人財づくり
ベトナム進出時に5名のスタッフが日本から派遣されたが、彼らは現地採用した24人のベトナム人スタッフを育てた。教育に時間がかかったため、しばらくの間赤字が続いたが、一生懸命ついていこうとしていた彼らを応援しようと思い教育を続けたという。
彼らには日本語だけでなく日本の文化や日本の良さも教えた。日本語学習については、日本語教育のノウハウをもっている講師に依頼したが、学習を続けた結果、漢字も読めるようになった。
ある時、日本の大学関係者が27名ベトナムのオフィスを訪れた。ベトナム人社員が当用漢字辞書を使いこなしている様子を見て、彼らは非常に驚いたという。柗本社長もベトナム人の社員に驚かされたことがある。それは、ベトナムで幹部研修を行ったあと、参加者全員にレポートを提出させたときのことだった。参加者32名のうち、27名が日本語、残りの5名がベトナム語でレポートを書いてきた。ベトナム語のレポートを翻訳させたところ、自分が言ったことをしっかりと理解していることがわかったのだ。日本語を書けなくとも自分の話を理解していたことに感激したという。柗本社長の想いはしっかりと伝わっていた。
柗本社長は研修後にベトナム人の社員達と食事をするが、それ以外にもクリスマスパーティーなどが開催される。彼らのモチベーションを高めるため、社内イベントの開催に加えて研修旅行も開催している。
2015年の研修旅行の行先はタイであると2年前から言い続けているが、言い続けることで皆、一生懸命に頑張っているという。行く日が間近になってから伝えるのではなく、常に言い続けることが効果的だという。悪いことは短く伝え、研修旅行までの期間はしっかり伝えるように、現地の責任者には指導している。
技術面はOJTで指導している。社内研修だけでなく、日本本社や取引先での研修なども行われている。自分のレベルアップを図ることができるチャンスを与えられることも、モチベーションや会社へのロイヤリティを高める要因になっている。
技術者を育成するために誠実に彼らと向き合ってきたが、彼らもそのような姿勢に応え、「人材」ではなく「人財」と言えるまでに成長した。大きな工事を受注するためには知名度も必要であると考えるが、JESCOではPR活動は行っていない。「うちの会社は小さいが、社長はこういう考え方をしている」、と社員が家族や親せき、友人などに話すことで、JESCOの名は地元の人に知れ渡っているという。
優秀な人材がなかなか入社しないということに頭を悩ます中小企業経営者は多いが、柗本社長の考え方は少し違う。優秀ではないが体力がある、意欲は高いがいい加減な面がある、何をしても空回りしてしまうなど、いろいろなタイプの社員が存在する。
いろんな人がいるから組織ができる。みんなが優秀では組織にならない。それぞれが持つ能力は100点だというのだ。ベトナム人にはおとなしい人が多いというが、中には、明るい人もいれば、盛り上げ役になる人もいる。日本人と同じように欠点もある。いろいろな人がいて組織が成り立っているのだ。そのような考え方の上に立てば、どんな人が集まっても組織づくりができるのではないか。
柗本社長は、長年にわたり日本とアジアの架け橋役を担ってきたことを評価され、第29回 優秀経営者顕彰(日刊工業新聞社賞)を受賞した
ある時、技術師範大学校へ社員採用のお礼をすべく訪問したところ、「日本企業の社長が足を運んでくれたのは大変有難い事であり、柗本社長の来校は我が校の誉だ」とまで言われたという。柗本社長としては当たり前のことをしているとだけだと思っていたが、一方、そのようなことを日本人は行っていないのだと感じたという。
中小企業は資金が乏しいから真心を差し上げるのだと柗本社長は語る。真心のない日本人は、国内だけでなく海外のオフィスでもうまくいかないという。真心は世界共通である。JESCOではホーチミンの技術師範大学へ奨学金を寄付している。苦学生を支援するために行われたことだが、これも真心の1つの形だろう。JESCOは社員だけでなく、ベトナムの未来を背負って立つ人財育成にも貢献している。
柗本社長は、進出予定先のフィジビリティスタディの実施や海外でチャレンジするための予算枠を決定するなど、綿密な準備を重ねてきたという。講演会では、最低3年間は我慢してほしいと伝えているそうだ。JESCOの成功要因はどんな中小企業にも当てはまる。当然ながら、真心を持って臨むことは最低条件である。
ASEANナンバーワンになる下地を作るのが自分の仕事だと柗本社長は断言する。ASEAN各地に日本村ができ、進出した国の人たちに最高のパートナーと思ってもらえたら最高だと考えている。JESCOの社内報は20ページ前後の冊子になっているが、日本語、ベトナム語、英語の3か国語表記となっている。そこに掲載されているベトナム人スタッフの表情を見ると、柗本社長の夢が実現する日は遠くないことを確信した。