を発掘し、絞り込もうというものだ。

今年6、7月に初の開催となった未来構想塾には、企業の経営者や管理職ら20人が参加。各自が企業としてのミッションやビジョンの作成などを行い、最後にそれぞれが課題をまとめた。参加者からは「なんとなくだった経営方針が明確になった」「やりたいことが多いなかで自分がどう動けばよいのか明確になった」といった声が聞かれたという。

そして、10月から実施するフォローアップ事業(課題設定支援フェーズ)への参加に前向きだった企業を選定。専門家と商工会議所職員で構成するチームによる支援を来年3月まで実施し、各企業の現状分析や課題設定などを行っていく。さらに来年度には、内容に応じて専門家への橋渡しや補助金・融資制度の活用といった課題解決支援フェーズに移行したいとしている。

未来構想塾は、あらためて参加者を募ったうえで来年度も開催される見通しだ。商工会議所では、必要に応じて支援手法の見直しを行ったうえで、「課題設定型の支援モデルを確立し、さらには支援の組織体制への定着化とOJTによる経営指導員の支援ノウハウの共有化を目指したい」(伊達氏)としている。

支援企業を訪問

立地にマッチする新規事業の船外機分野、拡大に向け課題を整理 有限会社原田塗装工業所(静岡県磐田市、原田竜亘部長)

船外機分野の拡大を目指す原田竜亘営業部長(左)と妹の北岡早織課長
船外機分野の拡大を目指す原田竜亘営業部長(左)と妹の北岡早織課長

原田塗装工業所は1963年に浜松市内で創業(会社設立は1986年)。“楽器の街”としても知られる浜松においてピアノの塗装を手掛けたのが始まりだった。その後、二輪車部品の塗装に転換。1989年には磐田市南部の工業団地内に移転した。2008年のリーマンショックで業績が悪化するなか、新たに四輪車部品の塗装を始め、現在は四輪車部品が中心に。二輪車と合わせて売上の9割を車部品で占め、顧客としては自動車部品メーカー1社に7割ほどを依存している。

船外機の塗装事業を手掛ける
船外機の塗装事業を手掛ける

同社では、こうした偏りを是正してリスク低減を図るため、新規事業の柱を模索。原田進社長の長男で、後継者となる原田竜亘(たつのぶ)営業部長は船外機(主に小型船舶に設置される取り外し可能な推進機関)に着目した。マリーナが多い浜名湖に近く、プレジャーボートの生産も盛んで、「当社の立地とマッチしていた」(原田部長)という。2020年に事業再構築補助金に採択され、金融機関からの融資と合わせてロボットラインを新設し、船外機の塗装事業に着手した。するとコロナ禍が思いがけず追い風に。密を避けられるレジャーとしてボートの需要が国内で高まったのだ。既存事業の車部品も堅調で、年商は4億円となり、「リーマンショック後では最高の業績」(原田部長)だという。

船外機分野の拡大を目指していたところ、2022年11月頃、浜松商工会議所の経営指導員、松山君洋氏から「関東経済産業局が実施する課題設定型支援(OJT事業)を受けてみないか」と声をかけられた。同社は本社移転後、地元の磐田商工会議所に入会する一方で、浜松商工会議所の会員も継続。事業再構築補助金の申請に際しても松山氏の指導を受けた。新規事業の立ち上げと好調な業績、さらには数年後の事業承継というタイミングが重なったこともあり、課題設定型支援を受けることとした。

新設したロボットライン
新設したロボットライン

OJT事業では、関東経済産業局の官民合同企業支援チームと商工会議所の経営指導員が月1、2回の頻度で支援企業を訪問する。同社では、伴走支援コンサルタントからのヒアリングを受けた結果、生産計画・管理や人材確保など同社にとっての本質的な課題が浮かび上がった。

このように明確な課題設定ができたことから、次の段階の課題解決の支援を引き続き受けることとなった。このうち人材確保の課題については、新規事業として展開する船外機分野の拡大を見越して従業員数を現在の36人から50人に増やすことを目指すとしているが、同社は長年にわたって採用には苦労しており、人材確保は容易ではない。

これに対して商工会議所は、業種が近いメッキ加工業を手掛ける三光製作(浜松市中区)を紹介した。同社は、3代目の山岸洋一社長のもと、職人としての技術だけでなく、「人間力」を高めることを目的として従業員教育に注力。さらに働き方改革や女性活躍の支援などを進め、ややもすると若者や女性に敬遠されがちな職場のイメージを一新し、人材確保につなげているという。原田部長は今年6月に同社を訪れて山岸社長と面談。「大変勉強になった。従業員がみんな元気よく挨拶する様子にも驚かされ、いい刺激を受けた」という。

課題設定型支援を受けた原田部長は「これまで商工会議所に対しては、補助金の申請でお世話になるところ、というイメージを持っていたが、今回の支援では、当社が抱える課題について一緒に寄り添って考えてもらい、深いところまで掘り下げることができた。明確に課題を整理することができ、大変良かった」と話している。同社は今後も中長期的に支援を受けつつ船外機分野を伸ばしていき、10年後には年商10億円の企業を目指す。近く3代目となる原田部長は、妹の北岡早織課長と力を合わせ、兄妹が中心になって同社の舵取りを進めていく。

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