省エネQ&A

水素エネルギーとは (その4:水素社会実証プロジェクト))

2021年4月13日

回答

これまで、(その1)から(その3)まで、水素の用途、製造、輸送および貯蔵について,それぞれ単独の項目として記してきました。これらは水素エネルギーに関わる要素技術です。国内では自治体が中心となり、これら要素技術を単独でなく一連の流れとして実地に運用する実証プロジェクトが実施されています。実社会の中で実際に稼働させることでさまざまな課題が浮かび上がります。
(その4)では、それらのプロジェクトを紹介することによって、今後の水素エネルギー社会の一端を見ていただきます。

1.水電気分解による水素製造装置で電力の需給バランス調整—福島県浪江町

太陽光や風力など変動する自然エネルギーにより発電された電力が電力会社の系統電力網に供給される場合は、電力の需要と供給のバランスをとることがむずかしくなります。バランスが崩れれば最悪の場合、停電になります。この点に関して、水の電気分解による水素の製造装置は、需要サイドとして消費電力を調整できるため、 自然エネルギーによる電力供給の拡大に役立つとして期待されています。

福島県の浪江町に、太陽光発電を利用した世界最大級となる10MWの水素製造装置が2020年に完成しました。全体の構成は図1の水色の部分です。
各システム等には次のような役割があります。2)

(1)電力系統制御システム

電力系統制御システムは地元の電力会社が開発、運用するシステムです。系統電力網において、電力需要を増やしたいときには水素製造装置の消費電力を上げ、電力需要を減らしたいときには水素製造装置の消費電力を下げます。そのような対応をデマンドレスポンス(DR)といいます。電力系統制御システムは、そうしたデマンドレスポンスの要望を(3)の水素エネルギー運用システムに送ります。

(2)水素需要予測システム

過去の水素需要等のデータから需要を予測、水素出荷計画を策定します。

(3)水素エネルギー運用システム

水素の製造・貯蔵と電力系統の需給バランス調整の最適な組み合わせを実現します。

(4)水素製造装置

本装置はアルカリ水電解装置です。毎時1,200Nm3(定格運転時)の水素を製造できます。部材・機器の経年劣化評価を基にした交換頻度の適正化、電解枠の構造・材料の見直しなどを通じ、コスト削減を目指しています。製造された水素は燃料電池車、燃料電池バス,工場のほか、東京オリンピックの際、新国立競技場の聖火台にも使用される予定です。3)

図1 本事業の全体像 1)

2.電力に加え熱も対象とするエネルギー最適管理技術の実証—福島県郡山市

再生エネルギーによる発電が、送電線の容量不足や電力の需要不足などで十分利用できないことがあります。そうしたことのないように、再生エネルギーによる発電能力の余剰をなくすことが必要です。また、水電解装置や燃料電池からの発熱を水素吸蔵合金の加熱に使うなど熱の有効利用も必要です。
さらに、このような関連する装置類を街区に導入するためには建物(ビルなど)に付帯するものとしなければなりません。そのような課題の解決に向けた実証プロジェクトです。

図2に示すように、太陽光による発電、水電解装置による水素製造、水素吸蔵合金による水素貯蔵および燃料電池による発電を含めた幅広いシステムです。国立研究開発法人産業技術総合研究所の福島再生可能エネルギー研究所内でシステムの性能を検証したのち、郡山市の卸売市場管理棟で実装、運転がされました。4)

各システム等は次のような実証が行われました。

  1. 太陽光発電、水電解、水素貯蔵、燃料電池の連携 5)
    6時-18時に太陽光パネルにより発電した電力のうち建物で直接利用できない余剰電力(最大30kW)を水電解装置で使用し、水素を製造します。この水素は水素吸蔵合金に貯蔵します。朝の5時—9時は管理棟の電力需要がピークになるため、貯蔵した水素を使用し、燃料電池からの発電と蓄電池からの放電により、最大34kWの電力を太陽光パネルの発電に上乗せして管理棟に供給します。
  2. 水素吸蔵合金に関わる熱の有効利用 4)
    水素吸蔵合金は、水素放出時には吸熱するため、合金を温める必要があります。マネジメントシステムにより、水電解装置による水素製造時の排熱、水素吸蔵時の排熱および燃料電池の発電時の排熱を、この合金の加温に利用することによりシステム効率が高まっています。
図2 水素エネルギー利用システムの構成 4)

3.風力発電の電力の変動を吸収、燃料電池フォークリフト等で活用—京浜臨海地区(横浜市、川崎市) 7)

横浜港にブレードの直径80m、タワーの高さ78mの風力発電所(定格出力1,980kW)があります。これは市民、事業者、行政の3者の協働により設置、運営されている再生可能エネルギーのシンボル的存在です。
この風力発電所「ハマウィング」の電力で水を電気分解します。それにより得た水素を、簡易型水素充填車により青果市場や工場・倉庫に輸送し、燃料電池フォークリフトで使用するものです。実証のポイントは以下のとおりです。

  1. ハイブリッド車の使用済みニッケル水素電池を活用した蓄電池により、風が弱く、風力発電がされていないときでも安定的に電力を水電解装置等に供給します。
  2. 水電解装置は固体高分子形で、変動する風力発電量に合わせて0~100%の範囲でフレキシブルに水素を製造します。
  3. 燃料電池フォークリフトは、3分で水素充填ができ、鉛バッテリーフォークリフトと同じ8時間稼働できます。燃料電池自動車MIRAI(トヨタ)と同じ燃料電池セルを使用しています。条件の異なる複数の事業者に導入し、低温倉庫内での運転や重量物の搬送などについて検証します。
  4. 簡易型水素充填車は、水素ステーションを持たない燃料電池フォークリフトのユーザーまで出向き、フォークリフト6台に水素を充填できます。車載のコントローラーで充填車の位置と水素の残量を把握し、運用管理システムでユーザーに最適な水素配送を行います。
    従来の鉛バッテリーフォークリフトのユーザーは、充電器や交換用バッテリーの置き場が不要となります。
図3 プロジェクトシステムフロー 6)

4.一般家庭に水素吸蔵合金で水素を供給— 宮城県富谷(とみや)市 8),9)

水素の運搬に水素吸蔵合金を使用すること、その水素吸蔵合金をカセットの形で一般家庭にまで配達することが特徴です。水素の製造から使用までのステップは次のとおりです。図4を参照ください。

  1. 物流センター屋上の太陽光発電(80kW)で得た電力で水の電気分解を行い、水素を製造します。水電解装置(図5)は固体高分子形で最大水素製造量は10Nm3/hです。
  2. 太陽光の状況に応じて製造される水素を水素吸蔵合金に充填するまでの間、一時的にバッファタンク(図6)に貯めます。圧力は0.6~0.8MPaG。容量は14Nm3です。
  3. バッファタンク中の水素を水素吸蔵合金カセット(図7)8本に充填します。非危険物であり、自然に水素を放出することはないため安全に貯蔵、輸送ができます。
  4. 水素が充填された水素吸蔵合金カセットは、生協のトラックで食料品などと共に一般家庭、児童クラブ、生協店などに届けられます。
  5. 一般家庭では水素吸蔵合金カセットから取り出された水素を燃料電池に供給し、発電した電気を利用します。水素をフル充填された水素吸蔵合金カセット8本で一般家庭1日分の電気を賄うことができます。
  6. 生協店では、水素を供給した燃料電池から電気と熱を取り出します。電気は照明や冷蔵ケースなどの設備に使われ、熱は温水の熱源として活用されます。
図4 本実証の概要イメージ 8) 
図5 水電解装置 9)   図6  水素のバッファタンク 9)  図7 水素吸蔵合金カセットの取付/取外し 9)  

5.市街地レベルでは世界初の水素のパイプライン供給—北九州市

水素利用社会システムの実証事業の草分けともいえるプロジェクトです。 12) 図8のように、新日鐵住金(現在、日本製鉄)八幡製鉄所の製造工程で発生した水素ガスをパイプラインで1.2km離れた住宅、商業施設、公共施設まで供給しています。供給地域は「北九州水素タウン」といわれています。2009年度のプロジェクト開始以降、水素エネルギーに関わる企業の参加が増え、水素ビジネスに取り組む企業の新たな実証フィールドとなっています。

この北九州市水素タウンを含み、北九州市の水素社会実現に向けた活動で実証されたこと、および今後、実証することは以下のとおりです。11)

  1. 水素のパイプライン 12),13),10)
    水素を安全に使用するための付臭技術
    効率化のため付臭しない場合の安全対策としての水素漏れ検知システム
    水素に課金するための水素ガス計量システム
    燃料電池の性能確保のための、水素ガスライン中の不純物の分析
    水素用の管継手の耐久試験
  2. 燃料電池等 14)
    燃料電池・蓄電池・太陽光発電の連系システムの実証運転を通じて、技術面や運用面の課題抽出と解決
    燃料電池の長期耐久試験
  3. 燃料電池車 13)
    燃料電池バスの実証
    エコハウスへの燃料電池車からの給電
図8 北九州水素タウン全体図 10)

6. おわりに

水素の製造、貯蔵、運搬そして利用までを、地域でプロジェクトとして実施している例を見てきました。水素は、燃料電池等での発電の役割、エネルギーの貯蔵・運搬をする役割のほかに、水電解による水素製造の過程で、電力の需給調整を通じて再生エネルギー発電拡大の役割も果たせることがわかります。このため、政府は「2050年カーボンニュートラル」達成のための「グリーン成長戦略」の1分野として水素産業を取り上げ、水素に関わる技術開発、コスト削減を主導しています。
水素産業は、装置の製造はもとより、輸送、販売、メンテナンスなどサービス部門も含めて幅広い業種が含まれるので、実証の次の実用化に向けて様々なビジネスチャンスがあろうかと思われます。

【参考資料】

回答者

エネルギー管理士 本橋 孝久