神辺町商工会の青年部に入部したのは2006年。会社の所在地は同商工会所管エリアではないが、実家が旧神辺町内にあり、昔からの知人らが同商工会青年部の会員だったことから入部した。そして、2017年に藤本貴史氏が同商工会に異動してくると早速、支援を依頼した。「ビンゴソースというヒット商品を生み出した藤本氏の噂は以前から耳にしていた。あのときはとにかく必死だった」と振り返る。
藤本氏からのアドバイスのもと、ホームページのリニューアルや業務のDXなどを推進したところ、折箱部門の売上高は右肩上がりで伸びていった。こうした成功の大きな要因は「何事もすぐやる、という日野氏の実行力だった」(藤本氏)という。もともと手先が器用な日野氏は、折を見ては新たに導入した機械に自分の手で改良を加え、少しでも仕事をしやすくなるよう工夫を重ねている。
とくに際立つのは日野氏のサンプル作りのセンスと速さだ。たとえば同社の知名度を上げた旧国立駅舎の弁当箱。駅舎は三角屋根の独特な外観が特徴で、折箱として製造するにはあまりにも複雑すぎた。発注者である東京都国立市内の飲食業者はすでに40社ほどに打診していたが、ことごとく断られていた。日野折箱店への相談も「どうせだめでしょう、というテンションだった」(日野氏)という。ところが「どんな相談や依頼であっても基本的に断らない」という日野氏は手際よくサンプルを作り、相手に発送。その出来栄えに満足した業者は正式に発注する運びになった。旧国立駅舎の弁当箱は話題になり、これを契機に同社には、コロナ禍で急増したテイクアウト用の折箱の注文が全国から寄せられるようになった。
「誰も作りたいとは思わないような形の折箱を日野氏は作ってみせた。旧国立駅舎の弁当箱は折箱の可能性を広げた」と藤本氏は話す。とくにPSPは、低コストで軽量、加工しやすく柄も豊富だという特徴を持つ。日野氏はこのほかにも、軽自動車販売を手掛ける知人から依頼されて軽トラの弁当箱を製造。「ハートやしゃもじの形をした折箱も手掛けたし、贈答用の鉢植え用といった、食料品以外の容器としてのサンプル作りも行った」(日野氏)と、様々なオリジナル折箱を作り出している。