2018年初頭、三井物産アイ・ファッション(東京都港区)で商品開発を担当する笠井克己さんは知人から「フィリピンの農場で獲れたバナナの繊維から作った糸がある。販売できないか」と持ち掛けられた。
バナナはバショウ科の常緑多年草で、ひとたび収穫が終わると次の年は実を付けない。木の幹のように見えるのは柔らかな葉が幾重にも重なり合った「仮茎」で、実際の茎は地下で短く横に這っており、数カ月後に新芽を出す。そこでバナナ農家は役目を終えた仮茎を伐採し、地面に廃棄してしまう。だが、この仮茎の外皮を剥ぎ、天日で乾燥した後、内側を梳けば、茎1本から500~750グラムの繊維が採れる。綿と混紡して糸にしたという。
笠井さんは新田守さんに相談した。新田さんは生地問屋として工場とメーカー間を取り持ち、発注元が求めるテキスタイルに適した糸や織り、染め、加工などベストな生産背景を組む「テキスタイルコンバーター」の仕事が長く、笠井さんとは旧知の仲だった。話を聞いた新田さんは「これは、世の中の役にたつ」と直感した。
伐採後、放置され腐るのを待つだけの廃棄物は悪臭を発し、土壌や地下水を汚染する。仮茎を再利用できれば、現地の環境保全に役立つし、バナナ農家の新しい収入源になるだろう。
廃棄されるバナナの茎は世界全体で年間10億トン。約25kgの茎1本から2~3%の繊維が取れるから、少なく見積もっても年2000万トンだ。天然繊維のうち最も収穫量が多い綿花でも2019年に約2500万トンだから綿の次に多い。バナナの新芽は自然に出てきて生育も早いから、新たに畑を耕し栽培する必要はない。上手くいけば、羊毛、絹、麻などをしのぐ天然繊維に育つ可能性がある。
日本は少子高齢化に直面しているが、発展途上国など地球規模でみれば人口はまだまだ増える。人口が増加すれば食料栽培が優先されるから綿や麻など既存の天然繊維の収穫には限界がくる。化石燃料の枯渇化などで化学繊維の先行きも暗い。うまくいけばバナナは有益な天然繊維のひとつになるのではないか。
「よし、バナナ繊維の糸を売ろう」。笠井さんはこの繊維で作った布を「BANANA CLOTH」と命名して商標登録。新田さんと準備に着手した。