同社は屋根や外壁工事などの施工・工程管理を手掛ける。職人だった池田貴久常務が個人事業主から法人化した建設会社だ。三井氏は元々、代表だった池田氏の妻で、会社の事務を担当していた。ところが、「(池田氏は)職人としての腕はいいが、原価計算ができず、赤字にしかならない仕事を引き受けていた」(三井氏)。気づけば1億円もの借金を抱え、倒産の危機に陥った。そして2011年、三井氏は一大決心し、代表交代に踏み切った。経営者として経費と原価管理を徹底し、同社はV字回復を果たした。一方、池田氏はしばらくして会社を去ったが、同業他社で修業を積み、5年ほど経って復帰。以来、会社のナンバー2として元妻の三井氏を支えている。
経営者として手腕を発揮している三井氏は、髪を緑色に染め、ロック系のファッションを身にまとい、さらにはタトゥーも入れているという強烈な個性の持ち主でもある。その生い立ちは波乱万丈だった。東京都小平市出身の三井氏は、小学生の頃から両親からの虐待やネグレクトを受けていた。高校を中退後は地元の不良のたまり場に顔を出すようになり、金がなくて万引を繰り返した。警察に補導されて留置場に入れられたこともあり、「会社の近くにある東大和署をはじめ、このあたりの警察署はすべて“制覇”した」とあっけらかんと話す。
やがて、こうしたダラダラした日々に飽きがきた三井氏は、チェーン展開するすし店でアルバイトを始めた。「働いてお金を稼いだこと、お客さまから『ありがとう』と感謝されたこと、なにより、自分が必要とされていると感じられたことがうれしかった」と振り返る。こうした10代の経験が、現在の更生保護への取り組みの原点になったといえる。