あすのユニコーンたち
微生物の力で未利用資源から天然由来の新素材を開発【株式会社ファーメンステーション(千葉県船橋市)】
2025年 6月 2日

酒やしょうゆ、みそなどをつくる酵母、チーズやヨーグルトをつくる乳酸菌—。人類は古くから、さまざまな微生物を活用してきた。自然界には多くの微生物が存在するが、その中には人間にとって有効な成分を生み出すパワーを持った微生物も少なくない。東京都墨田区の株式会社ファーメンステーションはこうした微生物を活用し、独自の発酵技術で未利用資源から機能性素材を作り出す事業を展開している。サステナブルな社会への関心が高まる中、天然由来の素材に対するニーズは高まる一方で、食品や化粧品などの大手企業との協業が広がっている。
「捨ててしまうもの」から新たな価値を生み出す

「『未利用資源から新たな素材をつくりたい』という企業と新たな素材を共同開発し、製造・販売する事業をメーンに展開している。発酵の力から機能のある素材を作り出す。いろいろな種類の未利用資源の経験があり、素材をつくるためのベストの微生物を選ぶことができる」と、代表取締役の酒井里奈氏は胸を張った。
未利用資源というのはコーヒーや果物の絞りかす、米ぬかなど食品や飲料の製造過程で排出される製造残渣(ざんさ)や副産物、市場に出回らない規格外農産物のことをいう。うまく再利用されても家畜の餌やたい肥になるくらいだったが、ファーメンステーションは微生物の力を借り、機能性の高い素材を生み出している。
例えば、コーヒーかす。メーカーによって組成や状態が大きく異なるのだという。未利用資源の状態を見極めながら、最適な微生物を選び、発酵させる。微生物によってはコーヒーかすからミルクの香りがする素材をつくる、ということも可能なのだそうだ。

これまで蓄積していた未利用資源や微生物のデータをもとに基板となる「発酵アップサイクル技術プラットフォーム」を構築。企業のニーズに応じ、天然由来の素材を開発する。研究開発型のスタートアップには珍しく、自社で工場を持っており、開発から生産までスピーディーに対応できるところも大きな強みとなっている。
大手酒類メーカーとの協業では、かんきつ類の果皮から独自の発酵技術で飲料用途に原料化したアルコールを開発し、商品化された。低アルコールながらお酒の味の深みやうまみがしっかりと表れるという。また、高知県との協業でゆずの加工過程で排出される搾汁粕(さのう)から保湿成分を開発。大手化粧品メーカーのボディケア商品に採用されている。
一般的に利用されている食品や化粧品の中には石油由来の素材が少なからず利用されている。環境や健康への意識が高まる中、石油由来の素材の使用を避け、「天然由来の素材を使ったものを使いたい」という企業のニーズが高まっている。また、廃棄物の削減など持続可能な社会の構築は企業にとって重要な課題となっており、ファーメンステーションが取り組む事業の大きな追い風になっている。
「ごみからバイオ燃料」…テレビ番組が人生の転機に
酒井氏がファーメンステーションを創業したのは2009年のことだ。
もともと大学を卒業してすぐ大手金融機関に勤務。インフラ整備やエネルギー開発などの国内外の大規模プロジェクトに対して融資を行うプロジェクト・ファイナンスを担当する部署に所属していた。そんなある日、人生の転機となるテレビ番組を視聴する。生ごみからバイオ燃料を作る東京農業大学の研究技術を紹介する番組だった。醸造技術を生ごみに応用。微生物によってごみを発酵させ、エタノールを生み出す、というものだった。
「ちょうど気候変動や地球温暖化ということが言われ始めたころ。有効活用されていない資源を使って、エネルギーなどもっと世の中に役立つものになったらいいのにと思った」と振り返る。
そして、その思いを行動に移す。10年間勤務していた金融機関を辞め、テレビで紹介された東農大の応用生物科学部醸造科学科に入学した。もともと文系の出身。「ある程度、勉強をしないと分からないだろうと思い、理屈から理解しようと大学に入り直した」。
テレビ番組で紹介されていた研究室に入って1年ほどが経過したころ、その研究室が岩手県奥州市との間で、米からエタノールを作る共同研究をスタートさせた。休耕田となった田んぼに燃料用途として米をオーガニックで栽培。バイオ燃料として利用することで農業や地域経済の活性化につなげる。その可能性を探る研究だった。酒井氏もこの研究に参加。研究が進む中、実働部隊として実験を行う事業者が必要となった。研究室から「やってみないか」と打診され、会社を設立することになった。
燃料以外の素材開発にチャレンジ、事業の主流に

奥州市との共同研究では、閉鎖されていた酒蔵を借り、市の職員らとともに3年間実験を重ねたという。「米からエタノールをつくる技術は確立できた。また、蒸留かすも家畜のいい餌になった」という。だが、実用化にはコストの壁が立ちはだかり、共同研究は終了することになった。
「循環型社会を構築するプロジェクトに取り組むことができたのは大きな成果だった」と酒井氏。「このままやめてしまったらもったいない」と、自らこの技術を燃料以外の用途で活用する道を模索。2013年から化粧品や食品関連の企業などに向けの新たな事業展開にチャレンジした。「奥州市との共同研究では、オーガニックの原料を使い、トレーサビリティもしっかりしている原料開発ができた。当社の技術が絶対に必要になる」という確信を持っていた。
まだ、SDGsという考え方も生まれていない時期。「企業を回りながら、説得する」という感じだったという。BtoB向けに素材を供給するビジネスを目標にしていたが、当初はなかなかその意義が理解されなかったそうだ。事例をみせようと、自社の素材を活用した化粧品など消費者向け商品の販売にも取り組んだ。展示会にも出展して自社の技術をアピールした。やがて、「貴社のようなコンセプトの素材でモノづくりをしたい」という顧客が現れるようになった。
企業からの協業も目に見えて増えてきた。特に新型コロナウイルスの感染拡大以降、問い合わせは大幅に増加しているという。ゲリラ豪雨など気候変動の脅威を実感するような出来事が増えてきていることも企業の意識に変革を起こしたようで、「『必要だ』と思ってもらい、『そうだね』と共感してもらうまで、結構時間がかかったな、という感じがする」と目を細めた。
海外展開も視野「未利用資源のアップサイクルにつなげたい」

事業のスタートは燃料用のエタノールだったが、現在、企業などと共同開発するのは、それ以外の素材が大部分になっている。企業との共同開発が広がる中、生産規模を増強するため2024年に工場を移転。同じ奥州市内に新たな生産拠点を設けた。研究開発の人員も増員。東京都墨田区の本社にあった研究施設が手狭になったため、中小機構のインキュベーション施設、ベンチャープラザ船橋(千葉県)に研究拠点となるラボを開設した。今年5月には本社そのものもベンチャープラザ船橋に移転した。
ベンチャープラザ船橋は、生化学研究には欠かせない「ウェットラボ」を備えた施設だ。都心近郊にウェットラボの機能を備えた施設は限られており、入居できたことで研究開発をこれまで以上に加速させることが可能になった。「事業を進めるうえで、事業チームと研究開発チームが一緒にいる環境が欲しかった。そういう場として非常によかった」と酒井氏は話す。
一方、未利用資源の活用のすそ野を広げるため、自社が持つデータの公開にも踏み切った。2023年に販売を開始した「未利用バイオマスデータシート」は、規格外農産物や製造残渣、副産物など発酵アップサイクル技術の適用対象となりやすい100種類のバイオマスを紹介している。
活用の可能性や難易度などのデータも公開。自社オリジナルの発酵レシピを用いた糖化分解の実験結果も掲載した。「食品・飲料メーカーなどで規格外品の有効活用を考えたり、化粧品メーカーでアップサイクル原料素材の活用を検討したりする際、有効活用してもらいたい」とデータ公開の狙いを明かした。

海外展開にも意欲的だ。「国内は非常に大事な市場で、日本はもちろん頑張るが、海外でも十分に可能性があると思っている」と酒井氏。まずはアメリカに照準を合わせた展開を検討している。
ファーメンステーションは、アメリカの非営利団体が環境や社会に配慮した事業を行う公益性の高い企業を認証する制度「B Corp」の認証を日本のスタートアップとして初めて取得した実績を持つ。また、奥州市の工場はアメリカのUSDAというオーガニック認証を持っている。米国で活動できる素地はすでに固めている状況だ。
「アメリカは、糖尿病や肥満が多いなど健康問題が社会課題になっている。健康や環境など複数の社会的な課題の解決につなげられる可能性があり、チャレンジするのは面白い」。アメリカをステップに世界へとジャンプアップするシナリオを描いている。
世界に目を移すと、栽培・生産された食品のうちの約40%にあたる25億トンが廃棄されているといわれる。食品などの廃棄による温室効果ガスの発生は10%にもなると試算される。ファーメンステーションの技術が世界に広がることで、未利用資源の活用が世界中に広がり、地球環境に好影響を与えることも期待される。
企業データ
- 企業名
- 株式会社ファーメンステーション
- Webサイト
- 設立
- 2009年7月
- 従業員数
- 20人
- 代表者
- 酒井里奈 氏
- 所在地
- 千葉県船橋市北本町1-17-25 ベンチャープラザ船橋
- 事業内容
- 未利用バイオマス由来のエタノール・発酵原料の研究開発・製造販売、化粧品・雑貨OEM・ODM、未利用資源を活用した事業共創、自社オーガニックブランド事業