2026年 7月 1日
人手不足が長期化するなかで、社員を自社に在籍させたまま他社で働いてもらう「在籍型出向」への関心が高まっています。在籍型出向は、雇用を維持しながら人材を有効に活用できる仕組みですが、「転籍」や「派遣」とは法的な位置づけや手続きが異なります。本稿では3回にわたり、在籍型出向の基本的な仕組み、転籍・派遣との違い、活用が注目される背景、実務上の注意点を解説します。第1回では制度の概要を整理し、近年この仕組みが改めて注目される背景を確認します。
1.在籍型出向とは何か?
在籍型出向とは、社員が出向元(元の会社)との雇用関係を維持したまま、出向先(別の会社)で一定期間、その指揮命令のもとで業務に従事する仕組みです。出向期間が終了すれば、原則として出向元に復帰します。
「社員を他社に送り込む」という点では転籍や派遣と似て見えますが、それぞれの仕組みは法的にも実務的にも大きく異なります。混同したまま運用を進めると、思わぬトラブルを招くことがあります。まず、3つの違いを整理しておきましょう。
2.在籍型出向と転籍・派遣の違い
転籍は、元の会社との雇用契約を終了させ、転籍先と新たに雇用契約を結ぶものです。社員は法的に別の会社の社員となり、原則として元の会社に戻ることはありません。雇用関係そのものが変わる重大な変更であり、本人の個別同意が不可欠です。「会社の命令だから」という姿勢で進めることは許されません。
派遣は、派遣会社(派遣元)と雇用契約を結んだ社員が、派遣先企業で業務に従事する形態です。雇用主はあくまで派遣会社であり、派遣先とは雇用関係がありません。労働者派遣法の規制のもと、業務の種類や派遣期間に一定の制限が設けられています。派遣先企業が直接雇用契約を結ぶわけではない点が、在籍型出向とは根本的に異なります。
在籍型出向は、出向元との雇用関係を継続したまま、出向先で働く点が特徴です。出向元・出向先の双方と関係を持つという、やや複雑な構造になりますが、社員は元の会社に在籍しており、出向期間終了後は原則として復帰します。
在籍型出向の特徴を一言で表すならば、「雇用関係を保ちながら、働く場所を一時的に変える仕組み」です。社員にとっては雇用が守られ、出向元企業にとっては人材を手放さずに済む——この双方向の安心感が、他の仕組みにはない大きな特徴です。
3.在籍型出向を行う際の法的な位置づけ
在籍型出向を直接規定した専用の法律は、現時点では設けられていません。現在は、労働契約法第14条が出向命令権の濫用を禁じる規定を置くほか、長年にわたる判例の積み重ねと厚生労働省のガイドラインにより、実務上のルールが形成されてきました。
こうした状況のなかで、在籍型出向の活用を後押しする法整備や支援制度の拡充に向けた動きも続いています。制度の信頼性と使いやすさは、今後一層高まっていくことが期待されます。
いずれにせよ、専用の法律がない現状においては、出向元・出向先の間で締結する「出向協定」や個々の「出向契約」の内容が極めて重要です。賃金の負担割合、社会保険の取り扱い、業務内容の範囲、出向期間と復帰の条件——こうした事項を契約書に明記しておくことが、トラブル防止の基本となります。この点については、第3回で詳しく取り上げます。
4.中小企業で在籍型出向が注目される背景
在籍型出向は以前からある仕組みですが、近年、中小企業の間で改めて関心が高まっています。背景には、以下のような社会・経済的な変化があります。
(1)人手不足の深刻化と業種間の需給ギャップ
少子高齢化に伴う労働力不足は、業種・地域を問わず多くの中小企業が直面する構造的な課題です。新規採用で対応しようとしても、求める人材がなかなか集まらないというケースは珍しくありません。
こうした状況のなかで、在籍型出向は「人材を採用・育成するコストをかけずに、即戦力を確保できる手段」として注目されています。特定の業種や地域で人手が不足している一方、別の業種や地域では事業の縮小や繁閑の差などにより、一時的に人員に余裕が生じることがあります。在籍型出向は、こうした需給のギャップを橋渡しする機能を担います。送り出す側にとっても、社員を解雇することなく雇用を守りながら、コスト負担を軽減できる手段となり得ます。
(2)業種・季節による繁閑の差への対応
農業・観光・建設・食品加工など、特定の時期に業務が集中する業種では、繁忙期に即戦力となる人材を確保したいというニーズが常にあります。しかし、繁忙期だけのために正規採用を行えば、閑散期には人件費が固定費として重くのしかかります。かといって、毎年新たなアルバイトや契約社員を探し続けるのも、採用・教育のコストと手間がかかります。
在籍型出向であれば、繁忙期に必要な経験者を一定期間受け入れ、期間終了後は出向元に戻すという運用が可能です。受け入れる側は即戦力を確保でき、送り出す側は自社の閑散期に社員の雇用を維持できることから、双方にとって合理的な仕組みとして、活用が広がっています。
(3)社員のキャリア形成と組織の活性化
働き方の多様化が進むなかで、社員がひとつの会社だけでなく、異なる職場・業種で経験を積むことへの期待も高まっています。在籍型出向は、社員に新たな環境での業務経験を積ませる機会となり、専門スキルの幅を広げるとともに、視野を広げる効果も期待できます。
出向を経験した社員が元の会社に戻ることで、組織全体に新たな知見や人脈がもたらされるという側面も見逃せません。「外の世界を知った社員」の存在は、組織に新鮮な視点と活力をもたらすものです。社員育成の手段として在籍型出向を位置づける経営者も、近年増えています。
5.在籍型出向を相談できる窓口
在籍型出向の活用を検討する企業に対して、産業雇用安定センターが出向元・出向先のマッチングから実務的な相談まで、無料でサポートしています。はじめて活用を考える中小企業でも相談しやすい窓口として、広く利用されています。「制度の概要は理解できたが、自社でどう活用すればよいかわからない」という段階から気軽に相談できます。
第2回では、在籍型出向がどのような場面でどのように使われているか——人材育成、事業承継支援、社会貢献、雇用維持など、多様な活用パターンを具体的にご紹介します。




