SDGs達成に向けて

環境教育情報紙の無料配布で「地球環境問題に無関心な人をゼロに」【株式会社アドバコム(北海道札幌市)】

2024年 10月 15日

子ども環境教育情報紙「エコチル」を発行するアドバコム創業者の臼井純信氏
子ども環境教育情報紙「エコチル」を発行するアドバコム創業者の臼井純信氏

子ども環境教育情報紙「エコチル」(8月を除く月1回発行)を公立小学校に無料で配布している株式会社アドバコム。地元・札幌市で10万部からスタートした同紙は、サミット(主要国首脳会議)開催やSDGsなどを追い風にして発行部数を150万部に伸ばし、全国の小学生の4人に1人が読んでいる媒体に成長した。創業者の臼井純信代表取締役は、「地球環境問題に“無関心な人”を0(ゼロ)にしたい」という目標を掲げ、次代を担う子どもたちのため、将来を見据えた志の高い取り組みを続けていく。

「生まれてくる子どもに誇れる仕事を」とエコチル創刊

エコチルは行政・企業・学校・家庭をエコでつなぐ
エコチルは行政・企業・学校・家庭をエコでつなぐ

生まれも育ちも札幌市という臼井氏は高校卒業後、地元の広告代理店に就職。広告の持つ影響力の大きさに魅力を感じ、「広告を生涯の仕事にしていく」と2000年に23歳で独立。翌年にアドバコムを設立した。経営が軌道に乗ってきた2005年、転機が訪れた。長女の誕生である。「父親になるという実感がわくと同時に、生まれてくる子どもに誇れる仕事がしたいという気持ちが芽生えた」。子どもたちの未来を意識し、環境に関心を持ってもらう教育関係の事業を手掛けることにし、2006年4月に「エコチル」を創刊。札幌市内の公立小学校を通じて10万部を配布した。名称はエコロジーとチルドレンを合わせた造語で、地球温暖化など環境に関するテーマを紙面でわかりやすく取り上げていった。

しばらくは伸び悩んだが、2008年に開催された北海道洞爺湖サミットで潮目が変わった。地球環境問題への関心が一気に高まるなか、配布を希望する小学校が増え、「サミットをテーマにした記事を載せてほしい」という要望も寄せられた。さらに、CSR(企業の社会的責任)を意識した企業から広告が出稿されるようになり、広告収入を頼りにするフリーペーパーの経営基盤を固めた。

2022年12月の第10回グッドライフアワード表彰式で環境大臣賞・企業部門を受賞
2022年12月の第10回グッドライフアワード表彰式で環境大臣賞・企業部門を受賞

行政からのお墨付きも相次いだ。2009年に北海道グリーン・ビズ認定、翌年にさっぽろ環境賞の環境保全・創造部門で札幌市長賞受賞。道内での認知度と信用力がさらに高まると、次に目指したのが首都・東京だった。2012年に単身上京し、半年間の滞在中、区立の小学校を回って「エコチルを配布したい」とお願いした。そして翌年4月、墨田区など4区で無料配布がスタート。折しも同年12月に地球温暖化防止活動で環境大臣表彰を受けたことで、エコチルの知名度は全国区に。2016年には東京23区すべてで配布が始まり、その後も発行エリアを順次拡大していった。こうした環境意識醸成への貢献が高く評価され、2022年に第10回グッドライフアワードの環境大臣賞・企業部門を受賞した。

カラフルな紙面、豊富なイラスト、漢字はルビ付き

エコチルの紙面はとてもカラフル
エコチルの紙面はとてもカラフル

創刊当時にはなかったSDGsへの関心の高まりも追い風になり、エコチルの発行部数は右肩上がり。現在、北海道版、東京版、横浜版、相模原版、湘南版(平塚市・大磯町)、長野版、静岡版、大阪版と計150万部以上を発行し、約3750校(一部の公立中学校・高校を含む)に無料配布している。さらにデジタル版を含めると全国47都道府県向けに56種類の紙面を編集している。

内容は地球温暖化や生物多様化、省エネなど環境問題がメイン。とくに印象的なのはカラフルな色使いだ。「大人には見づらいかもしれないが、子どもたちの意見を受けて多くの色を使っている」(臼井氏)という。イラストも豊富で、表紙イラストとして小学生の応募作品を掲載している。漢字はすべてルビ付き。記事は小学4年生を念頭に書かれており、「低学年の場合は親子で一緒に見てもらいたい」と臼井氏は話す。そして最終面には「読み終わったエコチルはリサイクルしよう」とのメッセージ。環境への意識を高めるだけでなく、実際の行動に移してもらおうというのが狙いだ。

編集体制は小規模だ。編集長を兼任する臼井氏のほか、本社の札幌に副編集長、東京と大阪にリーダーが各1人配置されているだけ。記事の多くは、「本当にわずかな謝礼」(臼井氏)で原稿を送ってくれる在宅ワーカーによるものだ。40人ほどが業務委託で執筆しているが、「子どもがエコチルを読んでいた。ぜひ協力したい」という母親からの申し出も多いという。また最終面に掲載されている動物園や水族館など生き物の連載記事は、それぞれ地元自治体が運営する施設の協力で作成されている。

3年間は赤字続き、長女の存在を心の支えに耐え抜く

札幌ドームで開催された北海道最大級の環境・SDGsイベント「環境広場さっぽろ」
札幌ドームで開催された北海道最大級の環境・SDGsイベント「環境広場さっぽろ」

もちろん、ここまでの道のりは平坦ではなかった。エコチルを始めて3年ほどは広告主を確保できず、「出せば出すほど赤字だった」(臼井氏)という。広告代理業で稼いだ利益をエコチルが食いつぶす状態が続き、社員も次々と退職していった。

「もう続けていけない」と挫折しそうになった臼井氏の心の支えになったのが、エコチル誕生のきっかけになった長女の存在だった。「せめてこの子が小学校に入り、学校でエコチルを手にするまでは頑張ろう」と歯を食いしばり、好転のきっかけとなったサミットまで持ちこたえることができた。そして2012年4月、小学1年生になった長女がエコチルを持って帰宅。その様子を写した写真は妻から携帯電話で送られた。「そのときは本当にうれしかった」と臼井氏は振り返る。

サミット後のリーマンショックでは本業だった広告代理業が大きく落ち込んだが、「エコチルを発行していたおかげで乗り切ることができた」。それ以上の打撃を受けたのがコロナ禍だった。学校は一斉休校になり、エコチルの発行はままならず、企業からの広告もストップ。その頃には、札幌市とコラボした親子向け環境・SDGsイベント「環境広場さっぽろ」をはじめとした数多くのイベントを手掛けるようになっていたが、イベントもコロナ禍で軒並み中止に。「一気に1億円の減収になった」(臼井氏)という。

デジタル化の一方で紙媒体の利点も 親子の対話ツールに

紙媒体だからこそ親子で一緒に読んで対話が生まれる
紙媒体だからこそ親子で一緒に読んで対話が生まれる

こうした状況下で進めたのがエコチルのデジタル化だった。創刊15周年となる2021年4月には、全国を対象にしたデジタル版を発行するとともに、YouTubeで生配信を行う「エコチルライブ」がスタートした。さらに、各家庭で親子一緒に楽しめる工作キットの販売を開始した。

デジタル化進展の一方で、紙媒体の利点を再認識した。エコチルは国内でインターネットの普及が急速に進んでいた時期に誕生したが、臼井氏は紙媒体にこだわった。「ネットは便利だが、自分で興味のある物事を探していく必要がある。子どもたちには、紙面を開くだけで情報が目に飛び込んでくる紙媒体の方が効果的だ」。コロナ禍を機にオンライン授業など学校でもデジタル化が進んだが、「リモートよりも、対面で会い実物を手にするといったリアルの方がいいと実感した」と臼井氏は強調する。

紙媒体だからこその効果もある。「子どもが学校から持ち帰ったエコチルを親が一緒に読む。そこに親子間に対話が生まれる」と臼井氏。2021年7月に実施した読者アンケートでは、保護者の88.5%が子どもと一緒にエコチルを話題にすると回答しており、親子の対話ツールとしての役割が数字でも裏付けられている。

3年後に235万部、子どもたちの経済・地域的格差解消へ

150万部に達した発行部数をさらに伸ばしていく
150万部に達した発行部数をさらに伸ばしていく

エコチルの発行エリアはさらに広げていく考えだ。今年4月には、それまで大阪市内に限られていた発行を大阪府全域に拡大した。「大阪版はしばらくの間、赤字を覚悟している」と話す臼井氏だが、これまでの経験をもとに「2年ほどかけて黒字にしていく」との自信を持っている。

今後は、全国20の政令指定都市すべてでの創刊を含め、2027年度に235万部の発行を目標にしている。そして、全国の小学生の24.8%が読んでいるというカバー率を2027年度には35%以上に引き上げる考えだ。「発行エリアを広げていくことで、子どもたちを取り巻く経済的・地域的格差を少しでも解消していきたい」と話す臼井氏。公立小学校への配布にこだわるのも経済的格差の解消を念頭に置いたものだという。

コロナ禍を経てリアルの良さを再認識したが、同時にデジタル化も必要に応じて活用していく。その一つが独自のプラットフォームの開発だ。「プラットフォームを通じて出前授業や工場見学のマッチングを行う。昨今は子どもたちの体験格差も問題視されるようになっているが、こうしたマッチングを行うことで少しでも格差を埋めていきたい」と臼井氏。近くベータ版(試用版)を公開し、来年度から本格運用したいとしている。

SDGsへの関心抱き、志の高い大人に育ってほしい

「エコチルは自分の子どものような存在」と話す臼井氏
「エコチルは自分の子どものような存在」と話す臼井氏

札幌市内で発行を始めてから18年が経過した。かつてエコチルを読んでいた小学生が現在は社会人として働いている。「小学校の6年間、エコチルを読んでいた。社会のために働きたいという気持ちになった」として、今は同社で働く元小学生読者もいる。

「そんなに長くやってきたんだ」と時の流れを実感する臼井氏。「エコチルは自分の子どものような存在だ」と話すとともに、「エコチルを読んでSDGsへの関心を抱いた子どもたちが将来、リーダー的存在のような志の高い大人に育ってもらえれば大変うれしい」と、次代を担う子どもたちの未来に期待を寄せている。

企業データ

企業名
株式会社アドバコム
Webサイト
設立
(創業)2001年3月
資本金
1000万円
従業員数
17人
代表者
臼井純信 氏
所在地
北海道札幌市中央区北2条西2丁目1-1 ハクオウビル3F
事業内容
環境プロモーション(エコチル)事業、プロモーション支援事業、プロモーション制作事業