同社は72年の「ロッテ イタリアーノ」を始めさまざまなアイス商品をリリースしていったが、いかんせん市場における先発メーカーの壁は高くて厚い。さらに76年、80年と冷夏が日本列島を襲い、夏季のアイスの売上は業界全体でも低迷する。このような状況の中で先発メーカーと同じ土俵で勝負しても勝ち目はない。まさしく常識の枠を超えた発想がなければ生き残れないのだ。その発想から提唱されたのが、アイスが売れない冬にあえて勝負をすることだった。冬に売れるアイスをつくる。その具体的なきっかけが件のみやげであり、開発された商品がわたぼうしだった。
発売後のわたぼうしの市場評価は上々だった。が、それだけで同社は満足しなかった。当時の社長の重光武雄氏(現会長)は更なる進化を提案する。「もっと日本人の味覚に合う食材にしたらどうか」と。
確かにわたぼうしは女子中高生を中心とした若年層には支持されていた。しかし、どうしてもマシュマロだと幅広い年齢層の嗜好をとらえきれない。また、マシュマロでアイスを包む場合、マシュマロの生地が厚くなってしまうため、口に入れたときのアイスの食感が鈍くなってしまう。マシュマロのようにやわらかい食感でもっと日本人に親しまれている食材はなにか-。そこで思い浮かべたのが餅だった。餅は伝統的な日本の食材であり、しかも大福など身近でポピュラーな菓子にも使われている。
重光氏のひと言を機に“餅でアイスを包んだ”商品の開発が始まった。後発メーカーなのだから、常識の枠を超えたインパクトの強い商品を開発する。このポリシーのもと、「冬に食べる日本人好みのアイス」という商品コンセプトが固まった。