志田内海は、1914年創業の志田組(のちに志田建設)と1951年創業の内海工業が2020年1月に合併して誕生した。合併した2社のうち志田建設は漁港建設など土木工事を手掛けていた。同社の後継者である志田氏は将来の事業承継を視野に宮城県内の建築会社に勤務していたが、社長だった父・正敏氏の急死を受けて2005年に郷里へ戻って志田建設に入社した(2015年に社長就任)。
竜宮礁の開発に取り掛かったのは2007年のこと。漁港建設を通じて付き合いがあった地元漁師や青森県の水産総合研究所の研究者らから陸奥湾のアマモ場が減少しているという話を耳にした。浅い海底で見られるアマモ場は小魚の隠れ場や産卵場所となっており、「海のゆりかご」とも呼ばれる。とくに陸奥湾にはアマモ場が多く、その面積は日本一。ところが、埋め立てや湾岸工事による影響に加え、ナマコを捕獲する「桁曳き網操業」(金属製の枠が付いた網を海底で曳く漁法)によってアマモ場が姿を消していたのだ。
この状況を知った志田氏は「ビビビッときた」という。「ナマコや魚など海の生き物が住みやすい環境を作り出すのはまさに建設会社の仕事。地元に戻って、まだ何も成し遂げていない自分がやるべきものだ」と強く感じたという。