経営支援の現場から

業務効率化と事業計画を意識した経営支援:坂東市商工会(茨城県坂東市)

経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 1月 25日

商工会会議室で浦和祐樹課長補佐(左)と木村裕司主任
商工会会議室で浦和祐樹課長補佐(左)と木村裕司主任

「事業計画の有効性が説明できない」「業務が多忙で支援の時間が限られてしまう」「若手職員の育成に悩んでいる」—。これら商工団体が共通して抱える課題の解決に向けて取り組んでいるのが、茨城県西部にある坂東市商工会である。支援時間を捻出するため、様々な業務効率化を推進。課題設定から解決までを「登山」に見立てて事業計画策定の重要性を説く、独自のツールを整備した。さらにはベテラン指導員と若手職員がチームを組んで支援現場に同行し、若手育成に大きな効果が出ている。

外注・IT化などで効率化を徹底

総勢11人で市内商工業者に対応する
総勢11人で市内商工業者に対応する

坂東市商工会が業務効率化に着手したのは、2005年に当時の岩井市と猿島(さしま)町が合併し、坂東市が誕生したのがきっかけだ。二つに分かれていた商工会も06年に合併し、車で15分ほど離れていた双方の事務所をネットで接続し、ファイルを共有化したことが始まりだという。

業務効率化に当たって意識したのは、製造業の工程改善で使われている「ECRSの原則」である。ECRSとはEliminate(取り除く)、Combine(まとめる)、Rearrange(整理する)、Simplify(単純化する)の頭文字をとったもので、一般的にE→C→R→Sの順で解決策を探っていくと効果が高いとされる。

例えば「E」では、旧岩井市時代に「成人式」の主催を市役所に移譲した経験があった。これを踏まえ、合併後も坂東市商工会が主催していた「賀詞交歓会」を坂東市役所に移譲し、業務量を大幅に削減した。経営支援課の浦和祐樹課長補佐は「年末年始の忙しい時期に業務の大幅削減ができたことは大きい」と話す。

5~6年前からは郵便局の「Webレター」というサービスを活用し、セミナーなどの通知業務を大幅に削減した。従来は全会員約1400人に発送する場合、募集文書を作成して印刷し、宛名ラベルを作成・印刷・封筒貼り付けして、封入、投函までの作業に全職員12人(当時)で約4時間、合計48時間をかけていた。

ところがこのサービスを使うと、募集文書と発送先データを郵便局に送るだけで、1人で2~3時間もあれば終了するため、1回当たりの作業時間が45時間も削減。1通当たり99円(税込み)からと若干割高だが、封筒・用紙・ラベル・印刷代や人件費を考えるとコストも大幅に下げた。

次の「C」では、似たメンバーの参加する会議を同日に連続して行い、通知作業や会議室準備も一回にまとめた。商工会役員は忙しい企業経営者でもあり、会議の参加者にも好評だ。またコロナ禍後は特に壮青年部を中心に、オンライン会議も始め、非接触化と時間削減を進めている。

続く「R」では、各種資料を電子化。労務指導・記帳指導・金融指導の各手順を書き出したマニュアルを整備した。「S」では、各種事業・施策を掲載したパンフレットを作成。経営指導員(以下、指導員)以外の職員でも最低限の情報を簡単に事業者に提供できるようにした。

〝前裁き〟を強化し、高度な案件に専念

分厚い手引きは紙1枚にまとめた
分厚い手引きは紙1枚にまとめた

坂東市商工会の職員は事務局長を含めて11人。このうち4人が指導員として業務に従事している。ただ一時は、コロナ禍に伴う給付金や支援金が創設された結果、電話による問い合わせが殺到し、経営支援に十分に対応できないケースも頻発した。特に指導員が本当に取り組むべき高度な支援案件に集中して時間を割くことが難しくなった。

このため、簡単な経営相談については極力、指導員以外の職員が答えるといった〝前裁き〟機能を強化。指導員が高度な案件に専念できる環境づくりを進めている。例えば補助金の相談に対して職員が電話に出た場合、そのまますぐに電話を指導員に回すのではなく、「○○というところまでは聞くこと」と教育する。以前に坂東市商工会に所属し、今は茨城県商工会連合会に異動した上坂卓也係長は「マニュアルを整備したことで、指導員以外の職員も怖がらずに対応できるようになった」と強調する。

また職員の〝多能工化〟を進めるために、数年ごとに担当替えを実施する。「そのためにも、各種のマニュアルを分厚い手引書ではなく、できるだけ紙1枚にまとめるようにした」と経営支援課の木村裕司主任。さらに指導員とその他職員が3人編成で3チームに分かれ、支援現場には必ずペアで赴く体制に変更。チーム内の人員構成も毎年変えており、木村主任は「若手職員は指導員ごとに異なる指導方法を学ぶことができ、自分に合った支援スタイルを選んで身に付けられる」と語る。

人材育成については茨城県商工会連合会との連携も大きい。連合会は県内を6ブロックに分け、ブロックマネージャー3人が2ブロックずつ担当しており、管轄内の指導員育成や支援案件の進捗を管理する。また各ブロックには単会経営指導員が兼務するプロジェクトマネージャー(PM)を配置。年4回程度PM会議を開催し、情報を共有する。連合会の益子克典事務局次長は「教育システムは新人、指導員、分野選択制と3種類を用意する。特に新人教育では、自信がある分野をまず一つ作ってほしいと指導している」と話す。

計画経営、登山に見立てる

商工会玄関前で上坂卓也茨城県商工会連合会係長(左)と浦和課長補佐
商工会玄関前で上坂卓也茨城県商工会連合会係長(左)と浦和課長補佐

一方、「事業計画の有効性が説明できない」という課題に対して、浦和課長補佐は「自社が進む道筋を検討して見える化する経営の基本ツールだ」と正攻法で伝えているという。「実際、経営者は事業計画を頭の中では思い描いてはいるものだが、計画として〝可視化〟することで、当初は思ってもみなかった課題や制約が見えるようになる」。事業計画というと、構えてしまう人もいるが、そこは押し付けずに説得すれば「大抵の人は納得してくれる」と話す。

その際に有効なツールとして約3年前に独自に作成したのが、「事業成功の秘訣は計画経営」というタイトルのチラシだ。坂東市商工会が事業者に対して行う経営支援を登山に見立てて解説。「経営状況の分析」から「事業計画の作成」「事業計画の実行」「需要動向調査」「新たな需要の開拓」までの5ステップに分け、事業者に計画経営の重要性や商工会の支援業務について理解してもらうようにしている。このチラシがあることで、職員としても支援業務の道筋ややる気の向上につながっている。

「事業計画策定は補助金を確保するためのツールにもなるが、計画経営にスポットをあてないと、目的と手段が変わってしまう。補助金ありきという〝点〟の支援ではなく、山登りのように事業者をさらに成長させるという〝線〟の支援にすることが重要だ」と上坂係長。木村主任は「業種を問わず説明でき、事業者からも分かりやすいと評価されている。難しい話をかみ砕いて説明しており、計画経営を説明する上で効果は高い」という。

また5ステップの最後の項目「新たな需要の開拓」の一環として、例えば会員企業の商品や事業を紹介するプレスリリースを作成し、茨城県庁の記者クラブなどに配布する、商工会としては珍しい取り組みを実施している。これにより地元紙や全国紙の記者の取材を受け、実際に紙面に登場して売り上げが大幅に増加したケースも数多くある。

「商工会の経営指導は、ともすればスキルのある指導員に相談が集中し、属人的になりやすい」と木村主任。ただそうなると、仕事が集中し、パンクしてしまう弊害がある。そうした属人化を防ぐためにも、組織内コミュニケーションは最重要であり、坂東市商工会では毎日10~15分程度の朝会により全職員で情報を共有する。和田聡事務局長は「どんな案件が進んでいて誰が忙しいかが分かるため、多忙な職員をその他の職員がフォローするようになった」と解説する。コミュニケーション力を高めることが、業務効率化はもちろん、職員同士の指導力向上と若手育成に向けた近道ということだろう。

坂東市商工会が開発した「事業成功の秘訣は計画経営」
坂東市商工会が開発した「事業成功の秘訣は計画経営」
支援企業を訪問

事業計画を作成し新たな市場を開拓:野口蒟蒻(茨城県坂東市、野口聡子代表)

工場直売所で野口蒟蒻の野口聡子代表
工場直売所で野口蒟蒻の野口聡子代表

先代の祖父の高齢化により、2012年に廃業したこんにゃく店「有限会社野口蒟蒻」を事業承継し、16年9月に個人事業として営業を再開した。もともと大学で経済学を学んだ後、野口蒟蒻に入社し、製造を担当。廃業に伴い、子育てに専念していた。ただ顧客からの再開要望を受け、「本物のこんにゃくの味を守りたい」との思いが再開を後押しした。こんにゃくのほか、ところてん、干し芋の3商品を扱う。

主力の生芋こんにゃくをはじめ、ひねりこんにゃく、みそ田楽などが並ぶ
主力の生芋こんにゃくをはじめ、ひねりこんにゃく、みそ田楽などが並ぶ

坂東市商工会には18年に近隣の女性経営者の勧めで入会した。「最初は男性の指導員ではなく、指導員ではない女性の職員が対応してくれ、相談しやすかった」と野口さん。職員の勧めもあって、事業計画の作成に着手。自社の強みを浮き彫りにし、その強みを生かす方法などを一つ一つ検討し、事業計画づくりに反映させた。

事業計画を作成する過程で、整理した自社の強みは、群馬県産のこんにゃく芋を100%使用し、昔ながらの「バタ練り・缶蒸し製法」で製造する点だ。こんにゃくのりを羽の付いた機械で回転させ、こんにゃくに空気を入れて練る「バタ練り」と、出来上がった原料をステンレス成型缶に流し込み、湯の中で一昼夜寝かす「缶蒸し」は、職人の勘と経験が必要で手間もかかる半面、こんにゃく本来の風味や食感を楽しむことができる。

大量生産が可能な一般的なこんにゃくは、製造しやすく安価な「こんにゃく粉」を使い、海藻のヒジキ粉末を入れて作る。ただ独特の臭みが出て、こんにゃく離れの原因になっているという。ところてんも伊豆産の天草を100%使用し、手作りで生産。干し芋も自家農園で栽培した「紅はるか」を使い、蒸し作業から天日干しまですべて手作りで行う。

これに対し、同社の課題は、販売ルートが限られているという点だ。工場に併設した直売所での直販に加え、近隣の古河市、つくば市、常総市などの道の駅やJA農産物直売所などに卸すが、販売拠点は10カ所に満たない。また顧客の75%が60歳以上の高齢者層であり、30歳~40歳代の若い層の掘り起こしが急務になっていた。

経営指導員と対話を重ねて事業計画を作成したことで、「ものづくりに比重を置いていた考えを財務や経営戦略にも重きを置くようになった」と野口さん。事業計画を策定したことで明確になった「若い層への販路拡大」という課題に対応するため、補助金を活用して30歳~40歳代をターゲットに贈答品需要を開拓することとし、まず贈答品メニューの開発に着手した。夏はところてんを中心に1000~3000円程度、冬はこんにゃくを中心に1500~3000円程度の詰め合わせ商品とし、料理の仕方が分からない若い人向けに、唐揚げや青椒肉絲などこんにゃくを使った新たなレシピを考案した。このほかプロのデザイナーやカメラマンに依頼して、注文チラシ・リーフレット・包装紙を作成した。

さらに坂東市商工会のプレスリリースサービスを活用。読売新聞や地元・茨城新聞などに掲載され、売り上げアップにつながった。

「商工会の方と対話をしながら事業計画を練ることで、自分が気づかない点、足りない点が明確になった」と野口さん。すでにYouTubeで新レシピを紹介する動画数本を配信。並行してネットショップの開設作業も進めており、近くネット販売を始める計画だ。

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