経営支援の現場から 「地域ユニット編」

多摩西部山間地域の事業者がタッグ、地域活性化に向けてインバウンド誘致に挑戦:ウィルダネス東京(東京都青梅市など)

2025年 5月 26日

ウィルダネス東京プロジェクトのメンバー

東京・多摩西部の山間エリアは自然豊かな地域だ。多摩川や秋川の清らかな渓流が緑あふれる山間地を縫うように走る。新宿からJR線で1~2時間ほど。各地にさまざまなアウトドア施設が点在し、大都会とは別世界の東京の魅力を感じることができる。そんな多摩西部山間エリアの魅力を発信し、地域の活性化につなげようと、地域の事業者で組織する「WILDERNESS TOKYO(ウィルダネス東京)」という地域コミュニティが中小機構のサポートを受けながらインバウンド誘致に挑戦。2025年から富裕層向けのツアー商品を本格展開させる。

関係は希薄だが、課題は共通…交流会が連携生むきっかけに

ウィルダネス東京発足のきっかけをつくったグッドライフ多摩常務の高木誠氏
ウィルダネス東京発足のきっかけをつくったグッドライフ多摩常務の高木誠氏

「青梅は青梅、あきる野はあきる野、奥多摩は奥多摩といった感じで、事業者同士の交流が少なく一体感がなかった。だが、各地域の事業者に話を聞いてみると、共通の問題意識を持っていた。ならば、みんなで緩やかに話し合う場ができたら、何かしらの新しい連携が生まれるのではないかと声かけをさせてもらった」。こう語るのは、立川市を拠点にメディア事業などを手掛ける株式会社グッドライフ多摩常務の高木誠氏。「ウィルダネス東京」発足のきっかけを作った人物だ。

立川市を拠点に多摩地域で地域の広報誌の作成などのメディア事業をベースに地域コンサルティング、イベント事業などを手掛けており、高木氏は取材を通じて多摩西部山間エリアの観光事業者との親交を深めていた。同じような問題意識を持っている事業者に呼びかけ、2017年末に交流会を開催した。すると、交流会はことの外、盛り上がり、「ウィルダネス東京」へとつながった。

小澤酒造社長の小澤幹夫氏
小澤酒造社長の小澤幹夫氏

「ウィルダネス東京」の参加メンバーは、青梅市を中心に多摩川上流の奥多摩町、秋川沿いに位置する檜原村や日の出町、あきる野市など6市町村を中心とした約20の観光関連の事業者たち。キャンプ場やレンタルサイクル、カヤックやラフティング、飲食店や環境ツアーガイドなどこの地域の自然を活かし、実に多彩な事業者が名を連ねている。

青梅市で元禄年間から酒蔵を営む小澤酒造株式会社社長の小澤幹夫氏もメンバーの一人。東京を代表する日本酒ブランド「澤乃井」で知られる。酒蔵見学のほか、カフェやレストラン、美術館を運営。地域の有力な観光拠点となっている。小澤氏も「この地域に賑わいをつくるとなると観光は重要だが、うち1社だけががんばったところで知れている。『何かをやらないと』と危機感を持っていた」という。そんな矢先に高木氏から声をかけられたそうだ。

東京から近距離…利便性はいいが、課題は山積

多摩西部の山間エリアは東京・新宿から近いところで50キロ圏内にあり、訪れる観光客は決して少なくない。だが、この地域特有の課題が山積していた。

都会に近いこともあり、宿泊施設が少ない。観光客は日帰りばかり。夏場の観光がメーンで冬場や平日の集客が見込めない…。地域の観光事業者の経営規模も小さく、首都圏の他の人気観光地に比べて情報発信力が弱いことも大きな課題だった。2018年ごろには訪日外国人観光客が大幅に増加し、著名な観光地は活況を呈していたが、このエリアまではその恩恵が届いているとは言い難かった。

こうした課題にどう取り組むか。ウィルダネス東京のメンバーたちは、年3回ほどのペースで勉強会を開催。参考となるような取り組みをしている地域に視察に出かけたり、地域でさまざまな取り組みをしている事業者を講師に招き講演をしてもらったりといった活動を続けていた。

2020年に入ると、新型コロナウィルスの感染が拡大。この地域の観光事業者も大きな打撃を受けた。「再びインバウンドが復活することを見据えて、インバウンドの誘客を真剣に考えないといけない」(高木氏)という思いが会全体に広がっていたという。しかし、会そのものは緩やかな組織体。みな手弁当で参加しているため、活動資金は限られ、具体的な取り組みを進められなかった。

同じ時期、中小機構の支援を受けている観光事業者が会のメンバーにおり、その事業者に派遣された中小機構のアドバイザーに高木氏がウィルダネス東京の取り組みを紹介。中小機構のサポートに結びついた。

新たな「気付き」を与えたアドバイザーのサポート

元禄時代から続く酒蔵・小澤酒造。酒蔵見学は地域の観光拠点になっている
元禄時代から続く酒蔵・小澤酒造。酒蔵見学は地域の観光拠点になっている

中小機構には、地域の事業者などが広域的に地域活性化に取り組む活動を支援する事業がある。この枠組みを活用し、観光やマーケティングに詳しい専門家を派遣。2022年度に多摩西部山間地域の観光プロジェクトがスタートした。プロジェクトは「インバウンド誘客」「地域産品開発」の2つのテーマを掲げ、地域の活性化にチャレンジした。特に大きく進展したのはインバウンド誘客に向けた取り組みだった。

インバウンド向けのツアー商品の開発に向けてビジネスモデルの構築に着手。支援にあたった中小機構アドバイザーの川端祥司氏は「この地域の強みに気付いてもらうところから取り組みを始めた。外からみると、『すごい』と思うことも、地元で身近にあると、そのすごさに気付かない」という。地域の強みは何か。弱点は何か。地域内の課題と外部からくる課題とを整理・分析。さらに、この地域にどんな可能性があるのか。地域内に隠れたコンテンツの掘り起こしにも取り組んだ。

小澤酒造が運営する飲食施設。カフェやレストランなどが設けられている
小澤酒造が運営する飲食施設。カフェやレストランなどが設けられている

すると、地元で長年事業をする会のメンバーの多くが知らなかったユニークなアクティビティを見つけ出すことができた。インバウンドに人気が高い「忍者」をテーマにした施設がこの地域にあることを知った。掘り起こしを進めたことで、新たな地域の「強み」に気付くことができた。

地域の有力な観光施設を運営する小澤氏も思いもよらなかった「気付き」を得た。

小澤酒造は酒蔵見学を無料で実施していたが、アドバイザーからは、インバウンド向けに有料化することが提案された。「通訳をつけ、お土産を用意するなどインバウンドが満足する付加価値をつける。しっかりとしたサポートにはインバウンドは対価を支払う」とアドバイザーの川端氏。小澤氏にとっては、目からうろこが落ちるような指摘だった。この指摘を受け、小澤氏はインバウンド向けの有料サービス強化に乗り出した。「業界で酒蔵見学といえば、無料がスタンダード。指摘がなければ、踏み込めなかった」と語る。

緑豊かな山道を走り抜けるサイクリング多摩西部山間エリアの醍醐味を満喫できる
緑豊かな山道を走り抜けるサイクリング多摩西部山間エリアの醍醐味を満喫できる

一方、メンバーの観光事業者たちには「タリフ」の作成が指導された。「タリフ」は、旅行代理店が旅行者向けに観光コンテンツを販売するために必要な情報をまとめた書類のことをいう。料金や営業時間、トイレや駐車場の有無などの基本情報に加え、どんなサービスが提供されるかコンテンツの詳細を記入する。旅行代理店への営業では欠かせないツールだ。

「この地域でアクティビティ施設を運営している事業者は小企業や個人事業主が多い。そもそも大手の旅行会社とコンタクトをするのに、どの窓口に行ったらいいかで困る。タリフのことを教えられ、『こうすればいいのか』と気付きを与えてくれた」と、メンバーの一人で、奥多摩町を拠点にサイクリングツアー&レンタルショップ「トレックリング」を運営する有限会社テクノム社長の沼倉正毅氏。ツアー商品の開発に向けてメンバーたちはさまざまなノウハウを勝ち取った。

ツアー商品の本格展開に向けて新たな挑戦がスタート

サイクリングツアー&レンタルショップ「トレックリング」を運営する沼倉正毅氏
サイクリングツアー&レンタルショップ「トレックリング」を運営する沼倉正毅氏

2024年には試作的にツアー商品を企画。旅行代理店を招いてモニターツアーを催したり、シンガポール・マレーシアで人気のインフルエンサーを招き、このエリア紹介をしてもらったりといった取り組みにもチャレンジした。エリア内に宿泊施設が少ないというデメリットを克服するため、ホテルが多く立地する立川市を宿泊ポイントにして多摩西部の山間エリアを周遊するツアーにもトライした。

2022年度から3年計画で進められた中小機構による支援は2024年度に終了。これまで学んだノウハウを活かし、いよいよ2025年のシーズンには本格的なツアー商品の展開に取り組む。地域にある観光施設の「点」を結んで「面」で展開する戦略だ。

沼倉氏が運営する「トレックリング」では、ガイドと一緒に奥多摩の山道をサイクリングできる。乗り捨てできるポイントがいくつかあり、小澤酒造もその一つになっている。奥多摩町のショップに戻らず、青梅の小澤酒造に向かい、サイクリングで一汗かいた後、日本酒のテイスティングやレストランでの食事を楽しんで、最寄りの駅から帰路につく。夏のシーズンになれば、湖でのカヤックや渓流でのラフティングを組み合わせたツアー展開も可能だ。

「ウィルダネス東京」で交流を深めたメンバーは中小機構の支援から学んだノウハウを活かして、それぞれ連携しながら自発的にインバウンド誘客に取り組むようになっている。また、高木氏の会社では、インバウンドに対応できるガイドを養成する取り組みをスタートさせた。

こうした「ウィルダネス東京」のチャレンジには強力なサポーターも現れた。

立川と青梅の商工会議所、あきる野と日の出の商工会が2025年4月に「東京多摩西部広域経済連携協議(TTW)」という広域の連携組織を発足させた。商工会議所や商工会レベルで多摩地域の活性化に向けて連携するが、その初年度の事業計画の一つに「ウィルダネス東京プロジェクトの推進」という項目が盛り込まれた。

事業者同士の「緩やかな話し合いの場」から始まった「ウィルダネス東京」だが、地域の経済団体の大きな後押しを獲得し、この地域にどんな活力を与えるのか。事業者たちの今後の取り組みに注目が集まる。

プロジェクトデータ

組織名:WILDERNESS TOKYO


設立:2018年


会員数:約20事業者


代表者:小澤順一郎氏(株式会社小澤酒造会長)


事務局:東京都立川市錦町2-6-12 メゾンブロケード立川(株式会社グッドライフ多摩)

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