経営支援の現場から

先送りしていた課題にメス、経営者に「気付き」与える:高崎商工会議所(群馬県高崎市)

中小機構と関東経済産業局は、地域の商工会議所等の経営指導員等を対象に、課題設定型支援実践研修(OJT事業)を令和6年度から開始した。
本事業では、地域の中小企業・小規模事業者を支える商工会議所等の経営支援機能の強化を目的にプロセス・コンサルテーション型の支援手法の習得を目指している。
習得した支援手法を活用し、支援先企業が本質的な課題に目を向けられるよう「対話と傾聴」を通じて経営者の気づきを促し、経営者自らが変革への道筋を立てることをサポートする。本事業に参加した商工会議所等ではどんな気づきを得たのか。その取り組みを紹介する。

2025年 6月 30日

経営支援員の田部井沙季氏と経営指導員(取材当時)、大友雄太氏

群馬県高崎市は、県庁所在地よりも人口が多い都市の一つだ。人口は約37万人。古くから商業都市として栄え、事業所の数も県内トップクラスを誇っている。市内の中小企業の経営支援を担う高崎商工会議所は、国などの新しい施策の導入に積極的で、経済産業省と中小機構が2024年度に実施した課題設定型支援実践研修(OJT事業)への参加を決めた。OJT研修への参加は2023年度に続き2度目で、企業の経営力を高める効果が高い課題設定型支援の習得にも力を入れている。

「一歩踏み込んだ支援」目指し、研修に参加

大友雄太氏
大友雄太氏

「ここ数年、従来型の経営指導だけでは事業者のニーズに対応することが難しくなってきた。もう一歩踏み込んだ支援の必要性を会議所も感じていたところで、『その第一歩になれば』という思いで研修に参加させていただいた」。こう語るのは、高崎商工会議所の経営指導員(取材当時)、大友雄太氏。商工会議所の指名を受け、経営支援員の田部井沙季氏とともにOJT研修に参加することになった。

課題設定型支援は中小企業・小規模事業者との「傾聴と対話」を通じて、本質的な経営課題を経営者に気づかせ、自らの力で課題解決に取り組むよう導く支援手法だ。経営者の経営力を向上させる効果が大きいことから、関東経産局と中小機構は支援の最前線に立つ商工会議所への普及に取り組んでいる。OJT研修は、関東経産局の職員や中小機構のインストラクターとチームを組んで、アドバイスを受けながら商工会議所の経営指導員や経営支援員が中小企業を支援し、課題設定型支援のノウハウを実地で習得する取り組みだ。

入所10年目の大友氏は2019年に経営指導員となった。経営指導員になる前は、経営指導員を補助する役割を3年務めている。一方、田部井氏は入所6年目。入所すぐに経営支援員となった。「研修に参加して課題設定型支援とはどういうものかを知りたかった」と田部井氏は話す。

高崎商工会議所は2023年度に若手の経営支援員2人をOJT研修に参加させているが、今回は中堅クラスと若手のコンビ。ともに民間企業に勤めた経験があることも考慮された。

一方、支援先は1949年から高崎市内で電気設備工事の事業を手掛ける金井電気工事株式会社が選ばれた。会議所の会員企業で商工会議所の活動に対する理解も深く、「職員の研修という意味合いがあることを分かってもらったうえで、支援を受け入れていただいた」(田部井氏)という。

仮説を立てながら「課題」をあぶりだす

田部井沙季氏
田部井沙季氏

研修では、参加した商工会議所の職員が主体的に動き、経営者に課題を提案するまでの支援を行う。経営者だけでなく、経営幹部や従業員らへのヒアリングを通じて本質的な経営課題をあぶりだす。2024年5月末にキックオフチームミーティングを開催。関東経産局の担当職員、中小機構のOJTインストラクターらが集まり、支援先企業の経営状況や業界動向、支援先企業をヒアリングするための質問内容などをチームで共有した。

6月上旬に支援先を訪問。経営者に対して最初のヒアリングを実施した。経営者が抱えている課題は何か。事業内容や財務や労務など幅広い視点から対話を行い、課題を探った。そのヒアリングの内容を踏まえて、6月下旬に2回目のチームミーティングを開催。次回のヒアリングに向けて追加して聞く必要のあるテーマなどを確認し、7月に第2回ヒアリングに臨んだ。経営者に加えて、妻である総務部長の話も聞き、8月上旬に開いた第3回のヒアリングでは、現場を支える従業員の見方を探った。

経営者だけでなく、社内の複数の当事者をヒアリングすることで別の視点からの課題を導き出す。「経営者から『これが課題』と言われたものは、課題として見えやすいが、水面下にある課題をいかに発掘・発見するかが大事。ヒアリング後にチームミーティングを開き、『これが課題ではないか』と仮説を立て、メンバーで検証した」と大友氏と田部井氏は話す。仮説として立てた課題を第3回ヒアリングで経営者に提示し、意見を聞いた。インストラクターら専門家からも幅広い視点に立った意見をもらい、提案内容に磨きをかけ、8月下旬に経営者との最後の面談に臨んだ。

ヒアリングの中で浮き彫りになった課題の一つは、経営者の経営に対する思いを若手の従業員に伝え切れていないことだった。以前は経営者自身も従業員と現場に出ていたが、ベテラン従業員に仕事を任せるようになり、コミュニケーションの機会が減っていた。また、会社の経理を取り仕切っていた総務部長が過去に入院した際、事務作業が1カ月停止したことがあり、事務要員の確保も問題として浮かび上がった。

そこで、2人は「経営者が考えるビジョンの言語化」「従業員の育成」「従業員の新規雇用」という3点を取り組み課題として提示した。課題の解決に向けて、経営計画書の作成支援や人材育成計画の作成や見直し、専門家派遣による雇用契約内容の見直しなど商工会議所としてサポートできるさまざまな支援策を経営者に提示した。また、取り組み課題に加え、後継者問題を大きな課題としていたことから、後日、事業承継の公的な相談窓口である「事業承継・引継ぎセンター」の活用を働きかけた。

「わかっていたこと」の中にあった本質的課題

高崎商工会議所
高崎商工会議所

今回の提案内容については「結果として経営者がこの10年ずっと悩んでいたこととほぼ同じ内容になった」と大友氏は打ち明ける。ずっと課題に感じていたものの、なかなか手をつけられず、先延ばしにしていた。提案書として改めて課題として示されたことで、経営者の背中を押すきっかけとなった。

大友氏は当初、課題設定型の支援について「経営者がこれまで気付かない、目からうろこが落ちるような課題をあぶりだすことだと思っていた」という。それだけに課題の設定には苦労し、「すでに分かっている内容を提示してもいいのか」と感じていた。だが、チームのメンバーとさまざまな意見を交換する中で、そんな先入観が取り払われた。「経営者がすでに認識している課題であっても、その結論に至るまでの過程も共有し、解決策を提示することで課題に向き合ってもらえる」。今回の研修を通じて得た「気付き」だった。

田部井氏にとっても今回の研修は大きな学びの機会となった。経営支援の担当となってまもなくコロナ禍に入ったこともあり、「事業者側から『何々に困っている』と課題を持ち込まれる相談が多かった。『一緒に課題を見つけ出しましょう』という形の支援に取り組んだのは今回が初めてだった」と振り返る。「明確な課題や問題を持っていない事業者などに対する支援では消化不良を感じていた。今回の研修で『事業者と一緒に課題を見つけていく』という支援手法について、経験を持って知ることができた」と研修での経験を振り返った。

研修終了後、会議所は報告会を開催し、2人の経験を他の経営指導員や経営支援員と共有した。ヒアリング時に活用した「総点検表」や企業の“健康状態”を把握する「ローカルベンチマーク」も仲間と共有。今後の支援に役立てていくという。田部井氏は担当している事業者からは「同様の支援を受けてみたい」という相談を受けており、事業者側の関心も高い。今後、日常の業務の中での課題設定型支援の実施に向けて、支援体制や環境の整備を検討している。

支援企業を訪問

2人の支援が大きな刺激に 経営課題に真摯に向き合う 金井電気工事株式会社(群馬県高崎市、金井雅春代表取締役) 

金井電気工事株式会社の金井雅春氏と妻で総務部長の金井由美子氏
金井電気工事株式会社の金井雅春氏と妻で総務部長の金井由美子氏

群馬県高崎市で電気設備の工事を手掛ける金井電気工事株式会社は、日本が戦後復興に向けて動き出した1949年(昭和24年)にこの地で事業を始めた。経済の発展とともに建設された工場や事業所の電気設備の工事を請け負って成長。70年以上にわたる実績と堅実な仕事ぶり、手厚いアフターサービスは地元に広く認知され、「電気工事は金井さんに」と指名を受けることが多いという。

「『金井電気工事に頼むと一生懸命やる』『工期を守る』。そういったことが口コミで伝わって紹介を受けている。日々の仕事が営業みたいなものになっている」と代表取締役の金井雅春氏は胸を張る。営業担当はゼロ。金井氏自身「営業は不得手」というが、それでも仕事に困ることはない。公共工事を受注するうえで重要な事業者の経営力を格付けする審査でも常に最高ランクを維持している。

堅実な仕事ぶりが定評で、工事の依頼が絶えない
堅実な仕事ぶりが定評で、工事の依頼が絶えない

「もともと電気工事が好きではなかった」という金井氏。地元工業高校を卒業したものの、東京の大学に進学。そのまま東京に残って金融機関に就職した。家を継ぐつもりは全くなかったそうだ。だが、帰省した際、年を取って元気がなくなった父の姿を目の当たりにし、考えを変えた。4年半勤めた金融機関を退職し、東京の電気工事会社に入社。5年間技術を磨いたうえで、金融機関時代に職場結婚した妻ととともに1985年(昭和60年)、高崎に戻った。

家業に入ると父は地元の業界団体の仕事に力を入れるようになり、経営は金井氏に任せきりだったそうだ。2000年に正式に父から代表取締役として事業を承継したが、実質は40年以上家業を切り盛りしていた形になる。経営は総務部長の妻と二人三脚。現場は50代の工事部長を筆頭に30代の若手から、金井氏と同世代の70代の従業員も現役で働く。決して規模は追わず、現状の人員でベストの仕事を顧客に提供する事業スタイルを貫いている。

商工会議所とのつきあいは父の代にさかのぼる。今回の課題設定型支援については会議所の幹部から直接、協力を依頼された。およそ3カ月にわたって伴走支援を受けた金井氏。支援を担当した大友氏と田部井氏の頑張りに大きな刺激を受けた。

経営支援を行った若い2人の頑張りに大きな刺激を受けた
経営支援を行った若い2人の頑張りに大きな刺激を受けた

2人のヒアリングを受ける中で、10年以上にわたって抱えていた課題が目前に浮かび上がってきた。「現場に出なくなり、従業員とのコミュニケーションが以前のように十分取れなくなったが、若手に自分の考えを伝えないと…」「経理の仕事を総務部長に任せきりのままでいいのだろうか…」。後継者問題も悩みの種だった。「なんとかしないと」。そう考えてはいたものの、なかなか着手できずにいた。

2人の提案に金井氏は、「面と向かって言われると、分かっているだけにちょっとつらいところがあった。でも、それはよかったと思う」と笑顔をみせた。「突き詰めると、課題はいっぱいある。だが、正直ずっと避けて通ってきた。新しい仕事を探さなくても、今の状態で十分に飯は食える。だが、それに安住してはまずい。そう真面目に考えるようになった」と支援を受けた金井氏は、先送りしてきた課題に真剣に向き合うようになった。

経営支援を受けているタイミングで、経理ができる若い女性人材との縁が生まれ、採用を決めた。これまで女性従業員を雇用したことがなかったため、会社内には女性用の設備がなかった。そこで、事務所の大幅リニューアルに乗り出した。女性用トイレや更衣室を新たに設置。元々その場所に置いていた書類などを収めるコンテナハウスを新たに設けるなど職場環境づくりにも力を入れた。

従業員の資格取得費用を負担するなど以前から人材育成には力を入れてきた金井氏。一方で、「工事がよくできることよりも、社会人として一流であってほしい」という持論を持っている。70年以上の人生の中で培った経営ビジョンの言語化にも向き合っている。「一歩一歩とはいかないまでも半歩踏み切るきっかけになったかな」と謙遜するが、今回の支援は、新たな成長への大きなステップになったことは確かだ。

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