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授乳服を起点に子育て支援と女性の健康を支える「有限会社モーハウス」
2026年 2月 2日
授乳のしづらさに悩んだ母親の体験から生まれた授乳服を手掛ける有限会社モーハウス(茨城県つくば市)。創業者の光畑由佳氏が手作りで始めた小さな試みは、子連れ出勤の先駆者として企業や自治体の取り組みに影響を与え、災害支援や乳がん患者のケアなど思いがけない広がりを見せている。女性の一生に寄り添うフェムテックへと進化した事業は、社会の課題に小さな変化をもたらし続けている。
“中央線事件”から始まった授乳服づくり

創業のきっかけは1997年夏の“中央線事件”だった。光畑氏は当時3歳の長女と生後1カ月の次女を連れてJR中央線で友人宅へ向かっていた。途中で次女が泣き出し、周囲の視線が気になるなか、仕方なく胸をさらけ出して授乳したという。「娘は泣き止んだが、本当に恥ずかしかった」。この経験が授乳服づくりの原点となった。
はじめは輸入品を試したが、質や機能などで満足できず、「ないなら自分で作ろう」と決意。“事件”から数カ月後には手作りの授乳服を販売するまでになった。一見すると普通のトップスだが、目立たないスリットがあり、「授乳していても抱っこしているようにしか見えない」(光畑氏)。ブランド名「モーハウス(Mo-House)」の「Mo」は母親(mother)を意味する。
外出を避けがちな母親たちを後押しし、産後の孤立を防ぐための自信作だったが、当初は1着1万円前後の価格がネックとなって販売は苦戦。それでも購入者から届く感謝の手紙が励みとなり、事業を続けた。
都内のショップで注目された「子連れ出勤」

販売開始から5年後の2002年に法人化。育児関連イベントも多数開催し、とくに授乳服を着た母親と乳児による「授乳ショー」は好評で、2005年の愛知万博でも行われた。同年10月には国内初の授乳服専門店として青山ショップ(東京都渋谷区)を開店した。ここで注目されたのは、働く女性たちの「子連れ出勤」だった。
子連れ出勤は会社設立時から自然発生したもので、スタッフ全員が子育て中だったため、子どもを抱っこして時には授乳しながら働くスタイルが定着した。「子連れ出勤ができるという姿を見せることが出店の目的の一つだった」と光畑氏。「大企業は保育所を設けられるが、中小企業は難しい。だからこそ子連れ出勤を導入する価値がある」と訴える。
「当初は2年だけのつもりで始めた」(光畑氏)というショップはその後、つくば市内の百貨店や商業施設などからも声をかけられてオープンしたが、施設自体の閉店、さらにコロナ禍の影響で徐々に縮小。子連れ出勤を導入する自治体やベンチャー企業が徐々に登場し始めるなか、パイオニアとして子連れ出勤を実験的に行う場所としての存在だった同社のショップはその役割を終え、今後は導入組織へのコンサルティングにシフトする方向となった。そして2025年7月、唯一残っていた日本橋ショップ(東京都中央区)は閉店した。
自治体や企業との連携と災害支援への広がり

商品販売は従来からネット通販が主力だが、一方で自治体や企業との連携にも力を入れている。その一つが母子手帳交付時や出生届提出の際の自治体や企業からのプレゼント品としての活用だ。第1号は茨城県南西部に位置し、「子育て支援日本一」を目指す境町。2015年に同町と子育て支援協定を結び、以来、町が授乳服を買い上げて母親となる町内の女性に配布している。その後、同様の取り組みは県内外の自治体や大手製薬会社などの企業でも広がった。現在は境町のほか東海村、京都府久御山町など全国11カ所で行われている。
大地震など大規模災害時の備蓄品として採用する自治体もある。もともとは2004年の新潟県中越地震の際、被災地に授乳服を送ったのが始まり。「避難所生活を送る母親が授乳時に外に出て人目の少ない場所で授乳しているという話を聞いた。寒さで体調を崩すこともあるし、授乳中に性被害にあう危険性も高まる。授乳服で母親たちを支援したい」という思いからだった。その後、東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨などで同様の支援を実施。こうした活動を通じて、福祉避難所など乳幼児を持つ母親を受け入れる準備が整う前にもすぐに対応できるなど、授乳服の有用性が認識され、現在は茨城県とも災害時応援協定を締結するほか、地元・つくば市や東京都江東区、品川区、大阪府東大阪市など全国33カ所で防災備蓄品となっている。
乳がん患者にも受け入れられた“思いがけない効用”

自身の体験を契機に、子育て中の母親をターゲットとして始めた事業だが、思いがけない方面で利用が広がっていた。授乳服のインナーとなる「モーハウスブラ」を乳がん患者が愛用しているのだ。日本助産師会が推奨する同社の商品は乳腺の発達を妨げない優しいつけ心地が特徴。締めつけ感がないことや、左右でサイズが違っても違和感なく着用できることから、リンパ腺の痛みに苦しんだり、乳房を摘出したりした女性の間で受け入れられていたのだ。
乳がん患者をめぐって光畑氏には苦い経験があった。起業して間もない頃、授乳服をギフトとして贈った女性に商品カタログを送り続けていたところ、女性から「もう送らないで」と連絡があった。女性は実は乳がんを患っていたのだ。「赤ちゃんに授乳している写真を見るのがつらい」ということだった。事情を知って申し訳ない気持ちにさいなまれたが、「その後、乳がん患者の間でインナーが役立っていることを知った。どの乳がん用のブラより楽だと感謝のお手紙もいただいた。ただ授乳中の方のためだけを考えて作った商品が、乳がんの方にも役に立っていた。救われた気持ちになった」と光畑氏は話す。
授乳期を超えたフェムテックとしての展開
授乳期が終わっても授乳服を愛用し続ける女性も少なくない。「始まりは授乳期の母親の悩みを解決することが目的だったが、知らず知らずのうちにフェムテックとしての位置付けになってきていた」と光畑氏は話す。
フェムテック(female+technology)は女性特有の健康課題をテクノロジーで解決するもの。創業時には想定していなかった方面へ事業が広がりを見せるなか、その象徴としてお目見えしたのが2023年11月オープンのカフェ「モーカフェ」。つくば市内の光畑氏の自宅を改装したもので、外観、内装とも女性をイメージしたかのような曲線を組み合わせた設計が特徴的な建物だ。
カフェのコンセプトの一つがまさにフェムテックだ。店内には授乳服やインナーが展示されているが、“お母さんのための商品”というイメージが強かった青山などのショップとは異なり、カフェでは授乳期以外の女性にも気軽に立ち寄ってもらいたいという。「子育てだけでなく、更年期のことや、乳がんなどの病気と、女性は世代や健康状態によっていろいろな悩みを抱えている。そうした女性たちが語り合う居場所にしていただきたい。そして、悩みを解決するのに当社の商品がお役に立てることがあるかもしれない」と光畑氏は話す。
利用者の声が示す社会的な意義

起業の契機となった“中央線事件”から30年近く経過した今、子育てをめぐる環境は大きく変化し、とくに子育て政策は育児休業制度の充実や子ども医療費の助成など手厚くなってきている。にもかかわらず、少子化にはいっこうに歯止めがかからない。こうした現状を踏まえ、光畑氏は、ある女性からの言葉を明かした。
10年ほど前、授乳服ユーザーの女性からこう言われた。「私にもう少し勇気があったら子どもと一緒に飛び降りていた」。イベントの司会業をしていた女性は産後、仕事もできず家に閉じこもり、強い孤立感を覚えていた。もともと華やかな世界にいた分、産後のギャップが大きく、死を考えるほど悩みは深刻だったのだろう。そんな彼女を救ったのが授乳服だった。授乳服を着てからは、その言葉が嘘のように子連れで都内のショップもたびたび訪問し、子どもが乳児のうちから司会業に復帰したという。「その話を聞いて、この事業を続けていて本当によかったと思えた」と光畑氏は振り返る。
このほかにも、「子ども1人だけでこんなに大変。2人目なんてありえない」と考えていた母親が授乳服を着て外出するようになったことで育児が楽しくなり、その後3人目まで出産したというケースも。こうした動きはまだまだ小さいものではあるが、モーハウスのビジネスは確実に社会を変えている。
企業データ
- 企業名
- 有限会社モーハウス
- Webサイト
- 設立
- (創業)1997年
- 資本金
- 300万円
- 従業員数
- 14人
- 代表者
- 光畑由佳 氏
- 所在地
- 茨城県つくば市山中480-38
- Tel
- 029-851-7373
- 事業内容
- 授乳服の企画・販売、イベント・講演会の開催