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海外展開先行で世界的ブランド確立「星野楽器株式会社」

左からポール・スタンレーの「PS10」、ジョージ・ベンソンの「GB40THII」、TAMAブランドのトップグレード「STAR シリーズ」、ティム・ヘンソン(ポリフィア)の「THBB10」、スティーヴ・ヴァイの「ユニヴァース」
左からポール・スタンレーの「PS10」、ジョージ・ベンソンの「GB40THII」、TAMAブランドのトップグレード「STAR シリーズ」、ティム・ヘンソン(ポリフィア)の「THBB10」、スティーヴ・ヴァイの「ユニヴァース」

エドワード・ヴァン・ヘイレン、ポール・スタンレー、スティーヴ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニ、ポール・ギルバート、サイモン・フィリップス、スチュワート・コープランド、テリー・ボジオ、ビル・ブルフォード、ブライアン・ダウニング——。

枚挙にいとまがないが、ここにリストアップされた著名ミュージシャンを見て、その共通項が分かる読者は、明らかにロック通、楽器マニアである。いずれも「Ibanez」ギターもしくは「TAMA」ドラムを使っている、ないしは使っていた人達だ。楽器愛好家なら誰もが知っているこの両ブランドは、星野楽器株式会社という名古屋に本社を置く日本の中小企業が世界に展開するオリジナルブランドである。

同社は、現存する書店としては名古屋最古といわれる星野書店の楽器部として1908年に創業。29年に同店から分社独立して設立された。ギターブランドのIbanezは、スペインのギター製作家サルバドール・イバニェスの工房がスペイン内戦によって廃業した後、同社が商標を買い取ったことが起源。ドラムブランドのTAMAは、創業者である星野義太郎の妻「多満」に由来している。

ギター開発基盤確立に心血

同社に当初からエレクトリックギターの開発基盤があったわけではない。イバニェス以来のアコーステックギター製造で木加工の技術に磨きがかかった60年ごろ、アメリカのバンド「ベンチャーズ」に代表されるエレキブームからグループサウンズが流行した。

この時流に乗ろうと、ギターに搭載するピックアップ(弦の振動を電気信号に変換するマグネットとコイルを組み合わせた部品)を開発できる電子工学に精通した人材を採用して、エレクトリックギターの開発に取り組んだ。

海外メーカーのギターを購入しては分解し、見よう見まねでピックアップを試作する段階から研究を始めて技術向上に努めた。エレクトリックギターの製造技術確立後は、次第にマーケティング・企画・設計・開発に注力するようになり、68年からはフジゲン株式会社(長野県松本市、当時 富士弦楽器製造)にOEM生産を委託している。

現在は、シグネチャーモデル(有名ミュージシャンの名を冠した楽器)をはじめとする上位機種の生産をフジゲンに委託し、中級モデルの生産はインドネシアに工場を置く韓国のギターメーカーに委託。一般向けモデルは韓国、中国、インドネシアの協力会社で製造している。とりわけIbanezは、自社工場を持たずにコア事業に特化する「ファブレス経営」を50年も前から実践して事業を拡大してきた先進性が際立つ。一方のTAMAドラムは、当初からの自社工場・自社スタッフによる一貫生産体制を維持している。

シグネチャーモデルで躍進

Ibanezの知名度を一気に引き上げる契機となったのが、78年に発表した、人気バンドKISSのフロントマンであるポール・スタンレーのシグネチャーモデル「PS10」である。印象的な形状は、同社の企画部員が意見を出し合って仕上げたギターデザインの金字塔といえるだろう。

Ibanezオリジナルの変形ギター「アイスマン」を気に入ったP.スタンレー自らのアイデアによってカスタマイズしたものであるが、KISS絶頂期に使用されたことから、Ibanezの知名度は瞬く間に世界中へと広がった。当時Ibanezを日本発のブランドと認識する人は少なかったが、ジョージ・ベンソンの小型フルアコースティックギター「GB10」に続いて社業発展の原動力となるシグネチャーモデルのコラボレート相手に、P.スタンレーを選んだ同社のビジネスセンスには光るものがある。

同社のギター開発や、国内市場の開拓より先に海外進出を果たしたことなどの裏には、巧みなマーケティング戦略があった。

同社の本格的な海外進出は、手形取引などの複雑な商習慣がある日本より、海外市場を先に開拓しようという星野義裕会長の発案がきっかけだったが、当時取引していたアメリカの10社程度の卸売り業者との遠隔的な連携が負担であったために自ら乗り込んだというのが実情だ。この英断こそが、同社を今日の成功に導く布石となった。

未来拓いた的確な人選

星野会長は72年にアメリカの現地法人HOSHINO U.S.A.をペンシルバニア州フィラデルフィア(後に現在のベンセーラムへ移転)に設立し、ミュージシャンでマーケティングに秀でたジェフ・ハッセルバーガーという人物を採用した。P.スタンレーのシグネチャーモデルプロジェクトは、ハッセルバーガー氏が以前からその才能に目を付けていたP.スタンレーとコンタクトを取ったことから始まったものだ。星野公秀社長は氏の人選と先見性を評価しているが、そもそも氏を採用した同社の人選が優れていたといえる。

Ibanezのプレゼンスとステータスを異次元レベルに昇華させたのが、アルカトラズやデビッド・リー・ロス・バンドでの活躍で知られるスティーヴ・ヴァイのシグネチャーモデル「JEM」および「ユニヴァース」だ。前者はボディの縁に把手となる穴を開けた6弦ギター、後者は新規需要を創造し、業界全体に一大ブームをもたらした7弦ギターの先駆けである。両シリーズとも発売から30年が経過するが、今なおIbanezの顔として商品ラインナップに君臨している。

「ユニヴァース」はS.ヴァイのリクエストに応えるため、「JEM」を土台として、6弦の低音弦側に7本目の弦を追加する方向で開発は進められた。トレモロユニットの新規設計、弦のテンション確保や出力のバランス調整に苦労を強いられたものの、「JEM」発売翌年の90年に世界初となる7弦エレキギターの量産市販化を果たし、一躍“時のギター”となった。

孤高の名器「チューブスクリーマー」シリーズ
孤高の名器「チューブスクリーマー」シリーズ

Ibanezの強みは、ギター開発にとどまらない。音をアンプに送る過程で電気信号を可変して音響効果を付加するエフェクターの開発でも賞賛を浴びている。中でも、真空管アンプの自然なブースト(音量と歪みの増幅)効果を引き出す「チューブスクリーマー」は、世界中で絶大なる支持を集めるエフェクター史上の最高傑作である。

初代チューブスクリーマー「TS808」は79年の発売以来、評判が評判を呼んだ。スティーヴィー・レイ・ヴォーンやゲイリー・ムーアといったレジェンド達がいち早く愛用したことも相まって、後年発売された派生モデルを含めたチューブスクリーマーシリーズは不動の地位と名声を得るに至った。競合各社からは、今もこれらをベンチマークとする多数の類似品、リスペクト品が市場に投入されているが、同社はこの有名税を支払っても、なおあまりある業績をあげている。

Ibanezだけでなく、ドラムブランドのTAMAも早くからビリー・コブハム、レニー・ホワイトら技巧派ミュージシャンに支持され、エンドースメント契約(有名人と肖像権利用や商品化権などで結んだ契約に基づく商品販売)を結んでいる。

徹底した海外需要調査

エンドースメント契約に至る人材を選りすぐる眼力は、HOSHINO U.S.A.を設立した星野会長が全社的に徹底させた現地調査体制に培われている。同社は会長の「開拓すべき市場を見極めるのに、状況や定評などを又聞きしたところで信用できない。市場調査は自前のスタッフで実施すべき」との考えに基づき、日本人スタッフ3人に、現地で採用したアメリカ人スタッフ1人を加えた4人で船出。日本人スタッフが営業で1人2州ずつ順次担当しながら、現地の生の声を企画に反映する体制を確立した。この現場主義は、オランダのHOSHINO EUROPEや中国の広州星野楽器貿易有限公司などにも受け継がれている。

エンドースメント契約の調査対象は、知名度のあるミュージシャンに限らず、まだメジャー契約していないミュージシャンのライブ活動および集客実績、観客の反応、音楽のトレンドなど多岐にわたる。

HOSHINO U.S.A.では、1990年からロサンゼルスに支店としてアーティストリレーション(ミュージシャンへの楽器の修理・調整などの便宜供与をはじめとする総合サポート)部門を設置しており、ギター担当3人、ドラム担当2人、カスタムギター担当7人からなる体制で今も調査を進めている。調査結果を入念に精査し、トレンドを先読みして1~2年後の主流にマッチすると予測できる性能やデザインのギターを開発するのが星野楽器の手法だ。

契約交渉には厳しい姿勢で

契約交渉すべきミュージシャンはトレンドへの影響力で選んでいる。来日時にミュージシャンから依頼されるケースと同社から打診するケースがある。シグネチャーモデルなら1本の販売に伴うロイヤリティー契約が条件だ。スティーヴ・ヴァイであっても新進気鋭のミュージシャンであっても同様である。販売する国によって細かく異なる価格帯やスペックなどに関する情報を事前に開示して、承認を得てから生産ラインに乗せている。

ドラムの場合は、ミュージシャンがコンサートで訪れる国に自らフルセットを運ぶ代わりに、メーカーが各国のエージェント(総代理店)に会場まで運ばせるというリース契約が業界の主流。つまりドラマーごとに異なる仕様ニーズに合致する機材のデリバリーサービスが、ミュージシャンとメーカーとの関係性に大きく影響してくるわけだ。

開発決定には権利が絡むため慎重を要する。シグネチャーモデルの対象となるミュージシャンとは「デザインや技術をはじめとするあらゆる分野で出し合う意見やアイデアは、すべて星野楽器に帰属する」ことへの同意を先に得てから、協議に入る姿勢を崩さない。契約交渉や意見交換する席に着く前に、権利の所在を明確化しておくことを極めて重要視している。この見返りがロイヤリティーであるという位置づけだ。

良好な取引関係が好業績に

ブランドロゴが映える本社ビル
ブランドロゴが映える本社ビル

ギター、ドラム、エフェクターとも名だたる技巧派ミュージシャンに支持され続けていることを、星野公秀社長は約40年間地道にプロモートしてきた成果だと分析している。「店主やユーザーの声を製品に反映しながら築いてきた小売店との良好な関係があるからこそ、新製品でも好意的にユーザーに宣伝してもらえる。これはHOSHINO U.S.A.の宝だと思っている」と語る。

ちなみに前述のエフェクター「チューブスクリーマー」は、得意先であるニューヨークの楽器店「サムアッシュミュージックストア」のリッチー・アッシュ代表取締役が名付け親。そのサウンド効果を的確に言い表したネーミングの妙が、同機の大ヒットに一役買っていることは間違いない。

「Ibanez」と「TAMA」のブランド力は、アーティストリレーション部門などの現地スタッフだけでなく、同社の技術を開発している人材にも支えられている。育成方針は失敗を恐れずチャレンジさせること。ローテーションを組んで5年ごとに他の部署を経験させて能力を見極め、適材適所を実践している。

採用する人材は、工学系の学生とは限らない。社員のバックボーンは「専門知識はないが音楽は大好き」「ギターを少し弾ける」「機構設計を学んできた」などさまざまだが、採用面接では入社後にやりたいことを素直に表現できる強い意気込みを最重要視している。人手不足が取りざたされる昨今でも、ブランド力や社員教育方針が志願者の親にも理解され、優秀な人材が集まっている。

アジア市場も深耕

業績も特に中国関係事業が好調で増収増益。上海で開催される世界最大級の楽器フェア「ミュージックチャイナ」にも毎年出展し、音楽の傾向が年々西洋化してきている同国での手応えを感じている。

星野社長は「広くて人口が多い中国の、どのエリアでどのジャンルの音楽が盛んなのかを手に取るようにはつかんでいない。広州星野楽器貿易有限公司が現地のエージェントと密に連携して、小売店とのコミュニケーションを深めることで、10年ぐらいかけて市場開拓に必要なものを厳選していく。インドとインドネシアも人口が多く、開拓の余地はまだまだある」とアジア戦略を明かす。

アーティストリレーションさらに強化

着実に成長している星野楽器にも、課題はある。録音技術がデジタル方式に移行して以来、音楽制作ソフトの普及やサンプリング(既製曲や音源を再構築して新曲を製作するデジタル技法)の発達で、人間が楽器を演奏した部分がない、すべてデジタル音源で録音された楽曲が珍しくなくなった。

デジタル録音やDTM(デスクトップミュージック)が主流となった2000年以降、誰もが憧れるようなカリスマ性を有したミュージシャンは出現していない。ギタリストではスティーヴ・ヴァイがおそらく最後。ドラマーならコージー・パウエルだろうか…。楽器演奏・録音機会の減少はミュージシャン志望者の減少につながり、楽器の販売台数の減少にも反映されている。

こうした難局を打開するためにも、同社はアーティストリレーション部門をさらに強化していく。日本ではギター部門2人、ドラム部門2人を配置。アメリカ以外の国では、現地のエージェントがアーティストリレーションを担当している。市場性が少しでも期待できる若い人材なら接触して将来性を確認する構えだ。

メトロポリタン美術館でも別格

数々の商品プランが練られるマーチャンダイジング部門
数々の商品プランが練られるマーチャンダイジング部門

結びに同社が海外で別格の存在となっていることを示す、ごく最近の好例を紹介しよう。ニューヨークのメトロポリタン美術館が今年開催したロック史を象徴する楽器を多数展示した企画展「プレイ・イット・ラウド『ロックンロールの楽器展』」でも同社の楽器は展示された。

展示品を収録した重厚な図録の大扉はポール・スタンレーのシグネチャーモデルが、目次前の見開きページはメタリカのラーズ・ウルリッヒが叩くTAMAドラムが飾っている。P.スタンレーとL.ウルリッヒの間のページは、ギブソン製ギターを弾くアルバート・キングの見開き中扉だから、目次前に載っている3アイテム中、2アイテムまでが星野楽器製品になっている。

ロック創世記からアメリカ製楽器が花形だったミュージックシーンにあって、このエピソードは日本人として実に誇らしいではないか。

One Point

成功の秘訣は巧みな海外戦略に

Ibanezは当初日本で「イバニーズ」というカナ表記で展開していたが、80年代半ばに雑誌広告やカタログにおけるカナ表記をすべて英語読みの「アイバニーズ」に統一した。海外ミュージックシーンの第一線で活躍するブランドイメージをそのまま国内マーケットに当てはめた格好だ。今では、いわゆる「スーパーストラト」の世界トップブランドにまで昇り詰めている。こうした海外展開成功の原動力は、優れた自社スタッフによる徹底的な現地調査。星野社長も、ブランド展開という領域では調査力、行動力ともに兼ね備えている企業だと自負している。

企業データ

星野公秀  代表取締役
星野公秀 代表取締役
企業名
星野楽器株式会社
Webサイト
法人番号
2180001018229
代表者
星野公秀 代表取締役
所在地
名古屋市東区橦木町3-22
事業内容
弦楽器・打楽器・電子楽器の企画・設計・開発、海外卸販売、打楽器および付属品の製造など