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宮古島の魅力を「食」でアピール、地域活性化の牽引役に「浜口水産株式会社」

2024年 7月 1日

浜口美由紀代表取締役

沖縄県宮古島市の伊良部島で水産加工業を手掛ける浜口水産株式会社は地元の食材などを活用してさまざまなアイデア商品を相次いで開発し、宮古島市を代表する会社として注目されている。独自に開発した商品の中には全国に販路を広げたものもあり、島経済活性化の牽引役としての活躍が期待されている。

ピンチをチャンスに変えた沖縄「天ぷら粉」

沖縄天ぷらが手軽に作れる「魚屋のてんぷら粉」
沖縄天ぷらが手軽に作れる「魚屋のてんぷら粉」

「市の公設市場で沖縄天ぷらを販売する店を出したが、その日の作り手によって味が変わり、困っていた。『なんとかしなければ』と地元の製粉会社に頼んで作った天ぷら粉が全国でも扱われるようになった」。浜口水産代表取締役の浜口美由紀氏が話すのは2019年に商品化した「魚屋のてんぷら粉」だ。

沖縄の天ぷらは独特で、衣がふっくら厚く食感がしっとりとしている。小麦粉にベーキングパウダーを加え、鰹だし、塩などで味付けした衣をまぶして揚げているため、天つゆをつけなくてもそのままでおいしく食べられる。おつまみでも、おやつとしても好まれ、沖縄県を代表するソウルフードとして知られている。調理するには衣を配合する手間がかかるが、浜口水産の天ぷら粉は、家庭でも水に溶くだけで手軽に沖縄天ぷら特有の衣を作ることができる。

もともとは業務用に作ったものだが、一般消費者向けに商品化した。ちょうどコロナ禍のタイミング。「島だけのビジネスでは会社が存続できない」と危機感を覚えた。そこで沖縄本島の産直売り場に掛け合って週末に試食販売を始めたところ、じわじわと売れ始めた。すると、全国に店舗を持つ食品販売店の目に留まり、製粉会社を通じた天ぷら粉の取引が始まった。2024年には昆布だし入りの「魚屋のてんぷら粉」がフランスに出荷される。動物性食品を敬遠する人が多い現地の嗜好にあわせ、鰹だしを昆布だしに変えた。已むに已まれぬ事情から生まれた天ぷら粉だが、ピンチをチャンスに変える商品になった。

伊良部島のカツオとの出会い、移住を決意

伊良部島のカツオに魅せられ移住を決めた
伊良部島のカツオに魅せられ移住を決めた

浜口氏はもともと神戸市の出身。千葉県で介護用ベッドなどのレンタル事業を経営していた。2013年に里帰りした神戸で水産会社を営んでいた夫と出会い、千葉の会社を譲り渡して結婚した。人生を変える大きな転機となったのは、夫婦で出かけた石垣島の旅行だった。

「居酒屋で食べたカツオが衝撃的なおいしさだった。今まで食べたカツオとはまるで別物だった」

「沖縄の魚はおいしくない」という先入観を持っていた夫も考えを覆された。沖縄本島に住む知人にその話をすると、「カツオの本場は伊良部島」と教えられ、夫婦での移住を決意。神戸の水産会社を夫の弟に託し、2015年に神戸の水産会社と同名の「浜口水産」を設立した。宮古島と伊良部島を結ぶ伊良部大橋が開通した年だった。

「伊良部のカツオを全国に届けよう」と、港で水揚げされた魚をさばき、真空冷凍して販売するビジネスを始めたが、なかなか軌道に乗らなかったそうだ。そこで加工品の製造に取り組むことにした。

当時、浜口水産の加工場は、宮古島伝統の鰹節を製造する会社の加工場の一角にあった。その加工場からは鰹節を加工する際、大量の削り粉が出ていた。「それを安価で購入させてもらい、パウダーにして商品にした」と浜口氏。だが、それもなかなか売れなかった。

沖縄のソウルフード「かちゅー湯」を商品化

沖縄の即席みそ汁「鰹ちゅう汁」
沖縄の即席みそ汁「鰹ちゅう汁」

そんなとき、知人からこんなアドバイスを受けた。「このパウダーに宮古みそを混ぜたら、『かちゅー湯(ゆ)』になるね」。

「かちゅー湯」というのは、味噌とたっぷりの鰹節を入れたお椀にお湯を注ぎ込んで作る沖縄伝統の即席の味噌汁。これも沖縄のソウルフードだ。パウダーを混ぜた地元の味噌をスパウトパウチに充填し、売り出した。「かちゅー湯」の“素”をお椀に絞りだし、お湯をかけるとできあがる。島以外の観光客にも分かりやすいよう「鰹(かっ)ちゅう汁」とネーミングして商品化した。

「鰹ちゅう汁」の商品化では、沖縄本島で毎年開催されている国際商談会「沖縄大交易会」への参加が突破口になった。「面白そうだったので、どんなものか様子を見に行こう」という気持ちで参加したそうだ。すると、バイヤーなどから“辛辣な”アドバイスを受けてしまった。

「もともと商品名は、島呼び方である『たつ汁のもと』にしていたのだが、関西や沖縄のバイヤーから『商品名が分かりにくい。分かりにくい商品は、売りたくても売れない』と言われた。『なるほど』と思った」。

浜口水産の浜口美由紀代表取締役
浜口水産の浜口美由紀代表取締役

そこで、「鰹」を前面に出した商品名に変更。ラベルやパッケージサイズも試行錯誤しながら変更を加えた。地元の土産物店や産直市場で販売すると、島を訪れる観光客が手にとるようになった。「勝つ」の語呂合わせで受験シーズンなどの縁起物としての需要も広がり、浜口水産の看板商品になった。その後も、島でとれるマグロの身をソフトジャーキーに仕上げた「おツナみ」、鰹節の粉末で味付けした煎餅など工夫を凝らした商品を提案し続けている。

宮古島市には年間100万人以上の観光客が訪れている。島の人口の20倍近くになる数だ。日本有数の観光地として成長しているものの、その恩恵が島の事業者に届いていないことが大きな課題となっている。

背景にあるのは、宿泊施設をはじめ県外の資本が島に進出し、島外から商品を仕入れて商品を販売しているケースが多いことにある。加えて、観光客が目を向けるような「宮古島ならでは」の魅力ある商品を島内の事業者が打ち出せていないことも要因の一つとなっている。地元に根差した食材を持前のアイデアで商品化する浜口氏のチャレンジは、地元の事業者に大きな刺激を与えている。

きっかけは「人」 人脈がビジネスチャンスを生む

伊良部島にある浜口水産の本社
伊良部島にある浜口水産の本社

「きっかけは『人』」。さまざまな壁に突き当たりながら、事業を成長軌道に乗せることができた要因について浜口氏はこう分析する。

「鰹ちゅう汁」を初めて出展して以降、沖縄大交易会には毎年出展するようになったが、「ものを売るのではなく、人脈を作る場。出展することで人とつながる機会が増えた」と浜口氏は語る。人脈が広がると、地元の行政機関や経済団体を含め、さまざまなビジネスの相談が寄せられるようになった。

事業の原点でもある水産加工の分野では、真空冷凍した魚の販売だけでなく、地元のリゾートホテルやレストランからも引き合いが来るようになった。沖縄本島の有力な小売店との取引も広がり、製粉会社とのつながりが天ぷら粉の商品化に結び付いた。

目下の課題は社内体制の整備だ。パート・アルバイトを含めスタッフは7人。事務関連の作業も浜口氏が担っており、さまざまなところから舞い込んでくる相談に対応しきれなくなっている。このため、事務職員の採用など会社としての規模の拡大を検討している。「千葉のころから振り返ると、失敗ばかり。どこでどう間違えたのかと思うことがあるが、今はすごく楽しい」と浜口氏。会社に人手が増え、浜口氏が自由に動き回れる時間が増えれば、新たなビジネスが生まれることも期待される。今後、宮古島の経済や産業にどんなインパクトを与えるのか。その活躍が注目される。

企業データ

企業名
浜口水産株式会社
Webサイト
設立
2015年6月
資本金
800万円
従業員数
3人
代表者
浜口美由紀 氏
所在地
沖縄県宮古島市伊良部字国仲431-1
Tel
0980-74-5056
事業内容
魚介類販売業、惣菜製造業、飲食店営業