あの人気商品はこうして開発された「食品編」

「ミルキークリームロール」常識を超えた発想のロールケーキをつくる

(C)FUJIYA CO.,LTD.
“ママの味”でおなじみのソフトキャンディー「ミルキー」は1951年の発売。今年で満60年を迎えた

2009年秋、洋菓子老舗の不二家は、ロングセラーブランドの「ミルキー」を活かしたロールケーキ「ミルキークリームロール」を発売した。ミルキーのブランド展開を期して開発されたこの新商品は、07年の問題以降で同社最大のヒットを飛ばした。

いまや激戦区の1つとなったロールケーキ市場にあって強烈な個性を放つミルキークリームロール。スポンジ生地もクリームもすべてまっ白。そんな個性的なロールケーキの誕生の物語を始めよう。

“ミルキー”のブランド力を再認識した

“ママの味”でおなじみのソフトキャンディー「ミルキー」が1951年に発売されてから今年で満60年を迎えた。そのミルキーブランドの新展開を図るため、09年に不二家は2つのタイムリーな新商品を市場に送り出した。その1つが「生ミルキー」、そしてもう1つが「ミルキークリームロール」だ。

生ミルキーの発売は09年2月。そのきっかけは07年に世間を沸かせた生キャラメルブームにあった。そのブームとは、北海道の某牧場から売り出された生キャラメルが爆発的なヒットとなり、それが牽引する形で世の中が生キャラメル一色に染まった出来事だ。

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2009年2月に発売された「生ミルキー」。口の中に入れた瞬間に溶ける味わいの生キャラメルは評判を呼び、ミルキーブランドの底力を見せつけた

「そのブームをとらえた生タイプの商品を出せないか」——そう発想した不二家は08年12月に生ミルキーをテスト販売した。口の中に入れると、ふっと溶けてしまう生タイプのミルキー。これを翌09年2月に全国チェーン店で発売すると、またたく間にその評判が消費者に広がっていった。

その反応を目の前にした不二家は「ミルキーには、自社が考えている以上にブランド力がある」ことを再認識した。そして、さらにそのブランド力を洋菓子市場で展開すべくミルキークリームロールの開発に着手した。09年春のことだった。

白色をコンセプトに新商品を開発

ミルキーを象徴する白色で統一された「ミルキークリームロール」。この白さを実現するために生地づくり、クリームづくりでは困難を極めた

ロールケーキとは、薄いスポンジケーキにクリームやジャムを渦巻き状に巻いた洋菓子で、日本では昭和30年代に大手製パン企業が「スイスロール」を発売すると、ロールケーキは一般家庭のおやつとして世間に認識されていった。

そのロールケーキでミルキーブランドを展開していく。そのためにはミルキークリームロールのコンセプトは、誰もが幼少期に口にしたミルキーのイメージを彷彿させるものでなくてはならない。そうでなければミルキーブランドをストレートに訴求できない。ならば新商品は、純白のソフトキャンディー、ミルキーを象徴する「白」にこだわろう。スポンジ生地、クリームとロールケーキを構成する素材をすべて白色で統一しよう。それによってミルキーのイメージを力強く押し出していこう。具体的な商品コンセプトが決まった。

ところが、それは一筋縄でいくことではなかった。「白色で統一」と言葉では簡単にいえるが、実際につくるとなると至難の業だった。

例えばスポンジ生地だが、白い色のスポンジなどめったに見ない。一般的なケーキのスポンジ生地を思い浮かべてほしい。濃淡の差はあれ黄みを帯びている。生地の材料には小麦粉とタマゴ、砂糖を用い、これをオーブンで焼くとどうしても黄色がかった色合いの生地になるからだ。

そして、それが通常のスポンジ生地であり、洋菓子のスポンジが黄みを帯びているのは常識ともいえる。むしろ、白色のスポンジ生地をつくることのほうが常軌を逸した挑戦といえよう。ただし、その挑戦がなければミルキーを彷彿させるロールケーキはつくれない。やるしかない戦いだった。

黄みを帯びない白色のスポンジ生地をどうつくり上げるか。スポンジは焼き加減1つで生地の色が変化しやすくなってしまう。かといって、色を気にするあまりに焼が足りないと生地のコシが弱くなり、そのままケーキに仕上げても変形しやすくなってしまう。

そんなデリケートな条件を前にして、材料の選別からその配合、さらに焼く条件として型、温度、時間など多くのパラメータを組み替えて最適な条件を探っていった。

そして半年間のトライを経てようやく白いスポンジ生地の開発に至ったのだが、その詳細なレシピは企業秘密として社外に一切明かされていないばかりか、社内でもごく一部にしか知らされていない。ことほどさように秘中の秘のレシピを開発したのだった。

二律背反に挑んだクリームづくり

クリームの開発でも難題に直面した。クリームの開発で最大のポイントになったのが、ミルキー独特の練乳の甘みを抑えながらもミルキーの味を表現することだった。しかし、これはある意味で二律背反することだった。というのもミルキーの主成分が練乳でありながら、その使用を抑えながらもミルキー独特の味を引き出さなければならないからだ。

ミルキーは、主成分である練乳によって独特の味を生み出している。ところが、練乳は砂糖の成分が多いため、それを多用してしまうとクリームが甘過ぎてしまう。そのため練乳の使用を抑え、甘すぎないクリームに仕上げなければならないが、ミルキーの味を表現するために練乳は欠かせない。まさに二律背反。練乳の甘みを抑えながらも、練乳に由来するミルキー独特の味を醸し出す。クリームづくりはそんなジレンマとの格闘だった。

ミルキークリームのクリームには乳脂47%の生クリームおよびミルキーと同じ練乳を使っている。ただし練乳は配合しているものの、より牛乳に近い風味に仕上げることで、甘みの抑制とミルキー独特の味をバランスよく保たせたクリームをつくり上げた。

ミルキークリームロールはスポンジに多量の生クリームが包まれている。ナルト型のロールケーキに比べて約2倍の量のクリームだ。これだけの量の生クリームを使うと普通は味がしつこくなるが、そうならないよう工夫を凝らしたところにミルキークリームロールの重要なポイントがある。広報室長の糟谷昌一さんは語る。

「ひと口食べて満足する味だと、ワンカット食べたら味がしつこくなります。ワンカット食べてちょうど満足感が得られるようなバランスに設計することが大事です。口溶けを重視し、あっさりした味で、しかも甘味もきちっとあるという商品に仕上げる。まさにそれが、開発担当者が最も苦労をしたところでした」

スポンジ生地とクリームの組み合わせから開発担当者が食べた試作品は100回以上にのぼった。この試作もひと口だけ食べ、その感覚で味を判定するわけにはいかない。一定量を口にしなければ、最適な味には絞りこんでいけない。よほど甘味が好きな開発者でもこの作業はつらく、体重計の目盛りとにらめっこの日々だったことだろう。

「ペコちゃんのほっぺ」に並ぶ大ヒット商品に

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開発に着手してから約半年後の09年10月、ミルキークリームロールが完成した。大きさは、幅約9cm、高さ約7cm、長さ約15cm。価格は1本1000円。パッケージはミルキーの包み紙と同じくペコちゃんをあしらったデザインで、両端をねじった形はさながら大きなミルキーのようだ。

発売後はネット上の口コミなどで認知が広がり、10年の正月には1日で2万本が売れた。年間では約20億円の売上を記録し、これは人気商品「ペコちゃんのほっぺ」と並ぶ大ヒット。現在でも1日平均1500から2000本を売り上げる強力な商品として走りつづけている。

ミルキークリームロールをきっかけに展開を始めた1000円シリーズの洋菓子。清涼飲料「ネクター」ブランドのロールケーキが人気を呼んでいる

可処分所得の下落基調を背景に個人消費の低迷が続く中、ミルキークリームロールの1000円という価格設定もまた消費者の購買意欲をそそったという。「もし50円高かったらこれほどのヒット商品にはなっていなかったかもしれない」と糟谷さん。

品質に対する価格設定——消費者心理のこの分析から、同社はいま、チョコレートケーキ、チーズケーキなどで「1000円シリーズ」に挑戦している。ミルキークリームロールは製造原価からすると1000円以上の商品なのだが、さまざまな工夫によって価格を1000円に抑えて成功した。その実績の拡大版を「1000円シリーズ」として展開しているわけだ。ミルキークリームロールはブランド力の展開のみならず、他の商品の価格戦略にも新たな展開を生み出した。

企業データ

企業名
株式会社不二家
Webサイト
代表者
代表取締役社長 櫻井康文
所在地
東京都文京区大塚2-15-6
Tel
03-5978-8100

掲載日:2011年8月24日